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ARCADIA ver.openβ≪Playing by Elz≫  作者: Wiz Craft
〆 第三章 『変わり行く世界』
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 S30 存在定義

 あれからエルツの不安が空回った事は、嬉しい誤算だった。一歩間違えれば仲間の危機というあの状況で、だが慣れればキノコの頭部を狙うという技術もそうそう不可能な作業では無かった。天才的な発想とそれを裏付けする確かな技術力を持ったパピィと、まるで精密機械のように作業をこなすアップル。そんな二人に、必至に付いていこうと弓を引いていたエルツも、二度ほど失敗をしてアップルを木に登らせてしまうシーンがあったのだが、それでも約四時間半という長い狩りが終わってみれば経験値「43」という、とてつもない数字を弾き出していたのだった。

 それからトロイの森前キャンプ場に一同が戻ると、そこには昼間とは全く異なる風景がそこに広がっていた。


「うわ……すごいな」


 そこに広がる光景に思わずエルツは呟いた。

 隙間なく敷き詰められた色彩の異なる数々のテント。昼間は気づかなかったキャンプ場のあちこちに立てられた三メートル程の棒状の松明立ての上では、真っ赤に燃え盛る炎が辺りを照らし上げていた。そして、その光に照らされたテントの合間を行き交うたくさんの冒険者達の姿。おそらく、ここを訪れる者達の目的は人それぞれだろう。純粋にキャンプを楽しみに来た者。エルツと同様にMush Hopperを狩りに来た者。そして、あの深緑の怪物、トロイを狩りに来た者。


「パーピパピ パーピパピ 今日の狩りーは終了パピィ」


 昼間とは打って変わったその光景に、エルツが入り口で呆然としていると、陽気に歌声を上げていたパピィが振り向きその口を開いた。


「それじゃ、今日はここで解散。明日は朝8:30にまたキャンプ場入り口に集合ね」


 その言葉に頷くアップル。敬礼してするその姿を見つめながらふとエルツの動きが止まる。


――ん、ちょっと待った……明日の朝8:30にまたキャンプ場入り口集合って?――


「え、明日の朝……って?」


 エルツの表情に、パピィは到って真面目な表情で言葉を返す。


「ん、エルツ隊員、朝は苦手かね?」

「いや、そういう問題じゃなくて。明日も狩りって続行なの?」


 その言葉にパピィがぽかんとした表情を見せる。


「な……なんだその表情は」


 あどけないその視線に見つめられ当惑するエルツ。アップルに視線を振ると、彼はふと目を伏せた。


「エルツー」

「ん?」


 パピィの言葉にふと彼女に視線を戻すエルツ。


「エルツは隊員なんだよ」

「うん?」


 今一、彼女の言いたい事が把握しきれないエルツ。


「隊員は隊長の言う事、聞くものでしょ」


――そういう事か――


 彼女のやり方は理解出来ないものの、少なからずエルツは彼女の御眼鏡に適ったようだった。パーティでは二人の足を引っ張ってしまったエルツだが、それでも彼女はエルツを隊員として認めたという事なのだろうか。

 正直、彼女の思考回路についていけない部分が多いが、実際彼女から得られる知識や情報は計り知れないものがある。彼女の未知数のその可能性をもっと追究したいという想いもある。別段、明日は予定があるわけでもないし、また組めるというならここは、素直に従わせてもらおう。


「すみませんでした、パピィ隊長。明日もよろしくお願いします」

「うむ」


 満足そうに頷くパピィ。だが、それでもこれだけは確認しておかねばなるまい。


「パピィ隊長。純粋な質問なんですが、このパーティはいつまで続くんですか?」

「飽きるまで」


――ほう……そうきたか――


 エルツの顔を覗き込んでくるパピィ。つんつんと頬をつつかれてエルツはにこやかな作り笑いを返す。するとパピィは指を口に当てながら呟いた。


「う〜ん、でもまあ、わたしがログアウトするまでかな。十二時までには寝ないとママに怒られるし」


 それは素の言葉なのか。少女が少女に返った瞬間。そのあどけない仕草と言葉にエルツは心からの微笑みを零す。


――ママに怒られるか、可愛いところもあるんじゃないか――


 十二時というとそれは明日までという事か。

 それならば、全然問題はないだろう。むしろこちらからお願いしたいくらいだ。


「パピィ隊長、良かったら夕飯一緒に食べませんか?ほら、キャンプ場の中央にSTUMP SPOTって切り株のお店があるじゃないですか。折角ですから皆であそこで」


 エルツの言葉にパピィはちょっと不意を突かれたのか当惑した表情を見せた。


「うむ、構わないが」


 その言葉を聞いてエルツはアップルにも視線を振る。


「どうです、アップルさんも?」


 エルツの言葉に爽やかな笑顔を見せるアップル。


「喜んでお供しますアポゥ」

「まだアポゥ言うか」


 どうやら、まだその不可思議なロールを止めるつもりはないらしい。この人物も何考えてるかよくわからん。

 そうして、一同は夕方の混雑したキャンプ場を通り抜け、中央の切り株の椅子の見えるカウンターレストランへと向う。カウンターは既に大勢の客で溢れていた。


「うわ、昼間と違ってすごい混んでるな。これじゃ座れないか」


 店の円周を回りながら、エルツがそう呟いたその後ろではパピィが不服そうな顔を見せていた。これは自分から誘ったものの、早く席を取らないとパピィが騒ぎ出すかもしれない。ちょうどその時、三人連れの冒険者達が席を立ち、空いた席を素早く確保するエルツ。

