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悪役令嬢オーディション!

作者: U

めちゃくちゃやった。反省はしていない。


 悪役令嬢婚約破棄ものが大好きな女神のための物語――ここは、その舞台裏である。


「次の方、どうぞ」


 簡素な長机と、その対面に五脚の椅子を設えただけの小さな部屋。

 長机には二人の青年、椅子には少女が二人着席している。

 青年の声に従い入室した地味な容姿の少女は、椅子の隣に立ち自己紹介を行った。


「エントリーナンバー3、愛称はモブビッチ、特技はクラスで3番目くらいにカッコイイ男の子たちと爛れた交友関係を築くことです。よろしくお願いします!」

「待っていま3つくらいツッコミどころがあった」


 着席したモブビッチを半目で見ながら青年――王子はぼやく。


「やっぱり配役変更なんて無理があるんじゃないか?」

「仕方なかろう、テンプレートはやり尽くした。あとはもう配役を変えて奇をてらうしかあるまい」


 王子の隣に座る青年が応える。


 物語内で正ヒーローと目される、金髪碧眼やんちゃでちょっと俺様、王太子である第一王子の兄を尊敬してるけど実は劣等感も持ってたりするイケメン第二王子。

 準ヒーロー、怜悧な美貌と明晰な頭脳を持つが人間嫌いで実は先王の妾腹で出自に劣等感を抱えていたりする銀髪銀縁眼鏡の数学教師。


 彼らは、この悪役令嬢オーディションの審査員である。

 悪役令嬢婚約破棄物語が大好物という女神のため、彼らはこれまで様々なストーリーを演じてきたが最近はマンネリ気味だ。女神が飽きてしまうのも時間の問題だろう。

 出演陣で話し合った結果、思い切って配役を変えてみることとなった。


 そこでこのオーディションである。

 本日開催されているのは主人公――ヒロインのライバル的存在、ラスボス悪役令嬢のオーディションだ。エントリーしたのは五人。いったいどのような人物が名乗りを上げるのか……。

 不安と期待に彩られ幕を上げたオーディションはしかし、ここまで野心満載、物語崩壊必須のモブ三人という結果だった。

 王子は息をつき、「次の方どうぞ」と室外に声をかける。

 こうなれば、残り二人に希望を託すしかない――


「エントリーナンバー4、名前はリリィ」


 眼前に立つ四人目の少女を見て、王子は目を見開いた。ガタリ、と無意識に席を立つ。


「そんな、まさか……! どうしてお前が、リリィ!」


 背中まで伸びたサラサラの栗色の髪、丸く大きな青い目が特徴的な可愛らしい(かんばせ)、子猫のような愛され雰囲気たっぷりの小柄な少女。


「――ヒロインやってました。以上」


 それは、王子が何度となく愛の言葉を囁いた相手(ヒロイン)――主人公、リリィだった。


「何故なんだ、どうして、リリィ……!」

「志望動機をお願いします」


 わなわなと震える王子を無視し、数学教師の冷静な声が続きを促す。


「はい。志望動機は、私の方が悪役令嬢に相応しいと思ったからです。いい子ちゃんを()るのにも飽き飽きしましたし、王子に俺様ぶったどちゃくそ甘い言葉を囁かれるたび頭の中で王子を撲殺する回数が三桁を超え、今回の応募に至りました」

「えっ?」

「なるほど、具体的には王子に対してどのようなことを?」


 履歴書に目を落としつつ数学教師が聞く。


「はい。“税金使って入った学校で女口説きかワレェ、どたまぶち割るぞコルァァ”といったようなことです」


 下町育ちの主人公は、王族の税金の使い方についてシビアだった。


「えっ? えっ?」


 キョトキョトと王子は周囲を見回す。


「貴女が悪役令嬢になった場合、物語にはどのようなメリットがありますか?」

「はい、私が悪役令嬢になった暁には、王子を殺害する展開を設けます。婚約者がいるくせに他の女にうつつを抜かす糞猿(ヒューマン)を殺害することによって 女神様(読者)のヘイト解消が望めますし、王子は私とキャラが被っているので一人減らすことで 女神様(読者)の混乱を防げます。私は想像上王子を殺害する回数が四桁にも上りますので、王子を殺害することにかけては自信があります」

「キャラ被りって目の色だけじゃん! っていうかお前いつもそんなこと考えてたの?! 俺のこと頭の中で惨殺しながら“私も……好きです”とか目ぇ潤ませながら言ってたの!?! どんなサイコパスだよ! 怖いよ!! あと俺殺されすぎ!!」


