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タップのあの事件の後、エルツは一度現実へと戻っていた。規定で推奨されていた七十二日という期日が迫っていたのもあるが現実で看過できない問題もあったからだ。所用に区切りをつけたエルツは四月二十四日、現実世界での深夜、再びアルカディアの世界へと舞い戻った。
緩やかに移り変わる視界の中に現れたのはスティアルーフでは馴染みの広場だった。ふと背後を振り向くと、そこにはギルド前の噴水が。美しい微笑を向ける女神像に一礼するエルツ。辺りはすっかり夕闇に包まれていた。屋台市では賑わう人々の姿が、一杯飲んでからコミュニティルームへ向うか、そんな事を考えていたその時だった。
「エルツくん?」
ふと、声の方を振り向く。そこには美しい金色の長髪を流した女性が佇んでいた。
予期せぬ出会いに互いに驚いた表情を向け合う二人。
「リンス、どうしたの一人でこんなところで」
「え? あ、うん。今日の狩りも無事に終わったから女神様に今日一日の報告をしとこうかなと思って」
そう言って微笑む彼女。女神様に一日の報告をするなんて、女の子らしいな、とそんな事を考えながらエルツはふと彼女を見つめていた。
そういえばリンスと面と向かってこう一対一で話す機会というものはあまりない。その事実に気づいたエルツは夕暮れ時というのもあってふと彼女に声を掛けていた。
「もう食事は済んだ?」
「え? ううん、まだだけど……?」
そういってきょとんとした表情を見せるリンス。
「そっか、もし良かったらこれから一緒に食事でもどう?」
エルツの言葉に不意を突かれた表情を見せるリンス。
「え、私?」
そのリンスの返答に微笑を漏らすエルツ。他にこの場に誰が居るというのだろうか。
「いや、今までリンスと二人で話す機会ってよく考えたらあまりなかったからさ。良かったらどうかなと思ったんだけど。あ、でもいきなりの誘いだし、もしあれだったら全然気にしないで断って」
エルツの言葉に一瞬の戸惑いを隠さなかったが、やがて口を開いた。
「うん、私で良ければ……でも奢りは悪いから、ちゃんと私払うよ」
「この世界に入ってからの付き合いだし、たまにはいい格好つけさせてよ。まぁ、ここでこんな奢る奢らないの話してるのもなんだから、それじゃ向こうで話そうか」
エルツの言葉に頷くリンス。それから二人は繁華街へと向った。
相変わらず繁華街は人で溢れていた。そんな人波の中を歩きながら二人は馴染みのレストランを目指す。
通りをすれ違う人々が振り返り流す視線。始めは全く気にしていないエルツだったが、どうもその回数が多いので、エルツはふと視線の元を探り始めた。その視線の理由を考えた時にエルツはある事実に気づいた。
そう、その視線は皆リンスに向けられたものだったのだ。改めて、隣を歩くリンスを見つめると、確かに非の打ち所が無い美しさだった。エルツの視線に気づいたのかリンスがそっとその青い瞳を返してきた。
「どうしたの?」
「いや、何でもない……」
――今まで意識してなかったけど、こう見るとリンスって――
ふと、エルツは初めて彼女と出会った時の事を思い返していた。
二人は繁華街の通りを歩き馴染みのDIFOREの看板をくぐる。
アンティークで飾られた雰囲気のある店内は相変わらずだった。二人は美しい絵画の掛けられた店内を通されると、壁際の四人掛けの小さな間取りへと案内された。
夜だった事もあり、料金はやや高めにつくが下手に単品で注文するよりは無難だろうと、二人はディナーセットを注文した。
「リンスとここ来るの久々な気がするな」
「そうだね、コミュニティの歓迎会以来かな……?」
そうか、もうそんなに前になるのか。あれから色々な事があったけど、思えばやはりスウィフトやリンスと共に行動する機会は少なくなってしまった気がする。
「なんだか懐かしいな。マンドラゴラ狩りとか」
「エルツくん、すごいスピードで進んでくんだもん」
そう言って微笑を向けるリンスに申し訳無さそうに、頭を掻くエルツ。
「もうそろそろコカ狩りだよね」
「うん、スウィフトくんがそろそろパーティだって何か緊張してたから、なんだか私まで緊張してきちゃった」
緊張か。確かに最初は緊張するよな。
「スウィフトも緊張しーだからな。でも大丈夫だよ。あいつしっかりしてるから。自分みたいなのと違って、あいつはまめで優しいしエスコートも上手いしね。安心しなよ、きっと問題ないって」
エルツの言葉にそっと微笑を浮かべるリンス。
そしてリンスはこんな言葉を口にした。
「エルツくんから見て、スウィフトくんって……どうなのかな?」
そのリンスの言葉に戸惑うエルツ。
「え?」
これは、どう解釈すればいいのだろうか。言葉通り受け取ってしまっていいのだろうか。そんなエルツの戸惑いがリンスに伝わってしまったのか、彼女は慌てて言葉を取り繕った。
「あ、ごめんね……私変な質問してるよね」
そんなリンスの動揺を前にエルツは一言告げた。
「いい奴だよ」
エルツの言葉に青い瞳を真っ直ぐにエルツに向けてくるリンス。
「さっきも言ったけど、あいつは真面目でしっかりしてるし、自分から見ても本当に頼りになるいい奴だと思う。付き合いはそれほど長いわけじゃないけど、人柄ってなんとなく伝わってくるし、誰にでも色好みなく優しくて人にも自分にも誠実なタイプだと思うけどな」
その言葉にリンスはじっとエルツを見つめていた。
やがて、彼女はふっと微笑み一言こう漏らした。
「ありがとう、エルツくん」
お礼を言われるような事を言ったつもりは無かった。
だが何故だか、リンスのその微笑はとても印象的にエルツの脳裏に焼き付いたのだった。