S9 情報収集
小ニ時間程の探索の後、エルツ達一行は昼食にエルムの村まで引き返していた。あれから、反対側の海岸線を追ったが、その先もまたすぐに岩場になっており、ヤドカリ[Shemelot]ばかりだった。結局昼までの収穫は『シャメロットの甲羅』1枚のみ。
レミングスの酒場で蜂蜜ゼリーを口にしながら、一同は今後の計画を練っていた。
「やっぱり、圧倒的に情報量がまだ少なすぎる。このままじゃ、お金が尽きるのも時間の問題だし、どうやったらお金稼げるんだろう」
エルツの言葉に一同は頷いた。
「さっきとった素材どこかで換金するんじゃない?」
スウィフトの言葉にエルツは唸った。
「確かにその可能性は高いね。交易所[トレードショップ]みたいなのが、この村にもあるのかもしれない。でもそれにしてもなぁ……このカード一枚じゃたかが知れてそうだし」
「そういや、村まだ全部見回ってないね」とスウィフト。
「島探索する前に村の情報集めとくべきだった」
そうして一同の意見がまとまったその時だった。
「交易所なら、村の西にあるよ」
ふと、隣の席で食事をしていた一人の中年の冒険者が声を掛けてきた。
「村の入り口から、女神像前を左に見たそのすぐつきあたりに三軒小屋があってね。左から武器屋、防具屋、道具屋の順番に並んでる。交易所はこの世界では道具屋が兼ねてるんだ」
気の良さそうなそのおじさんはエルツ達の視線に弁解をする。
「君達、初心者だろ? 盗み聞きする気はなかったんだが、何となく会話が気になってね。いや余計なお世話だったかな」
「そんな事無いです。助かりました。ありがとうございます」
エルツの言葉におじさんは安堵した気の良さそうな笑顔を見せた。
「そうかい、そういってもらえると助言した甲斐があるよ。頑張って」
「またどこかで会ったらその時は色々教えて下さい」
スウィフトの言葉におじさんは笑みを崩さずに言った。
「私で良ければいつでも相談に乗るよ。もっとも私みたいなライトユーザーは次に会った時は君達に抜かされてるだろうけどね。そうしたら私に色々教えてくれるかい?」
おじさんの冗談めいたその言葉とその笑顔に釣られてエルツ達も笑いを漏らす。
そうして、和やかな空気を残しておじさんは席を立っていった。
「それじゃ、僕らも行こうか」
残された空席を掃除するレミングスを見つめながら、エルツ達もまたゆっくりと腰を上げた。
レミングスの酒場から短い木道を抜け景色が広がると、女神像前の花畑を横目に一同は助言を受けた場所を目指す。垂れ幕の掛かった囲い木の向こうには、青空と緑々しい木立の下に、藁の三角帽子を被った小屋が一、二、三と並んでいた。
スウィフトは眩しい日差しの手を翳しながら、エルツに視線を投げた。
「確か一番右の小屋だって言ってたよね」
「あのおじさんに感謝しないと。探す手間が省けた」
材木の囲いに吊されたくすんだ褐色の垂れ幕を頭上に、三人は進路を右へ。
道具屋と教えられた小屋の入り口前には木造の階段が在り、小屋は一メートル程の高床になっていた。三人の歩みに合わせて緩やかにしなる板。入り口前には木彫りの装飾がなされていた。思わず立ち止まったエルツにリンスが視線を投げ掛ける。
「ああ、ごめん。ちょっと装飾が気になって。中入ろう」
中へ入ると、そこには小さな円形状の空間が広がっていた。円錐型の高い屋根には小さな鳥籠が吊るされており、その中で一匹の色鮮やかな鸚鵡[オウム]が「Welcome」と「いらっしゃいませ」を交互に発声していた。
その下には幾つもの木製の台座が。台座の上にはガラスのように透き通ったショーケースに包まれた様々なアイテムが並んでいた。
「へー、店内ってこうなってるんだ」
三人は見慣れないその光景に胸が高鳴るのを感じた。
周りの冒険者達はそんな三人の様子を微笑ましく見つめていた。
「いつまで経ってもこの視線慣れないな。早く麻布から脱却したい」
「そのためにも早くお金稼がないと」
エルツのぼやきにスウィフトはそう言葉を掛けた。