 わあわあ五月蝿い王子をリリィは睨み付けた。


「んじゃワルェ……ワイに何か文句あんのかわるぇええ! いてこましたるわ! かかってこんかいおーっ!? んぁあおーーっ!?」


 下町鉄火場育ちのリリィは口が悪かった。


「柄の悪さが度を越している……!」


 戦慄する王子の耳に、カツン、とヒールが床を叩く音が聞こえた。


「――おやめなさい」


 ハッ、とその場の全ての視線が闖入者へ釘付けとなる。

 美しく、傲岸不遜に姿を見せた女。

 不倶戴天の敵の登場に王子は敵意を閃かせる。


「貴様……ベラドンナ! 何しに来た!」

「知れたこと。悪役令嬢オーディションに悪役令嬢のわたくしが参じず何とすると?」


 ベラドンナ――濃い金の髪を幾つもの縦ロールに巻き、吊り上がった柳眉と血のような瞳、真っ赤な紅を唇にひいた当物語きっての悪役令嬢である。

 ベラドンナは孔雀の羽根で作られた扇子を広げる。


「リリィ、貴女の悪役令嬢に対する想い……聞かせて頂きましたわ。けれど貴女には悪役令嬢として、致命的な欠点がある」

「そう! 俺もそう思う! 具体的には俺への溢れすぎた殺意とかただごとじゃない柄の悪さとか!」


 他人の尻馬に乗る王子へ、リリィは吼えた。


「黙っとけダボが! いまベラドンナの姉ェが喋っとるんじゃあけえ!!」

「このヒロインすごい牙剥いてくる……!」


 これ子猫っていうか虎だぁ……しかも人喰い虎だぁ……。


 ヒロインに恫喝されたヒーロー(王子)は濁った目で思った。


 死相を漂わせる王子はさて置いて、悪役令嬢は自らのライバルへ静かに問いかける。


「貴女……高笑いは出来まして?」


 高笑い、それは高飛車お嬢様キャラには必須の技能。これが無ければ高飛車お嬢様は高飛車お嬢様足り得ない。

 リリィは懸命に言い募る。


「出来ます! 暗殺者に襲われて瀕死の王子を寝ずに看病した時とかに必死で練習しました!」

「俺が生死の境をさまよってる隣でそんなことしてたの!?」


 パチン。

 扇を閉じたベラドンナは同時にその瞳を閉ざす。


「お聞きなさい……そして刮目してご覧なさい! これが本家本元悪役令嬢の高笑い……っ!」


 カッと血の如き(まなこ)が開かれる。

 繊手が閃き孔雀の扇は翼を広げる。

 そして。


「オーーッホッホッホ! オーーッホッホッホッホ! オーーッホッホッホッホッホ!」


 室内に、悪役令嬢の誇り高き高笑いが響き渡った――……。


 ・

 ・

 ・

 ・


「………………な、長すぎないか?」

「なんてことだ……! 疾うに一刻を超えている、だと……?!」


 長過ぎる高笑い。息継ぎもなしに続けられるそれに投じた王子の疑問。

 答えたのは数学教師だった。

 ガタリ、と立ち上がり身を乗り出す。


「人間の……限界を、超えている……ッ!」


 ごくり。

 誰のものともしれぬ嚥下の音が響いた。


「――――ッホッホッホッ!」


 パチリ。ベラドンナは扇を閉じる。


「……お粗末様でしたわ」


 いっそ慎ましげにそう締めくくったベラドンナ。ふらり、と、リリィはよろめいた。


「そんな……悪役令嬢になるためには人を……人を、超越しなければならないというの……!?」


 崩折れ、彼女は慟哭する。


「出来ない……っ、私には! だって私、普通の人間だもの……。王子を殺すことだけを目標に生きる、ただの女の子だもの……っ!!」

「おい」


「リリィ……」


 ふわり、とベラドンナはリリィの肩に優しく手を置いた。


「わたくしだって、最初からこんなにも高笑い出来たわけではありませんわ。何百、何千という試行の果てにこの力を身につけたのです。リリィ、貴女は諦めてしまうの? 始める前から……。貴女の、悪役令嬢への想い、殿下を(しい)せんとする想いは、その程度のものだったの?」

「お姉さま……!」

「おい」


 リリィは涙に濡れた瞳でベラドンナを見上げる。


「私、私……頑張ります! 最初は未熟な悪役令嬢でみっともないかもしれないけど……。みっともなくても、どうしようもなくても……っ。いつか、お姉さまのような立派な悪役令嬢になれることを信じて……! 高笑い、し続けます……っ!」