 パピィを先に真ん中の席に座るように促すと彼女は満面に笑みを浮かべた。

 それから、一同はパーソナルブックにメニューを広げ、それぞれオーダーを始める。メニューを広げて三秒後、パピィの台座にはホットケーキが出現していた。エルツはそれを横目にポークステーキとそれにキノコのソテーを注文した。一つ席を離れたアップルはチーズドリアとアップルパイを注文したようだった。


「エルツって宇宙人居ると思う?」


 突然、ホットケーキを頬張りながらそう口を開いたパピィ。


「随分、突然だな。でも、居ると思うな」

「何で、根拠を述べよ」


 パピィの突っ込みに、エルツはふと困ったようにアップルに視線を投げ掛ける。相変わらず、視線で助けを求めても、すぐに目を逸らすアップル。ただ単純にそんな気がするから、そんな答えではパピィは納得しないだろう。色々な答えを想定しながら、エルツは、自分なりの一つの答えを出した。


「人間が想像できる生き物だから」


 その答えにパピィはじっとエルツの顔を見ながらもぐもぐと口を動かし続ける。


――むむ、反応が無い。この答えは失敗だったろうか――


 そう思ってエルツがステーキに目を移すと、ふと横からパピィがエルツの頬を指でツンツンとつついてきた。横を振り向くと、そこには親指を突き立てて、Good Jobと言わんばかりに真剣な眼差しを向けるパピィの姿があった。

 人間が想像できるモノはこの世に存在し得る、誰だか忘れたが偉大なる先人が残した言葉に確かそんなような言葉があった。さらにその根拠は、と演繹的に突き詰めればキリがないが、それでもその言葉は創造者にとってこの上なく頼もしい心の支えにはなる。想像は創造を生む、これは持論だが。ドラゴンだとか妖精だとか、想像上の生き物がもし地球上に存在していなかったとしても、彼らは人間に想像されたその時から、この世界に存在しているのではないのかと思うのである。そして、エルツは思うのだ。たとえ生きた形を持たざる存在であったとしても、そんな形を持たざる存在を限りなくそれに近づける技術がここにはある。まさにこの世界の存在そのものが彼らの存在を肯定しているのだ。VR SYSTEM。バーチャルリアリティの世界ならば、限りなく具現化された生きた形を持った彼らをこの目にする事が出来る。そう考えれば、この世界の存在意義とはまさに、その想像性にあると言えるかもしれない。


「ふ〜ん、そっか。じゃあ次の質問。二人って実在する地球人?」


 その質問に口に含んだステーキを噴出しそうになるエルツ。

 アップルは熱いドリアを平然と口にしながら、その答えを口にした。


「私は実在する地球人です」


 一体どんな会話なんだこれは。

 当惑するエルツの傍らで、また一口ホットケーキを口にしながらパピィはエルツに視線を投げ掛けてきた。


「じゃ、エルツは?」

「僕ももちろん実在するよ。だからここに居るんじゃないか」


 その答えにパピィは「ふ〜ん」と呟く。

 そして、パピィの次の言葉にエルツの手が止まった。


「そう思い込んでるだけじゃなくて?」


 パピィの質問の意味が分からず、エルツは彼女の表情を窺がう。

 その表情は到って普通だった。一体何を考えているのか。


「思い込んでるだけって、どういう意味?」


 一体、彼女の真意はどこにあるのか。それを急にエルツは確かめたくなったのだ。


「いや、二人がD.C社に用意されたNPCみたいな存在だったら楽しいなーって思ったの。ただそれだけ。もしくは宇宙人とか」


 一体、彼女はどこまで深く考えてその発言をしたのか。

 だが、よくよく考えてみれば、この世界に存在する以上、自らが作られた存在では無い、その証明をする事は限りなく難しい。この世界に存在する以上、誰もその存在を認識する術は無いのだ。

 唯一自分自身の存在の存在を確かめる方法があるとすれば、それはログアウトだ。

 だが、そのログアウトですら、そうした記憶を操作されているとしたら。他人の場合で言えば、もっと事は簡単だ。ログアウトしているという設定で、その時間帯だけ存在を消せばいい。


――僕は本当に実在する人間なんだろうか――


 ふとした疑問。だが、エルツはふと微笑を浮かべる。

 何故なら自分の存在定義に疑問を持った事は、現実においてもかつて幾度と無くあったからだ。自分は本当にこの世の中に存在する人間なのだろうか。全ては夢や妄想じゃないだろうか。

 そして、その時も結論は出なかった。この世の中には考えれば考えるほど深みにはまる問題というものが存在する。これもその一つだろう。そして、そうした問題に限って、生きていく上では、まるで意味を成さない問題が多いのだ。

 自分がたとえこの世界に存在しなくたって、自分が今ここに生きているという事は確かな事実は存在する。

 

――パピィの問題提起は面白いけど、悪いけどこの話題については話し相手になれないよ。ごめんな、パピィ――


 心の中でそう呟くエルツ。

 そうして、エルツはいつまでも続くパピィの話を微笑ましくその耳に聞き入れていた。

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