「それにしても、これってどうやって換金すればいいんだろ。それよりも購入の仕方すらわからん」とエルツ。
確かに店内には販売カウンターはおろか店員らしき人影すら見当たらない。
「誰かに聞いてみる?」そう言ってスウィフトが辺りを見渡したその時、その場に居た術装を纏った女性の冒険者と視線が合った。
「買い方がわからないの?」
「あ、いや、あの買い方もなんですけど、素材の売り方がわからなくて」
スウィフトの言葉にその美しい赤髪の女性は「PBを出して」と言って背元まで流れるその髪を撫で下ろした。ほんわりと漂う甘い香水の香り。スウィフトとエルツは無言でその香りに浸りながら、PBを開いてみせた。
「ショップにいる間はPBに通信アイコンが出るから。見慣れないアイコンが出てるでしょ。それをクリックするの」
女性の言葉に一同はアイコンを確認する。
「なるほど、とりあえずどこ行ってもPBを開く。これが基本なんだな」
そんな事を呟きながらエルツはアイコンをクリックした。
ウィンドウに現れる『購入する』『売却する』の二つの選択肢。エルツが『売却する』を選択すると、画面に売却フォームが広がった。
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売却品-売値(検出品種:1)
□×1 シャメロットの甲羅 25 ELK
●売却する
●設定クリア
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「酒場と同じ方式かな」
エルツはシャメロットの甲羅を選択し、売却ボタンを押す。
すると、所持金欄に品名の横に記されていた25ELKが振り込まれた。
「25ELKで売れた」
その言葉に、周りからちょっとした拍手が巻き起こる。
「なんだ、三人共本当に初心者なのか」と一人の若人が微笑を浮かべて近寄ってきた。
エルツ達に購入の仕方を教えていた女性が振り向き、ふと口を開く。
「そうみたいよ」
二人は知り合いなのだろうか。年は二十代後半。肩元まで伸ばされた灰髪、その前髪には黒と灰のメッシュを掛け、そして左右の髪を奇妙な結びで結ったその男は、エルツ達を頭から爪先まで眺め下ろすと、ふと開いていたPBを捲り始めた。
「本当に、まだやりたてなんだな。首飾りからして、初心者講習は受けたのか。ふ〜ん、エルツにスウィフトにリンスね、揃ってLv1と」
咄嗟に名前を呼ばれて戸惑う三人。そのちょっとした動揺を男は見逃さなかった。
「名前呼ばれて不思議だって? さて、何で名前が分かったんでしょう」
意地の悪い男の微笑み。
「何いじめてるのよ」
「あまりにも反応が初々しくてね」
そう言って男はくっくっと嘲笑にも似た声を漏らした。
「ごめんね、彼の事は気にしないで。名前だけど基本的な情報はPBで確認する事ができるの。インデックスでViewerていうのがあるでしょ。そこでMapScanっていう項目を選ぶの」
女性の言う通りに画面を操作するとそこには何やら地図のような画面が現れた。地図には無数の青点が散らばっており、それぞれに文字が振られていた。
「青い点が見えるでしょ? それがプレーヤーを指してるの。真ん中の薄い灰色の点はあなた自身を。モンスターは赤く、他にNPCは緑で表示される。名前をクリックすれば、その対象のレベル、それからHPが表示されるわ」
エルツの周りに並ぶ四つの点。名前を確認すると、●Swift/●Lins/●Rose/●Judahと書かれていた。
「へぇ、こんな機能があったんだ。色々ありがとうございますローズさん」
エルツの言葉に自分の名前が入っていた事に女性は少し驚いた様子でふっと微笑した。
「飲み込みが早いわね。どういたしまして、頑張ってね」
「質問、便乗なんですけどいいですか?」とエルツ。
「何かしら?」
エルツはパーソナルブックを閉じた。
「この辺りで初心者が狩り易い狩場ってありますか? 村の表でヤドカリ狩ったんですけど、硬くって」