「その意気よ、リリィ。さすがはわたくしのライバル……」

「お姉さまっ……!」

「リリィ……!」

「おい」


 二人は固く抱きしめ合った。向かう方向は違えど、互いに高みを目指す者達の友情……。誰ともなく始まった拍手が室内に満ちる。


「ええ……何これぇ……」


 万雷の拍手の中、スルーされ続けた王子が死んだ目で零した呟きは、やはりスルーされていた。



 ---------------------------------------------




「ベラドンナ、確認だが、君はオーディションを辞退するということでいいのか?」


 数学教師の問いに悪役令嬢はツンと顎を反らした。


「辞退も何も。そもそもわたくし、オーディションの参加者ではなくてよ。こちらへはわたくしの後継者を見極めんと参上したまでです」

「え? じゃあ最後の参加者は……」


 まさに王子の疑問に応えるように、ピチピチと忙しない足音のようなものが人々の耳に届く。


「――ごめんなさいっ! 遅れました!」


 そう言って駆け込んできたのは。


「あ、声かわい……って誰!? っていうか何!?!?」


 王子が目を剥いた。


 鈴振るような澄んだ声。

 真ん丸の可愛らしい黒い瞳。

 ちょん、と開いた小さな口。

 きらきらと銀色に輝く腹、青々と美しい背の縞模様。

 ツンと立った背びれがチャーミング。


 ――――150cmほどの、尾びれで直立する鯖。


 それが彼女だった。


「いやいやいやいや! いやいやいやいや!」


 恐慌を来たす王子に反し、悪役令嬢はハッと瞠目する。


「まさか、貴女は……!」

「知っているのかベラドンナ!」

「あんたそれ言いたいだけだろ!」


 王子渾身のツッコミは数学教師に黙殺された。


「――――鯖、さん……!」

「魚類なのは見れば分かるわ! てかよく一見して種類まで分かったな?! 俺この人(?)が鯖だって分からなかったよ!?」


 叫んだ王子へ軽蔑しきった一瞥を投げ、ベラドンナは自らが認めた少女へ向き直った。


「リリィ、貴女なら分かる筈よ。この方のことが……」


 ハッと、リリィの美しい青眼に理解の光が煌めく。


「そんな……こんなことって……!? まさか貴女なの……?

 ――――鯖、さん……!!」

「だーかーらー!!」


 一向に理解を得ず床足ドンドンする王子へ、リリィは害虫を見るような視線を遣り、ベラドンナは重いため息を()いた。


「殿下……。さすがの殿下も覚えていらっしゃるでしょう? 作中、わたくしがリリィの食事のマナーについてあげつらうエピソードがあったことを」


 物語の舞台となる王国は内陸の国。魚は庶民の食卓に滅多に上らない。その中でも脂が乗ってしかし足の早い旬の鯖は高級品。学園の食堂で初めて魚――鯖を食べることになったリリィは食べ方が分からず、ベラドンナ始め取り巻きの貴族たちから嘲笑の的となる。

 見かねた王子がリリィに魚の食べ方を教えたのをきっかけに二人の仲は発展していき、それを知ったベラドンナは悋気にかられ、ならば魚の種類を当ててみせろとリリィをいびる。

 そしてこの時、リリィはこう答えるのだ。


「――スズキ、ですか?」と。

 ベラドンナは嘲笑う。

「フフッ。やはり貴女のような下賤な人間には味の違いも分からないのね。

 それはね、――鯖、よ」

「――――鯖、さん……」


 ベラドンナのいけずぶり、高級魚に対し、ついさん付けしてしまったリリィの天然ぶりを印象付ける重要なエピソードだ。


「こんな大事なエピソードも覚えていないなんて……」


 これだから第二王子は……、とベラドンナは首を振った。


「お、俺だって好きで第二王子に生まれたわけじゃ……。なんだよぅ、そんな目で見るなよぅ……!」

「それで? オーディション最後の参加者というのは君でいいのか?」


 教師に問いかけられ、鯖さんは、ピチッと彼に向き直った。


「はい! エントリーナンバー5、――鯖、です! よろしくお願いします!」


 バッと深くお辞儀して見せる。サバ折りにも負けない確かな魚筋、それを鍛えた黒潮を思わせる良い礼だった。きっと彼女の中には美味しい白身がたっぷり詰まっている。


「では志望動機をどうぞ」

「はい! わたしは鯖です。毎回リリィさんやベラドンナさんに食べてもらって嬉しかった……。でもその内、それだけじゃ我慢できなくなったんです」

「我慢できなくなった、とは?」


 鯖さんは恥ずかしげに身を捩らせる。


「お皿の上から見上げるお二人は、とても輝いて見えた……。わたしの自慢のこのお腹より、この背中より……。わたしも、もっと輝きたい。自分の可能性を試したいって、そう思ったんです。鯖だって、やれるんだって。物語の登場人物に……いつか、主人公に! 悪役令嬢はその第一歩です!」


 ピチッ!

