影と世界の出会い方
2018年6月24日修正しました。
魔法先進国家日本。
この国の魔法の歴史は古く、1000年以上昔から続く。
現在こそ、他の国からも一目置かれるほどの魔法国家であるが、昔は極東の島国ということもあり、存在すらあやふやな国であった。
日本の魔法の始まりは、現代魔法とは随分違い、呪術・真言を主に用いた陰陽道とされる。古より、悪しき魍魎を狩ってきた陰陽師。型式による式神と破邪による滅法という主にこの二つで、帝を守護してきた。
しかし、この陰陽道を用いた継承者が、次第に減っていき、代わりに台頭してきたのが、法術を使う法術師である。
そこからさらに進み、島国である日本に突如、外国船が現れる。
多少の衝突はあったものの、何とか親和条約を結び、その際に伝わったのが魔法である。
そこで今の家日本の根幹となる、法術と魔法が出会うことになる。親和条約が結ばれ、日本が外国の様々な知識・技術・魔法の他に科学も取り入れ、その裏で、血で血を洗いながらも目覚しい発展をしてきたころ、突如世界中が更なる驚愕と絶望を味わう事件が起こった。
【コード・ピリオド】そう呼ばれた大きな、それは大きな戦いがあった。
日本の遥か東に浮かぶ、それほど大きくない島の上空に、黒く大きな雲がかかったかと思うと、それらは豪雷と共に現れた。
曰く、黒雲は魔界の入口。
曰く、現れたのは、世界を終わらせる悪魔の使者。
曰く、現れたのは、世界を浄化させる天の使い。
豪雷に驚きつつも、突如現れた上空の三つの黒い影と、四つの白い影を見上げる人々。
指をさしながら色々と憶測を述べるもの。怒気をはらんで威嚇するもの。不安げに、子供の手を引いてその場から足早に立ち去るもの。
計七体の影は、口々に何かを相談し結論が出たのか、自分らの足元で騒ぎ立てる人を、怒りも哀れみもなくただ無感情に見つめる。
直ぐに飽きたのか、黒い影の一体がため息とともに、持っている杖を下方の地面に向ける。そしてその直後、杖から魔法陣と赤黒い球体が膨れ上がり、無造作に放たれた……。
流石に自分らの置かれた状況を把握したのか、蜘蛛の子を散らすように、できるだけ遠くに逃げようとする者、近くの建物へ避難しようとする者など……。
赤黒い球体はゆっくりと地面へ着弾すると、今度は一気に膨れ上がり、建物を、人を、植物を熱波が襲った。まるで逃げても無駄と言わんばかりに、圧倒的な熱量が人々に襲いかかる。
熱が引いたあとに残ったのは、元の性別すらわからない人らしき骸や、鉄骨のみとなった車や家屋。
この時、焼かれた島の所有国であるアメリカ合衆国は何が起きたのか、理解と情報の収集に手間取り、完全に出遅れていた。
そして、ようやく島で何が起きていたのかを把握する頃には、近くの島々も既に焦土と化した後であった。さすがにこれを驚異と感じ取ったアメリカ合衆国大統領が、空軍を緊急発進させる。
当時、魔法の他に科学も、発展途上に有り、魔法の才能がなくとも、技術と訓練次第で誰でも扱えると言う、科学と魔法が融合された魔法戦闘機、通称[魔機]というものが開発されていた。
昔ながらの魔法使いのみで編成された軍の、魔法隊ほど小回りはきかないが、圧倒的な速度と航続距離、そして詠唱をせずとも、ボタン一つで即座に打ち出される魔法弾と魔法ミサイル。
空から行ける軍備全てで排除に当たった。総勢百機が中隊ごとに先行し、波状攻撃をかけつつ時間を稼ぎ、魔法隊で大魔法を構築し、止めを刺す作戦であった。
即効で畳み掛ける作戦としては、悪くない案ではあった。
しかし、唯一であり最大のミスは、相手の戦力をすべて把握していないことであった。
焦りからなのか、それとも指揮官が無能だったのか。ともあれ、島を簡単に焦土にする相手に対し、策もほとんどない状態での開戦など、相手からしてみれば、ただ命を無駄に散らしにやってきたに過ぎなかった。
結果、半壊をもって知らされた相手の戦力。と言っても戦ったのは、白い影の四体のみで、しかも無傷の完勝である。
結果を知らされて、戦慄する首脳陣と軍の指揮官たち。アメリカ合衆国最新鋭の[魔機]でさえ、片手間程度にあしらわれて、どう抗えと言うのか。
