S2 スウィフトの秘密
DIFOREで食事を取ったエルツは広場でリンスと別れた。コミュニティルームへ寄らないかと誘ったのだが、今日はB&Bでゆっくり休みたいとの事だった。
夜の広場では、冒険者達が白熱したPvPを繰り広げていた。巻き起こる爆発音と金属と金属が弾き合う音を聞き流しながら、エルツは一人コミュニティセンターへと向う。
コミュニティルームの扉を開くと、そこにはケヴィンとスウィフトの二人がソファーで寛いでいた。二人はエルツの姿に気づくと、いつものように温かい笑みでエルツを迎え入れた。
「よう、廃人」
ケヴィンのいきなりの挨拶に苦笑いを返すエルツ。
「その呼び方やめろって」
そんなエルツの様子を微笑ましく見つめていたスウィフトがエルツに言葉を掛ける。
「久し振りって、ほどでもないか。ここんとこ姿見かけなかったけどどうしたの?」
「え?いや、ちょっとログアウトしてたんだ。現実でやる事あってさ」
エルツの言葉に顔を見合わせるケヴィンとスウィフト。
「今聞いたかスウィフト」
「うん聞いた」
驚いた眼差しを一斉にエルツに浴びせる二人。
「な、何だよその視線……」
当惑するエルツにケヴィンが失笑を漏らしながら呟く。
「いや、お前にもログアウトって概念、存在するんだな」
そんなケヴィンの言葉にスウィフトが笑い声を漏らす。
「ちょっと待て、そりゃ自分だってログアウトはするさ。まさかずっとこの世界で生活できるわけでもあるまいし」
失笑を漏らす二人に不服そうに、ソファーに腰を下ろすエルツ。
「何だよ、二人してさ」
「いや、わるいわるい。いや、あんまわるくないか」
そんなケヴィンの言葉に軽くエルツは噛み付きながら、ふと話題を切り出した。
「そういえば、今そこで偶然リンスと会ったよ」
エルツはテーブルの空いたグラスを手に取り、氷をニ、三入れ始めた。
「折角の機会だから、DIFOREで一緒に食事してきたんだけど、なんかあまり今まで話す機会無かったから色々話聞けて新鮮だった」
「どんな話したんだ? お前等二人の会話ってあんま想像つかないな」とケヴィン。
グラスにウィスキーを注ぎながらふとリンスの言葉を思い返すエルツ。
「コカ狩りの話とかさ、スウィフトがコカ狩りを前に緊張してる話とか、なんか基本的にスウィフトが絡む話多かったかな。そういえば、あれからもずっと二人一緒に狩りやってるんだもんね」
エルツの言葉にウィスキーを口に含み冗談めかして笑みを零すケヴィン。
「なんだぁ、スウィフトが絡む話って、実は俺らの知らないところで意外と二人の仲、進展してるんじゃないか。まさか付き合ってたりしてな」
「付き合ってるよ」
冗談めいたケヴィンの言葉にスウィフトが何気なく呟く。
「だろ、ほら付き合ってるって」
「だよね、男と女がそれだけ長い期間一緒にいればそりゃ付き合うか」
そんな笑みを交わしながら微笑ましく呟いていたケヴィンとエルツの動きがぴたりと止まる。そして、グラスの酒を二人は同時に口に含み、そして吹き出す。
「って、ちょっと待て」
慌てて、その顔をスウィフトに近づけて声を合わせる二人。
「付き合ってるって言った、今!?」
その二人の表情に戸惑うスウィフト。
「いや、そんなに顔近づけんでも……」
グラスの酒を激しく零しながらケヴィンがスウィフトに迫る。
「お、おま、お前! いつから付き合ってたんだよ!?」
「こっちの大陸来てから。マンドラゴラ狩りを二人で始めた頃かな」
スウィフトの言葉に驚きを隠さないケヴィンとエルツ。
「ていうと大体ニ刻くらい前からか。お前そういうのは隠すなよ!」
「いや、隠すつもりは無かったんだけど、聞かれなかったから。もう皆気づいてるのにそれとなく自然に気遣ってくれてるのかと思ってさ」