 鯖さんは胸びれで胸を叩いた。


 ――悪役令嬢を踏み台に、主人公へ――


 そう、言い切ったも等しい鯖さんに、全員が気圧されていた。

 鯖さんの目には一片の曇りもない。死して運命(調理)を待つまな板の上の鯉のように、彼女の瞳にはただ透徹した光が宿っている。


 ゆらり。

 ヒロインが、立ち上がる。


「――鯖、さん」

「――リリィ、さん」


 ぐっ、と。一人と一尾は固く握手を交わした。


「私は負けないわ。絶対に、悪役令嬢を勝ち取ってみせる!」

「わたしだって……! スズキ目サバ科サバ属の矜持、見せてあげます!」


 ベラドンナは愛用の扇を開き目を眇める。


「面白くなりそうね……!」


「ウワアーーーーーー!!」


 発狂したのは王子であった。


「何が“面白くなりそうね”だよ! 面白くないよ! 全然面白くないっていうか狂気の沙汰だよ!

 このまま行くと俺、隙あらば俺の惨殺を考えるシリアルキラーか魚類が婚約者になるんですけど!?」


 ベラドンナは閉じた扇で掌を打った。


「何と意気地のない……! それでも王家の人間ですか?」

「意気地!? これ意気地の問題!?!?」


 頭を掻き毟り、王子は懇願する。


「もうこうなったらお前でいい、いやお前がいい! 頼むからベラドンナ、続投してくれ!!」

「嫌ですわ」


 つん、とベラドンナは顎を上げる。


「だってわたくし、主人公(ヒロイン)に立候補するつもりなんですもの」

「なんで!? 無理だろお前! その顔で! その縦ロールで!! どうヒロインでござーいする気なの!?」


 まあ失礼な、とベラドンナは眦を吊り上げる。


「顔なんてお化粧でどうとでもなりますわよ!」


 縦ロールはそのままなのかよ……と虚脱する王子を余所に、悪役令嬢は主人公(ヒロイン)への想いを打ち明ける。うっとりと、夢みるような瞳で。


「わたくし、ずっと憧れておりましたの。一度で良いからやってみたいのです。

 食パン咥えて「キャー遅刻遅刻!」……って」

「ジャンルが違う……あと古い……」

「えっ」


 王子の言葉に目を瞠るベラドンナは、信じられないといった様子で周囲に視線を遣った。しかし、それに応え、王子の言葉を否定してくれる者は誰もいない。

 リリィが悲しげに呟いた。


「姉ェ……そもそも登校シーン無いんじゃけぇ……」

「この世界食パン無いしな」


 それが決定打だった。


「ああっ……」


 額に手の甲をかざし崩折れるベラドンナを、リリィと鯖さんが支える。


「お姉さま、しっかり!」

「ベラドンナさん、希望を捨てちゃダメです!」


 三人の少女が互いに励まし合う姿は美しい。

 しかし、そこに冷水を浴びせかけるような声がかかった。


「――――下らない。とんだ茶番だ。もういいかね? さっさとオーディションを進めよう」


 銀縁眼鏡をクイと中指で押し上げた準ヒーロー――数学教師の男に、王子は食って掛かる。


「おい、幾ら何でもその言い方はないだろ! まるで他人事みたいな顔しやがって……お前だって当事者……俺と同じ立場なんだから、もっと真剣になれよな!」

「当事者……?」


 ゆらり、と教師が立ち上がる。何が彼の琴線を刺激したのか――冷たい怒気を燻らせ、彼は唇を震わせる。


「とんでもない、被害者だよ私は。――女神に騙されたんだ」

「騙された……?」


 眉を潜める王子を、教師は見ない。固く握った自らの両掌に視線を落としている。


「日曜朝枠男児向けでお馴染みの変形合体ロボものだと思ったからこの物語への参加を了承したんだ。それなのに……」

「待って。どうしてそんな勘違いした」


 教師は告げる。


「女神は言った。十代の青少年たちが主な登場人物だと」

「まあ学園が舞台だから登場人物のほとんどは十代だな……」


「女神は言った。血沸き肉踊る激しいバトルが繰り広げられると」