いかに無策だったと言えど、相手の圧倒的な戦力に、ただ指を咥えて見ているしかないのか、そして本土に上陸されては、今度は更なる蹂躙劇の始まりである。
それを映像を通して見ていた近隣諸国は、次は自分の国かもしれないと恐怖に駆られる。
そこに現れたのが、当時まだ無名に近かった日本国である。「我が国であれば何とかできるかもしれない」その言葉に各国は戯言よ、世迷言よと吐いて捨てた。最強部隊であった[魔機]たちでさえ、瞬殺せしめた敵に対して何ができるのだと。
「もし、我が国に指揮権をくだされば、この事態の打開策を提案いたしましょう」
この一言に各国は息を飲んだ。
それもそうだろう、世界全体から見れば、まだ島がいくつか焦土と化したに過ぎない。しかし、これから先、各国に甚大な被害が及ぶかもしれないと思えば、策がない各々よりも提案を出した、その国に乗るしかない。それに失敗すれば、責任転嫁もできるという、下衆な思惑も覗いていた。
「先に結論から申し上げます。まず我が国でも、ましてや各々方の国でもあの敵の完全殲滅は不可能でしょう。運良く倒せても半数がいいところかと……」
そらみたことかと糾弾し始める各国の首脳陣。いいところ見せたいだけとか、見切り発車もいいところだと、言いたい放題である。そんな言葉の中でも冷静に次の言葉を発する。
「なので、初撃でなるべく多くの敵を[封印]いたします。我が国にはそれをなし得るだけの術者も人員もいます。もし、残りの敵を殲滅しようとするにも一応の策もあります」
[封印]と言う聞きなれない言葉に、一人の首脳が説明を求めた。殲滅のみが敵の無力化ではないということ、[封印]に成功し、一定の管理下にさえ置けば半永久的に復活はないこと。
「それを成すためには、短期決戦かつ、皆様の助力をいただきたい」
そこまで話す頃には、首脳陣たちの目には力が宿っていた。ここにひとつの可能性がある。今やっと世界が一つとなった時だった。
作戦決行時刻
初戦から既に数時間が経過していた。場所は最初に襲われた島から、東へ数百キロほど離れたアメリカ合衆国本土。そこに今、決戦に備えた各エキスパートたち百名と、残存の[魔機]隊と魔法防衛隊が集結済みである。
エキスパート百名のうち、陰陽師が三十名であり、陰陽師一族総出で封印に当たる。残りの七十名のうち、五十名が極大魔法専門で、二十名がその他回復、通信などの補助である。
一同が顔合わせをし、日本の指揮官と陰陽師の当主が、今回の作戦の説明をする。この作戦が世界の明暗を分けるかもしれないと思うと、ふざける気にはなれなかった。むしろ上手くいくのか、失敗したらと思うと重苦しい雰囲気に全体が押しつぶされそうになる。
「勝ってみんなで旨い酒を飲もう!」
ふと、誰ともなく発した言葉に、はっとみんなが顔を上げる。みんなで笑い、称え合って勝鬨を上げたい。重い使命感だが、一人ではなく全員で支え合って、そして帰ってこよう。
焦土と化した島のほぼ真ん中に、七つの影がある。影たちは自分の置かれた状況が把握できていなかった。元の世界から突然目の前に暗雲と豪雷が現れ、晴れたと思ったら、足元に自分らの全く知らない地形と人々がいるのだから。少しの間観察してみても、言葉もわからない、しかし何やら騒いでいる。うるさいので消してみた。それがこの世界に来て最初の魔法である。
「手当たり次第焼いてはみたが……やはりここは異界か……」
「……こちらに飛ばされたのは我ら七人だけか……?」
「らしいですね。向こう側はおそらくもう無理かと」
「冷静に話している場合じゃねぇだろう、完全に出し抜かれたじゃねぇか! どうすんだよ!? 」
「落ち着け、現状の把握が大事だ。ここが[どんな]世界で[何が]できるかを考えねばならん」
「そんなこと言ってぇ~。いきなりぃ~、焼いちゃったじゃないですかぁ~」
「しかも、鉄の鳥っぽいものも焼いたしね。一応文明があるってことが判ったからいんじゃない?」
各々が好き勝手に話しはするが、どうやら頭の回る者もいる。反対に己の現状を言われ、怒り心頭の者もいる。そして、どうでもよさそうに話す者もいる。
