S33 不協和音
■双華の月 風刻 1■
Real Time 4/24 0:23
翌朝9:00エルツ達は西門にて集合していた。空模様はやや曇っており、風が出ていた。だが連日の照りつける日差しの下、狩りを行うよりはこのくらいの天候の方が狩りには適しているかもしれない。
美しい外観の白亜の門の周りには、相変わらず冒険者が多く待ち会っていた。時間より十五分ほど早めについたエルツは真白な外壁に背凭れながら仲間達の到着を一人待つ。
「さて、気長に待ちますか」
外壁から望める中央広場に向かって大きく伸びた歩道橋を見つめながら、ふとエルツが欠伸をしたその時、隣では三人の冒険者グループが何やら大きな話し声を立て笑い合っていた。
「今月はまた狩りに出るか。そろそろ打点決めないとな」
軽くウェイブの掛かった茶髪を肩元まで掛けた青年。一見美形にも見えなくもないその軽そうな青年はへらへらと笑いながら、彼の目の前に立つ二人の青年に語り掛けていた。一人は痩せこけた、言い方は悪いが干物のような青年。もう一人は体格の豊かな小太りの青年。
「ちなみにお前等は今まで何打点だよ。って聞いても無駄か」
軽男の言葉に二人の痩太コンビはただへらへらと愛想笑いを返し、必至に軽男を立てようとする姿勢が窺がえた。
「人生で一打点も無いなんて、はっきり言って哀れだよな。最低でも一刻に三打点は決めないと、はっきり言って人間として失格だろ」
青年のその哀れみを込められた皮肉にへらへらと笑う二人。
さっきから出てくる打点という言葉は一体何なのか。
「タップさんはもてますからね」
「羨ましいです」
青年達の言葉に満足そうに頷くそのタップと呼ばれた軽男。
「まぁ、勿論。外見的にもお前等は劣ってるかもしれないが、お前等がもてない理由ってのは他にある。それは何だと思う?」
タップの言葉に当惑する二人。
「ええと、すみません。わかりません」
その答えにふっと微笑するタップ。
「人間性だよ。外見よりも何よりも、女ってのは男の内面、つまり人間性に魅かれるもんだ。人間性ってのは取り繕うと思って一日や二日で形成できるもんじゃない。もっと心の内側から。内面からにじみ出てくるもんだからな。お前等は根本的にそこがダメなんだ。そんな奴等にほいほいやらせてくれる女がこの世に居ると思うか?まあ、色んな女から打点を稼ぐには外見も大事だけどな。ケス、お前はまずもっと飯食え。それからゴードン、お前は痩せろ」
タップの言葉に「なるほど」「参考になります」と頷く痩太コンビ。
あまりにその稚拙な会話の内容に、笑いを通り越して呆れ果てるエルツ。
――こんな連中もこの世界に居るのか――
おそらく今の会話から察するに、打点とは男女間での性行為を意味するのだろう。その一行為を一打点としているのか。そこまでなら、まだ笑い話だが加えてタップという青年が語った独自の恋愛感。一体女性を何だと思っているのか。
だが、よくよく考えてみれば規約上、この世界では性行為は禁止されていない。Naked Onというコマンドの存在がある以上、NET SEXという行為はモラルという面から考えてもまた見過ごせない問題点となりそうだが。
現実、こんな女性をただの性行為の道具として見るような輩が存在するのであれば、規制の対象になってもおかしくない。だが、実際この世界で抱いた恋愛感情はこの世界でしか共有出来ないという事実を考えると、こうした緩い規制もD.C社の配慮なのだろうか。自分が考えるに、勿論、恋愛や愛情を抱いた間柄にとってあまりに厳しい規制は酷だとは思うが、規約上、何の規制も無い今の現状はどうかと思う。理想世界で男女間の営みとして、そうした規制の解放が必ずしも必要だとは思わない。色んな経験を共にする喜びや温かさ、ただ一緒に居れるだけで幸せだと思える事だってあるだろう。そういった事の方が重要だと思うのだ。この問題は当然賛否両論を生むだろう。だったらいっその事、始めからシステムとして無くしてしまえばいい、そう思うのは僕のエゴなのだろうか。
――願わくば、こんな連中とはあまり関わり合いになりたくないな――
珍しくも他人を否定する自らの心に戸惑いながらもエルツはそっと顔を彼らから背けた。人の考え方は十人十色。それこそ、人の数だけそれぞれの考え方が存在するのだ。その中では、当然意見の不一致も出てくる。
この世の中には色んな人間が存在する。その事実をこの世界で改めて認識させられた。ただ、それだけの事だ。
「あ、エルツさん。おはようございます」
不意に掛けられた言葉に顔を上げるとそこにはユミルが笑顔で立っていた。
「あ、ユミル。おはよう」
爽やかな笑みを返すエルツ。
「ごめんなさい、いつ頃から来てたんですか?」
「十五分前くらいかな。勝手に早く来ただけだし、全然謝られるような事ではないよ」
そうして、辺りを見渡すエルツ。
「あとは、ケヴィンと三人の外部の冒険者の人達か。もう来てるのかな」
エルツの言葉にPBを開いたユミルが、ケヴィンの募集記事を確認し、ふとエルツの脇腹をつつく。そうして、エルツの耳元で小声で囁くユミル。
「もう来てるみたいです。あの方達みたいです」
そのユミルの言葉にエルツは視線を流し、そして固まった。
そこには、先ほどのあの三人の姿があったのだ。
――冗談だろ?――
願ってもいない事が現実化した瞬間。
それはどのくらいの時間だったのか。
ただただ茫然自失としていたエルツはその場に立ち尽くしていた。
「よお、皆もう来てたのか。悪い悪い」
その時、事の顛末を知らないケヴィンが一同の元へ現れた。
「遅いですよ、ケヴィンさん!」
「おお、悪い悪い」
ユミルに悪気なくそう返すとケヴィンはふと隣に居た三人へと視線を投げる。
「タップさんだよな、今日はよろしく頼むよ」
「ああ、あなた達が今日の。タップです、よろしくお願いします」
それから、何の気なしに挨拶を交わす一同。
先ほど仲間に向けていた態度とは随分違うように思えるが。
――何か悪い事が起きなければいいけど――
まあ、仕方ない。こうなった以上、これも何かの縁だろう。
そんな個人的な想いを胸に秘めて、エルツは白亜の門をくぐった。