「ああ、恋愛バトル的な……」


「女神は言った。しかし単調なバトルものではない、陰謀渦巻く展開もある……」

「うん、貴族が多いからね、王宮関係の陰謀エピソードもあったよね」


「……大人の鑑賞に耐えうる物語であると!!」

「そうだな……大人(女神XXXX歳)向けの物語ではあるかな……」


「それなのに……それなのに……どうしてっ……!」


 ぶるぶると震えた男は、遂に両拳を机に叩きつけた。


「どうして誰も、変形合体しない!?」


 だぁん……だぁん……だぁん……。

 殴打音が物悲しく尾を引く中、


「なんでその説明で変形合体ロボものだと思ったのか」


 王子の冷静なツッコミだけが正鵠を得ていた。


「ああ、そうだ、女神は言ったさ。“これ恋愛ものなんだけど……”と!

 だが、だが、だがな! 誰だって変形合体ロボとの恋愛だと思うだろう?!

 ご褒美です! そう心躍らせてまんまと女神の口車に乗った私が悪いというのか!?」

「うわぁ……」


 ニッチな性癖を持つ変態からさり気なく距離を取る王子を、ギンッ、と教師は睨みつけた。


「私は騙され、私の夢は塵と散った。

 夢だった……Drとか教授(プロフェッサー)とか呼ばれて、秘密基地で変形合体ロボの調整や改修を一手に引き受ける、正義チームの長的なキャラクターになるのが夢だった……。

 変形合体ロボにドリルを付けてみたり、ウィングを出し入れ可能にしたり、レーザービームが出るようにしたりするのが夢だった……。

 それなのに……それなのに……こんな、こんな……ッ!」


 ダン、と拳を叩きつけられ、机が軋む。


「児戯にも等しい、こんな子どもっぽい物語に参加させられて!!」

「いやあんたの夢の方が子どもっぽいだろ」


 いいんだよ! 男は幾つになったってオトコノコなんだから!


 血走った目で叫ぶ教師に掛ける言葉を誰も持たない。


「自分で自分のこと男の子とか言っちゃう二十代の男キショすぎんだけど……」


 モブビッチが他二名のモブと交わした囁きが、自称オトコノコを追い詰める。


「ふ、ふふふ……。誰も私のことを理解してくれないこんな世界(物語)、壊してやる……!

 私の力でお前ら全員変形合体ロボに改造してくれよう!」

「やめろ! 婚約破棄の最中に元婚約者とか現恋人が変形合体始めたらさすがに発狂する自信があるぞ俺は!」


 白衣を翻し宣告する青年の眼前に立ちはだかる者があった。悪役令嬢ベラドンナである。

 彼女は凛と背を伸ばし、傲然と言い放つ。


「でしたらわたくしは、食パン咥えて「キャー遅刻遅刻!」を可能にする世界を築きあげて見せましょう! 貴方の好きにはさせませんわ!」

「姉ェ!」

「ベラドンナさん!」

「え、なになにひょっとしてそういう流れ? じゃー俺はねーハーレムがいいかなー! なーんちゃって……っ」


 四方八方から突き刺さる女性陣からの「四肢爆発四散ししめやかに死ね」の視線。王子はしょぼしょぼと肩を寄せた。


「な、なんだよぅ……いいじゃん夢みるくらい……男の夢じゃん、ハーレムぅ……」


 バチバチと、火花が散る。

 譲れないものがある。

 なればこそ、人は輝き、物語は三界流転を刻み始めるのだ――――。








 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆






「キャー遅刻遅刻!」


 あたしベラドンナ、ホンブルヌル式数え年で18歳☆

 今日は憧れだったポリアンヌ魔法学園への入学式なんだけど……こんな日に限ってチャームポイントの縦ロールが全然きまらないんだもん! うぇ~ん、神さまのバカバカ!

 ごはんを食べる時間もなくって、庶民が常食している保存性を重視したため硬くそのまま食べるには適さない黒パン、焼き上がりから一ヶ月が経過し刃も通らないほどの硬さのものをくわえてうちを飛び出したの!


 あっ曲がり角! 