しかし、これだけ意見がバラバラの割に、一つだけ共通することがあった。誰もが司令塔役である一人の黒い影に対して従順だということである。
最初の島を焼き、その後ゆっくりと近くの島々も焼き、[魔機]も魔法隊も落とし、この世界の『力』とはこんなものかと、七つの影全てが完全に侮っていた。
しかし、その判断がこの者たちの不幸の始まりでもあった。ふと上空から数時間前に落とした複数の[魔機]が来たかと思うと、自分らを攻撃せずに、離れたところへ何かを落として撤退する。よく見れば白い杭の先に何か札がついているのだが、自分らより格下だという過小評価が故に関心を示さずにいると、不意に黒い影の一人が何かを感づいたように辺りを見回す。
その[魔機]が落とした杭の場所に突如現れる見知らぬ装束姿の存在。どうやって現れたのかわからない影たちは、それが周囲に一定間隔で現れたのを見て身構える。
それが日本固有の守護集団[陰陽師]である。
先ほどの[魔機]への過小評価とは違い、こちらは捨ててはおけない存在であることが雰囲気からはっきりと感じ取れた。現れてから数瞬の後、陰陽師全員が同じ行動を取りだす。
「多角結界陣!」
陰陽師らは何か言葉をを発したかと思えば、札を出して印を組んだ瞬間、爆発的な力が生まれ、周囲を取り囲むように光が生まれた。
「まずい! ここから離れるぞ!」
司令塔が事態を悟り、号令を掛けるが、完全に後手に回っている。白い影が陰陽師の一人に急激に迫り魔法を仕掛けるが、目の前に展開されている光の壁により完全に防がれている。黒い影の一人も大剣で突破を試みるが、やはり同じ結果に終わる。
まさかの展開に司令塔は歯噛みし、目の前の光の壁の分析をしようとするが、事態はまだ終わらない。目の前の光の壁だけに捕らわれすぎて、完全にノーマークであった上空から、[魔機]の魔法ミサイルが降り注ぐ。残存の[魔機]数十機がローテーションで波状攻撃を仕掛けつつ、五十名が合同極大魔法の詠唱準備に入る。
「全員個々に脱出だ! まずは逃げ延びることを考えよ!」
「それが賢明か……」
「「「了解」」」
「りょ~か~い」
「ぐっ……冗談じゃねぇぞ! ここまでコケにされて無様に逃げれるかよ! こいつら全員皆殺しだ~~~~!!」
このままでは全滅の危険性があると判断し、指示を出す。魔法ミサイルに向かう様に各個に上空に脱出を試みる中、その指示に憤る大剣使いが再び陰陽師と結界に攻撃を仕掛ける。が、それこそ待っていたとばかりに合同極大魔法の詠唱を終えた五十名たちが合わせて放つ。そして陰陽師たちが次の印を組みだす。その直後に結界の上空で極大魔法が轟音を轟かせ、その膨大な余波を地上まで駆け巡り結界内をきしませた。その轟音を合図とばかりに、陰陽師たちが最後の正念場として一斉に札を広げ惜しげもなく力を展開する。
「現世より凍結せよ! 【封印の棺】」
結界内に爆発のエネルギーとは違う莫大な力が広がる。陰陽師たちの放った力に、今まで自分らを守ってきた結界がついに崩壊した。その直後、上空を五つの光が方々に高速で散っていく。
「まずい! 逃がしてはならんぞ!」
陰陽師の当主が叫ぶ。
逃亡した影は上空の[魔機]隊に任せるとして、今はまだ土煙の晴れない目の前の残り二体である。土煙の晴れた一部に、封印の札に囲まれた司令塔であった黒い影が見え隠れする。少なくとも一体は封印できたという安堵と、残りは手負いだけと言う油断がこの直後の展開を変えた。
誰ともなく「やったか」と声が聞こえた直後、陰陽師の一人の体に大剣が突き刺さる。
「てめぇら、やってくれたな! まとめてぶっ殺してやる!!!!」
体の半分以上を焼かれた状態で叫ぶ大剣使いの影。串刺しにした一人を投げ捨てながら次の陰陽師を目指す。
結界内に閉じ込めるという奇襲作戦が成功したからこそ均衡を保てたものが、たった一体とはいえ、野放しになった姿を見て混乱に陥る陰陽師たち。二人目、三人目と殺され、四人目に差し掛かるその時。
「【式紙:鬼】!!」
当主の叫びとともに目の前に現れる二mを超える白い一本角の鬼。大剣を何とか防ぐとともに決意の一言が叫ばれる。
