プロローグ
草木もなく、岩ばかりの荒れ地に、シスター服を着た銀髪の少女が、一点を睨みつける。遥か遠くで、怒号や破裂音が聞こえるが、まるで耳に届いていない。視線の先にいる人物の動向の方が最優先なのだろう。
「あなたが魔王を名乗り始めて結構経つけど、それもいよいよってところかな?」
「よく言う……折角集めた配下をどこぞへ飛ばしてくれて……そもそも自ら進んで名乗ったことでは無い。貴様らがそう呼んだから、仕方なく俺も魔王と名乗っただけだ!」
「残ったのは……側近と≪天使≫が少しずつか。あれなら私の仲間でも十分だね」
(本当なら≪天使≫だけはこっちに残して分断させたかったけど……)
そう話しながらも少女は、魔王と呼ばれる人物から目を離さない。対する魔王も、今この状況から打開する策を練っているが、どうやらそれも難しそうだ。少女が構える大鎌が、首元に突き付けられている以上、動きようがない。
それ以上に、先ほどまでの激闘で、自分の体が袈裟懸けに切り裂かれ、片腕と下半身を失ってしまったことだ。なのに少女は、一片たりとも油断をしていない。この状況から逆転しようと考えていることは、わかっていたからだ。
「私が思うのは、遅かれ早かれあなたは、魔王になっていたということだね。その経緯には同情するけど、だからと言って世界を滅ぼしていい理由にはならない!」
「確かに、この戦争を仕掛けたのはこの俺だ。しかし貴様も知っているはずだ……人間の身勝手さや傲慢さが、この戦いを無駄に長引かせていることも! さっさと滅ぼされていれば、もっとましな国にしてやれるということだ!」
「そうかな? 今の陛下は先代に比べていい人だけどね。確かに国が一枚岩ではないのは認めるさ。でもね、だからこそ人間は模索しながら生きていけるというものだよ? 寧ろ、独りよがりで進んできた君の軍だからこそ、今この時を迎えていると言っても過言ではないのかもね……さて、おしゃべりもここまでにしようかな」
「貴様とあの兵器さえなければ……」
「あんなの兵器ってほどでもないよ」
そう言うと、少女は魔王を中心に巨大な魔方陣を展開させると、その力を懐から取り出した宝玉へ移し始めた。
「最後に言うことはある?」
「そうだな…………また会おう」
「またはないよ、さようなら『兄さん』……」
少女の最後の一言を言うと、一瞬のまばゆい閃光と共に、魔王の姿が宝玉へ消えて行くのが見えた。
お互い口数は少なく悲し気ではあったが、どこか尊重もしあっていたようだった。
「さてと、あとは残党かな…………」
一年後……
王城に隣接するように作られた闘技場の中心に、少女を始め、国王陛下や共に戦った仲間など、主だった人物達が揃っていた。
「できれば、私たちも同行したかったのですが……」
共に戦った冒険者のリーダーが、自分達も一緒にと申し出てくれたのだが、それは叶わなかった。
一年前、人間側の軍が大規模な転移魔法のマジックアイテムによって、魔王軍の主だった側近達を異界へ飛ばし、大幅な戦力ダウンさせる作戦を実行した。
結果、作戦は成功し残った側近達を掃討した。
そして後は異界へ飛ばした残りの側近や≪天使≫を主だったメンバーで追いかける段取りだったのだが…………ここに来て思わぬアクシデントに見舞われた。
追いかけるためのマジックアイテムで送れる人員は二名だけだった。
これは先の作戦時に、適当な座標で敵と一緒に異界へ飛ばしたマジックアイテムの反応を拾い、その座標を掴むための機能に膨大な魔力を使うため、人を飛ばす為の魔力が大幅に制限されてしまったのだ。
急造品であったとはいえ、大きなミスであった。
「マスター、今からでもお考え直してくださいませんか…………?」
「ウィリス、何度も言うけどこれは私の問題だから。それに、私の帰ってくる場所を守るのも大事な任務だと思ってよ」
少女をマスターと呼んだのは、風の守護精霊ウィリス。
少女を守護する精霊として常に行動を共にした彼女は、その名の通り、守護対象である少女に同行したかったのだが、その少女の命令で王都の守護を命ぜられてしまった。
自分の主人の命令でそれ以上の事は言えず、それならばと、ウィリスの傍らに控えている青髪の少女に顔を向け促す。
「今回はこの私こと、従属精霊アークが同行します。何なら頼りっぱなしでもいいんですよ?」
「頼もしい返事だね。でも転移先がどんな場所かわからないうちは、慎重にね」
「りょ~かい!」
従属精霊アーク。
守護精霊ウィリスに仕えている水の従属精霊である。
心配性なウィリスとは違い、陽気に返事が返って来る。
この陽気さに、頼もしくも少し心配げな目を向けたが、少女はこれから向かう先、未知の世界に行くにはこの位の元気さが寧ろ嬉しく思えた。
「では女王陛下、行って参ります」
「国どころか世界を救ってくれたんだ、なら今度は自分のやりたいように動け。だからこちらの事は気にするな」
「ありがとうございます。ウィリス達もそっちの事は任せたよ」
「マスター、あなたの目的は残りの≪天使≫の宝玉の回収です。それを果たしたら即座に帰還してください。アークもちゃんと使命を果たすのですよ!」
陛下やウィリス達と言葉を交わすと、マジックアイテムを手にし起動させる。少女とアークは見送ってくれた人達に笑顔を見せた。
そして次の瞬間、豪雷と共に姿を消した。
「ファリシアル……無理はするなよ……」
陛下の一言は、その場の全員の心情を物語っていた。
そして二人は地球へ降り立った。