「ヤドカリ?」とローズが首を傾げると、隣の男が「シャメロットの事だろ」と補足した。
ローズは納得したように頷いた後で、少し疑問を表情に浮かべた。
「シャメロットよりも初めはラヴィとかの方が狩りやすいんじゃないかしら?」
ローズの言葉に三人は困ったように首を振った。
「あの生物は狩るには可愛すぎて……」とスウィフト。
その言葉にローズが笑みを溢した。
「可愛くて狩れない? 結構いるわねそういう子」
笑いながらローズは困ったように、もう一人の男に視線を振る。
「狩りについてはあなたの方が詳しいでしょ。何かアドバイスしてあげてよ、ジュダ」
ジュダと呼ばれたその男は、「そうだな」と言ってエルツの顔をじっと見つめてきた。
「他にLv1で狩れるモンスターって言ったらシャメロットくらいなんだが、まあ確かに、その武器じゃ苦戦して当然だな。Lv3からは試練の洞窟行くのが基本ルートだが、さてそれまでどうしたものか」
「ムームーはどうかしら?」
「ラヴィ狩れないって言ってる奴等がムームー狩れると思うか?」
「確かにそうね」と苦笑いするローズ。
エルツは会話の中に出てきたモンスターらしき名前をふと聞き返した。
「ムームーって何ですか?」
「この島には夜になるとムームーってモンスターが出現するんだ」
「真白な毛並みの子羊みたいなモンスターよ」
一同は子羊と聞いて、頭にモンスターの想像図を描く。概ねその予想図が正しければ、おそらくは三人が手を出す事は困難であった。
「と、すれば残る道は、やっぱり地道にこの島でシャメロット狩るしかないんじゃないか? 奴等のこの島でのLv範囲はLv1〜3までだからな。Lv3くらいになったら試練の洞窟行くのが基本的な流れだな」
次々と飛び出してくる新たな単語に湧き上がってくる疑問を口に出し掛け、エルツは言葉を呑み込んだ。流石に、親切で教えてくれた二人にこれ以上質問を浴びせるのは失礼だろう、そう思ったからだ。
「すいません、色々情報ありがとうございました」
「どういたしまして、頑張ってね」
ローズの温かい笑みに一同は礼をした。気がつけば三十分近く店の中で立ち話に付き合わせてしまった二人に申し訳なく感じながら、店から立ち去る二人の背中を一同が見送っていたその時、ふとジュダが振り返った。
「試練の洞窟ならギルドに行けば情報聞けるぜ」
「え?」
突然のその言葉にエルツはたじろいだ。
「お前の顔がそう問い掛けてたからな。ここまで質問しといて最後の最後に遠慮するなんて、馬鹿かお前は」
「え、いや、その……」
見事に図星を突かれて、言葉に詰まるエルツ。
「まあ、嫌いじゃないけどな。お前みたいな変な奴。まぁ頑張れよ。それじゃあな」
そういい残しジュダは去って行った。
「変な奴ってあんたが変な奴だっつうの、なあ。気にすんなエルツ」
スウィフトはエルツの肩をぽんぽんと叩いた。
「いや、そうでもないよ」
ただの意地の悪い男、そんな認識を持っていたエルツにとって最後に残されたそのジュダの言葉はちょっとした衝撃だった。
エルツの言葉にスウィフトはその言葉の意味がわからず疑問の表情を浮かべる。
それは、ただ行きずりに教える者と教えられる者の関係のはずだった。けれども、たったこれだけの短いやりとりの中からも、今エルツが抱いている感情は一人の冒険者に対する畏敬にも似たそんな感情であった。自分自身の間抜けさにふとエルツは笑いが込み上げてきた。
そんなエルツの様子にスウィフトは呟くように言った。
「やっぱエルツって……変かも」
一同は改めてぷっと吹き出す。
ちょっとした数々の出会いに心を動かされ、これもこの世界の醍醐味なのだろうと。
今温かな気持ちでエルツの心は満ち足りていた。
■語彙説明
●ライトユーザー-----あまり高い難易度ややり込み要素を好まず、その言葉が示す通りゲームに対する攻略の姿勢が柔らかいユーザーの総称である。対義語としてはヘビーユーザーが挙げられ、こちらはゲームに対しての追究心が強く、全ての要素を網羅し、より高い難易度・ゲーム性を要求する傾向が強い。