そう言ってグラスカクテルを口に含むスウィフト。
――ぜ、全然気づかなかった――
そうか、それでか。あの時のリンスの言葉。今になって、リンスがあの時「ありがとう」と言ったその言葉の意味が理解出来る。まさか、二人が付き合ってるなんて夢にも思わなかった。
「いや、でも隠すなってさっき言っちまったけど、これここだけの話にしといた方がいいな。特にガキ共が知ったら致命的だ。コミュニティ中に広まるぞ」
「いや、でも気遣わないでもらってもいいよ。どの道、時間の問題だったし」
スウィフトの言葉にふと真顔を返すケヴィン。
「いや、それはそうなんだけどよ。シンさん達が知ったらちょっとまずいかもしれないなって」
「どういう意味?」
思わず聞き返すエルツ。スウィフトもまたケヴィンに視線を向けた。
「うちのコミュニティ規約としてさ。NET SEX禁止されてるんだよ。それってつまりはコミュニティ内での恋愛禁止って事だと俺は今まで解釈してきたんだけど。恋人関係で、それ禁止されるって辛いだろ?」
ケヴィンの言葉にエルツはPBを開き、今一度入団時に貰ったメールを開いた。
確かに、貰ったメールの禁止事項にははっきりとNET SEXという項目が記されていた。
「本当だ……」
ふとエルツがスウィフトに視線を流すとスウィフトは然程気にしていない様子で、微笑を浮かべていた。
「ああ、本当だ。確かに書いてあるね。けど、問題ないよ。これって当該行為に障らなければ恋愛は自由って事でしょ?」
スウィフトのその意外な反応に戸惑うケヴィン。
「え、まあ、そりゃそうだろうけど。辛くないか?」
「別に、それだけが恋愛の形じゃないしね。僕らに関して言えば、今はただ一緒に居られればそれで満足なんだ。ただ、この先の事を考えると、いつかはこのコミュニティから出なくちゃならない時が来るかもしれないけど。とりあえず現状は全く問題ないよ」
スウィフトの言葉に納得したのかしていないのか、ケヴィンは「そうか」と一言呟き頷いた。
「まぁ、フランクの例もあるしな」
「フランク? ああ、そうか」
ケヴィンの言葉にエルツはふとログアウト前のやりとりを思い出した。そういえば、彼はユミルの事が好きなんだっけ。
「問題はシンさんがどこまで、あの規約を問題視してるかだよなぁ。フランクの話に関して言えば、もうこのコミュニティは誰もが知ってる事実だし、当然シンさん達も知ってるわけで。それでも、何もお咎め無しって事は案外、よっぽど酷い規約違反でもしなければ見逃してくれるって事かもな。まぁ、フランクの場合、一方的な片想いだからか」
「さっきコミュニティ内恋愛禁止って言ったけど、あの規約ってコミュニティ内だけに適用されるものなの?」
エルツの言葉に両手を広げ首を傾げるケヴィン。
「う〜ん、わかんね。ただコミュニティ外の恋愛に関して言えば、そこまで規制される事も無いんじゃねぇ? 大体、外で誰と何やってるかなんていくらだって誤魔化し効くし、わかんないだろ」
ケヴィンの言葉に唸るエルツとスウィフト。
恐らくはあのメールの文面を見る限り、一般的に当該行為を禁止するという内容だと思うのだが、確かにケヴィンの言う通り、外で誰が何をやっているかなどと、そこまで管理する事は難しい話だろう。
だからといって、隠れてこそこそ規約違反するというのも後ろめたい話だ。なるべくなら規約は遵守したい、エルツはふとスウィフトと視線を合わせた。表情からしてスウィフトもまた同じ気持ちだったのだろう。
「今度シンさんが戻ってきたらそれとなくその辺の話聞いてみようぜ」
そうして、ケヴィンの言葉に静かに二人は頷いた。