S9 先行心
翌朝7:05、エルツはB&Bのベッドの上でPBを弾いていた。窓から除く空模様はあいにくの大雨だった。空一面を埋める灰色の雲海を見つめながら、エルツは今日予定していたあの琥珀の園に行くかどうかをスウィフト達と話し合っていたのだった。
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参加者:Elz Lins Swift
Elz:今日どうする?
Swift:残念だけど、この天気じゃちょっと無理だよね
Elz:そっか、確かに結構距離あるし道も悪路だしね
Lins:残念だけど、機会は今日だけじゃないものね
Swift:うん、あそこなら誰にも見つからないと思うし。また晴れたら明後日にでも行こうよ
Elz:了解。そっか……じゃ雨だけど一人で行ってみようかな。
Swift:おい(笑)
Swift:本気!?すごい雨だぞ!
Elz:いや、なんか少しでも合成したくてさ。昨日から興奮して眠れな……
Swift:そういう歯止めきかないとこやっぱり廃……いや止めないけどさ(笑)
Lins:エルツくんほんとに行くの?
Elz:生産ってスタートダッシュ大事だから。折角いいスポット見つけたし
Swift:そういう追求心は僕も見習うべきかな
Elz:こんなの見習ってもいい事ないよ
Lins:エルツくんほんとに風邪引かないでね
Elz:風邪って引くのかな……この世界って
Swift:実験してきてよ。報告待ってるから(笑)
Elz:了解。それじゃ明日晴れたら、また一緒に行こう
Swift:オーケー。それじゃまた。てか今日は夕方コミュニティルーム行くからその時にでも
Elz:ラジャ、じゃ20:00くらいに自分もコミュニティルーム向うよ
Swift:それまで狩り続けるつもりじゃないだろうな。まぁ、いいや敢えてつっこまないよ
Lins:あんまり無理しないでね
Elz:うん、心配感謝!それじゃまた後で
Swift:またー
Lins:またね
Swiftが退出しました
参加者:Elz Lins
Linsが退出しました
参加者:Elz
Elz:さて自分も出るか。あ、しまった。
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退出間際にある事を思い出し、額に手を当てるエルツ。
そうだ、ギルドへ朝一の買出しに行くつもりだった事を忘れていた。どうせなら、二人にも声を掛けておくべきだった。
「もう一度呼び出すのも何だな」
今日一日、様子を見てから二人に声を掛けた方がいいか。混み具合を把握していないと、二人を呼び出して無駄足させる事になる可能性もある。
ギルドが開く時間はAM9:00。時刻は少し早いが、エルツは広場へ朝食のついでに様子を見る事にした。まさかとは思うが、万が一の事もある。ただの思い過ごしであればいいのだが。
ペンタロンで購入した黒色の蝙蝠傘を脇に広場に出たエルツはまず出店でフランクフルトを一本購入し、グレープフルーツジュースをつけてギルド前へと向う。そしてギルド前の噴水まで来た所でふとエルツは足を止める。
「やっぱりか……」
どうやら、悪い予感は当たってしまったようだった。ギルド前には約ニ時間程前だというのに、既に階段に列を作って座り込む冒険者達の姿があった。
間違い無くギルドでの購入を狙って集まった冒険者に違いない。
フランクフルトを口元に当てながら呆然と立ち尽くすエルツ。
「どうする……並ぶのかこれ」
雨の降りしきる中、列の前で当惑するエルツ。
入り口まではギルドの係員が、声を張って入場制限に務めていた。
「生産ギルドをご利用の冒険者の皆様、本日はギルドへお越し頂きありがとうございます。昨日より入場過多となっております生産ギルドですが、素材販売についてここでお知らせがあります。鍛冶ギルド、又、製縫ギルドにおいて販売中の銅鉱石、錫石、又ウーピィの綿毛についてこの度販売上限数を設けさせて頂く事になりました」
――販売上限数?――
明らかに先に並んだ冒険者はそのアナウンスに不満顔を見せていたが、係員は忠実にその責務をこなしてゆく。
「この度、この三品に関しての販売上限数は十までとさせて頂きます。申し訳ありませんが、ご購入が済みました冒険者の皆様は速やかにご退出下さるようお願い申し上げます」
在庫がいくつあるのかは分からないが、一人が買える販売個数が十と決まっていればそれなりの数の冒険者にアイテムが行き渡るだろう。
――折角来たんだし並ぶか――
そんな心理が働いてか、それから約二時間、エルツは雨の降るギルド前にて一人立ちながら時間を過ごすのだった。その後、続々とエルツの後ろへと並ぶ冒険者達。
結果として、早い段階で並べた事もあり製縫ギルドへの潜入に成功したエルツは、無事十個のウーピィの綿毛を入手する事が出来た。だが、スウィフト達は誘わなくて正解だった。この労力に対してこの見返りは正直割に合わない。
今更ながら人の欲望とは恐ろしいものである。こうして目に見える形で、人の欲を目にすると自分は少し自重するべきだろうか、そんな反省にも近い感情さえ覚える。だがそんな反省を踏まえたにも関わらずエルツは結局、アイテム欲しさにその日一人であの園へと足を運んでしまうのだった。
ウーピィの綿毛を入手するために、雨に打たれながらひたすら一人で狩りを繰り返す。
結果、雨の中、六時間の狩りを終えて討伐したウーピィの総数は百七十三匹。この日エルツが入手したウーピィの綿毛は今朝の十枚と合わせて六十三枚にも及ぶ事になる。他には戦利品としてウーピィの生肉が五十一枚。それからレアドロップである兎石が九枚も落とされた。こんな枚数が出たのも昨日と違って今日はこの狩場をエルツが独占しているからである。スウィフト達と一緒に狩る事を拒否する訳じゃないが、心のどこかで一人でこの狩場を独占した場合の計算は頭の中にイメージしていた。
降りしきる雨の中、花園へ横になりカードを確認するエルツ。
「つくづく自分ってダメな奴だな」
人より先へ進みたい、以前のような強いそうした欲求はもう消えたものだと思っていた。だが、こうして見ると我ながら未だに自制出来ない強い衝動を持っているようだ。きっと元々は自分はそうした衝動が人一倍強い人間なのかもしれない。今は結果より過程に重点を置くようになり、随分とプレイスタイルも丸くなったと自分では思っていたのだが、やはり本質的な部分は変わらないのかもしれない。
スウィフトが言った歯止めが効かないといった言葉は自分を適切に表現してるだろう。今日得たこのカードの枚数は自分の欲望の強さなのだ。
雨に打たれながら、灰色の空を仰ぎエルツはふと思う。
――でも、人より前に進みたいって、そんなに悪い事かな――
他人を蹴落としてまで得る成果には興味無い。けれども、こんな計算がどこか巡ってしまう自分は、やはり客観的に見るとどこかバランス感覚が欠けているようにも思えた。
「大切な事は、自分がこの過程を楽しめているかって事だよな」
そんな事を呟きながら、ふと身体を起こすエルツ。
今は余計な事を考えるのは止めよう。
流れるままに、今はまだ自分の感情に素直に生きてみてもいいじゃないか。
そうして、エルツは街へと向かって一人歩き始めた。