「私が抑える!もう一度結界を張り、攻撃を再開!私ごとやれ!!」
「しかし、当主が!」
「構うな!今しかチャンスがないのだ! 今を無駄にするな!」
「くっ………」
当主の叫びに意を決する陰陽師と上空の魔法隊。今度は確実に仕留めようと、先ほどの半分以下の範囲で結界を展開させようとする。それを阻止しようと迫る黒い影に食らいつく鬼と当主。
そして再度完成する結界と合同極大魔法。
「残念だったな! この世界はやらせん!」
「くそったれが~~~~~~~!!!!」
結界内に降り注ぐ極大魔法。敵一人に過剰かというほどの攻撃は、当主や今度こそ倒すという全員の決意が込められた一撃であった。そして解かれた結界内に残ったのは、当主の焼けた烏帽子と黒い影の持っていた大剣のみであった。
「白い影四体と黒い影一体は逃亡し、その後行方はわからず。全世界に呼びかけたが目撃情報は得られず、敵もかなりの重症故に潜伏に謀ったかと。残りの二体のうち一体は封印に成功し、もう一体は殲滅に成功しました」
日本の首相の戦果報告を黙って聞くアメリカ合衆国始め各国首脳陣。
戦果だけを聞けば散々たる内容ではあるが、誰も異を唱える者はいなかった。いや、唱えれなかった。わずか短時間とは言え、出来うる準備をし、奇襲作戦でこれだけの結果である。初戦の散々たる結果から見ればこれ以上は文句がつけれない。
「ではこのあとの処理ですが、各国のでの警戒態勢と防衛強化は言うまでもなく、これからはお互いの連携を密にしていく方向でよろしいですか?」
無言で頷く首脳陣たち。具体的な案はこれからとして、まずは凌いだという精神的な疲労と、やっと解放されたと言う安堵で、とりあえずゆっくり休みたいというのが本音であろう。
これ以降、大幅な魔法改革が進み、[聖法術]と[魔法術]と言う二大法術が生み出された。
そして魔法先進国家日本という、世界から一目置かれる国へと変貌していったのである。
しかし、情報統制と箝口令により真実は次第に年月とともに埋もれていった。
そこからおよそ百年後。
「で? この子はどこから攫ってきたの?」
「いや、だから……森林公園で倒れてたんだって……」
紗奈が玄関の前で仁王立ちし、半目で宗太を睨んでいる。怒気を孕んだ低く静かな声と共に栗毛の長いポニーテールが揺らめいて見えた。
全く信用されてない居心地の悪さから、どうにか抜け出すために信じてもらおうと宗太は必死に思考を巡らせるが、そもそも捻りも機転も利かない性格だからロクなアイデアが浮かばなかった。
「大体、何で公園に入れるのよ? 夜は閉まってるじゃない……アニメやゲームならまだしも、小さい子を攫う言い訳が『倒れてた』って、もう少しましな言い訳はないわけ?」
「待ってくれ! 信じてもらえなくても構わない。だが今、この子は濡れて体が冷えているのは事実だから、まずは拭いて温めてあげてくれないか? それに気を失っているのか、全く起きないんだ」
じっと睨み続ける紗奈の視線に、時間の感覚が狂うほど向けられていたが、猜疑的な目を伏せ重いため息を吐くと、渋々という感じで玄関の扉を大きく開ける。
「ほら、入りなよ。お兄ちゃんは嘘つくのが上手じゃないことくらいわかっているけど、あとでちゃんと全部説明してよ……ね?」
やっとの思いで説得できたことに安堵しつつ、今度は一から説明しなきゃいけないことへの面倒くささとどう説明しようかとの葛藤に悩まされながら玄関に入っていった。
「ちなみにそれは説得じゃなくて、問題の先送りって言うんだからね?」
「重々承知しています!」
お久しぶりです、雷訓です。
本業の合間に書き溜めつつ、週末に編集&書き進めると言う形でやっと第2話を出せるまでになりました。
お話しの大部分が過去話で、説明的すぎやしないか?この話は本当に必要なのか?などという葛藤もありましたが、そのまま投稿するという結論に至りました。
今回が説明的、かつ過去話でしたので、次はもう少しライトに話しを進めていきたいと思っています。
ここまで読んでくださる方、本当にありがとうございました。
応援よろしくお願いいたします。