S5 製縫ギルド
鍛治ギルドの熱気から解放された三人は地下1F、休憩所にて飲み物を購入し一息をつく。半円上の空間に弧を描くように隙間無く並べられた椅子とテーブル。革の張られたその椅子の座り心地に満足しながら、三人は人込みを見つめていた。
「どうして人間とはこう新しいものに群がるものか」
そんなエルツの呟きに、スウィフトがせせら笑う。
「今この場にこうして存在する以上、僕達もその台詞吐ける立場じゃないと思うけど」
確かに、それはスウィフトの言う通りだ。それに今回追加された内容を考えればこの人込みも納得の範囲だった。生産システムが追加されたともあれば、それは人も殺到するだろう。こうした生産スキルは基本、人よりも早く進めば進んだ分だけ利益に直結する。ログインしたタイミングもあるが、一日こうして出遅れただけでも、その差は大きい。現に先行組によってギルド、オークションの素材が全て買い占められているのが今の現状だ。
「参ったな。これじゃ他のギルドに関しても似たような状況だよな、多分」
PBを開いて製縫情報について内容を確認するエルツ。
どうやら、製縫は製縫で大変な状況が発生しているようだった。下位の素材レシピにウーピィの綿毛が多く使われるらしく、現在怒涛の乱獲が発生しているらしい。
「この前のRMの追加で、ただでさえウーピィは狩りにくくなってるのに、本当に運営者達、何考えてんだ? これじゃ低レベル者、Lv上げできないって」
「なんかD.C社って意味不明なところで荒波立てる節があるよね。もしかして愉快犯かな?」
エルツの不平に合わせて、D.C社を愉快犯と切り捨てるスウィフト。酷い言われようだが、確かにこのバージョンアップ内容ではそう言われても仕方がないだろう。
「とりあえず製縫ギルド行ってみる?」
「そうしようか」
そうして、エルツ達は重い腰を上げた。
鍛治ギルドでも見た黒鉄の巨大な扉。だが刻まれている文様の形が明らかに異なっていた。扉をくぐり中へ入ると、中には乾燥した空気が漂っていた。やや涼しげなその空気に一同はほっと胸を撫で下ろす。予想通り、ギルド内部は混雑を見せていた。
頭上には網目状に走った張りが、どこかエルムのギルドを思い出させる。そこでは様々な獣の皮が煙によってなめされていた。中でもとりわけエルツ達の目を魅いたのは体長二メートル半にも及ぶパンサーのなめし革だった。その煙の匂いが室内には充満していたが、それでも鍛治ギルドのあの熱気と比べれば遥かに快適な環境だった。
「当たり前だけどここも込んでるか」
「あそこ空いてんじゃない?」
室内に点在する革の張られた丸椅子と木製のテーブル。エルツ達は、その一角に腰掛けて再びPBを開き、生産情報の確認を始める。
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製縫ギルド-MENU-
▼製縫生産とは?
▼生産情報 オススメ★
▼素材売買
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●製縫生産とは?
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製縫生産とはARCADIAの世界に生息する様々なモンスターの毛皮を加工し革製品を作り出す技術の事を示す。この作業には皮を革へと鞣す(なめす)作業も含まれる。一般的にウーピィシリーズやコカトリスシリーズなど毛革・革・羽毛製の防具を扱う軽装備の冒険者に推奨。
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●生産情報 オススメ★
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【PLAYER INFORMATION】
PLAYER Elz
製縫 S.Lv0
▼オススメ生産レシピ
【製糸】ウーピィの綿糸 <<< ウーピィの綿毛 ★S.Lv0
【裁縫】ウーピィの綿織物 <<< ウーピィの綿糸×3 ★S.Lv1
▼上位生産レシピ
【裁縫】ウーピィの綿帽子 <<< ウーピィの綿織物×2+ウーピィの綿糸 ★S.Lv2
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●素材売買
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▼素材リスト(計2品)
ウーピィの綿毛 購:27ELK 売:9ELK
コカトリスの羽毛 購:50ELK 売:18ELK
●購入する
●売却する
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はぁっと溜息を漏らしながらPBを閉じるエルツ。
生産レシピを見る限り、製縫生産を行うにはまずウーピィの綿毛が無いと始まらない。念のためギルドの在庫を確認すると、当然のように素材アイテムは売り切れていた。ギルドの在庫が切れている以上、現状は自ら平原に狩りに行くしか手はない。だが……
「何だよこれ。レシピのほとんどがウーピィ絡みじゃないか。これじゃ乱獲発生するわけだ……」
「後で平原の様子見に行く?」
スウィフトの質問にエルツは苦笑を返す。この混雑ぶりと先ほどの掲示板情報から考えて平原に出たところで満足な成果が上げられるとは到底考えられない。
「多分、徒労に終わると思うけどね」
「まぁ、言っても仕方ないよ」
物々と不平を垂れながら項垂れる一同。
「オークションは……行っても無駄か」とスウィフト。
試験導入とは言ったものの、やはり生産システムともなれば皆殺到もするだろう。現状の混雑ぶりは一過性のものだろうとは思うが、とはいえこのタイミングを逃すと、先行組に対して大きく出遅れる事になる。ここは無理してでも生産に乗り出すべきだろうか。とりあえずは、残る最後のギルドを見回ってからゆっくり考えるか。そんな思考を巡らせながら、エルツはふと顔を上げた。
「仕方ない。それじゃ、次ラストのギルド行ってみようか」
そうして、溜息交じりに席を立った三人は、残るギルドに望みを掛けるのだった。