 どっし~ん!!☆


「こ、こらぁ! どこ見てんのよお! 前歯が全部折れちゃったじゃない! ふがふが!」

「済まなかった……お詫びに改造させて貰えないか?」


 そう言って転んだあたしに手を差し出したのは……えっ? すっごいイケメン……。

 サラサラの銀の髪、銀縁眼鏡の奥の優しげに笑んだ瞳、右手に持ったスパナと、左手のレーザーメス……。

 どうしよう、ドキドキが止まらないょ……。


「あっ? どこへ行くんだ君ぃ!」


 この胸のドキドキが聞かれちゃってたらどうすればいいの!?

 あたしは思わずその場を逃げ出した。歯茎から血が止めど無く流れてるけど、そんなこと気にならないくらい、ドキドキして、ズキズキして、頭がポーッとして……もう、バカバカ! あたしったら何考えてるの! 今日は入学式だっていうのに!



 キーンコーンカーンコーン……



 慌てて教室に駆け込んだ。セーフ! なんとかギリギリ遅刻せずにすんだよ。ヤッター☆


「よう、ベラドンナ」


 まだドキドキハアハアする胸に手を当てていると、声をかけてきたのは……。


「殿下クン!」


 殿下クンは中学校の同級生。まさか同じクラスだなんて……。カッコよくて、優しくて、おまけにちょっと俺様王子様な殿下クンは人気者で、実はこっそり憧れてたんだぁ……えへへ。


「今日から同じクラスだな、よろしく」


 そう言って微笑んでくれた。ドキッ☆

 や、やだ、なにドキドキしてるの、あたしったら……殿下クンには、そんな気なんてないって分かってるのに……。

 殿下クンが笑っただけで教室のあちこちからキャーキャー声が上がった。


「はふぅ……☆ミ」


 自分の席にもどっていく殿下クンをついつい目で追ってしまう。

 殿下クンが席に座った途端、女の子たちが殺到した。


 やっぱりすごいなあ、殿下クン……もうこんなに人気があるんだ……。


 合体変形ロボものの主人公のお約束で同い年なのにクラスで一人だけ膝小僧丸見えな短パンを履いている殿下クン、彼に群がる女の子たちをしっしっと追い払ってるのは、殿下クンの幼なじみの救急車ロボ、ロボ子さん(車モード)。

 そんなロボ子さんに食って掛かっているのは、殿下クンの血の繋がらない実の妹の消防車ロボ、ロボ美ちゃん(車モード)。

 二人が喧嘩している隙を縫って殿下クンのお膝の上をキープしてるのが、ある日突然宮殿の屋根を突き破って殿下クンの部屋に落ちてきた謎のロリパトカーロボ、ロボカたん(車モード)。


 三人とも男の子からとっても人気があるんだけど、三人は殿下クンのことしか見えてないみたい。すごいなあ……あれハーレムってやつだよねえ。

 中学の頃からずっと三人に取り合いされてる殿下クンは、いつも困ったような顔で目が死んでる。

 あたしなんて、とうてい敵わないや。しゅん。


「ベ~ラドンナっ! なにしょぼくれた顔してるのよ!」

「あ☆ さ~て~は~……まーた殿下クンのコト見てたんでしょー?」

「ベラドンナってば中学の頃から殿下クンにオ・ネ・ツ! だもんねー?」


 そう声をかけてきたモブビッチちゃんたちはあたしの大親友。三人揃ってモブビッチちゃんズって呼ばれてるの。

 三つ子の三姉妹だけど全く顔が似てないのがご愛嬌ってとこカナ? ウフフッ☆

 最近うちの隣に引っ越してきて、前世から続く何らかの因縁を感じちゃうくらいに仲良くなったんだヨ♪


「も、もうやだ、モブビッチちゃんズってば……そんなんじゃないってば!」

「またまた~ベラ子が殿下にホの字なのはオ・ミ・ト・オ・シ!」

「なんだぞ~??」

「ホレホレ、白状しなされおなるどだヴぃんち」


 キ~ンコ~ンカ~ン……


「あっホームルーム始まっちゃう!」

「ベラドンナ、また後でね!」


 モブビッチちゃんズはバタバタと自分の席に戻っていった。

 全くもう、モブビッチちゃんズってば……。

 そういえばモブビッチちゃんズが隣に越してきてから「目覚めよ……目覚めよ……愛と光の巫女よ……」って誰かが呼びかけてくる夢をよくみるようになったんだけど、きっと気のせいだよね。あたしってば気にしたがりやさん! テヘッ☆ おでここつん!

 なぜか頭が抉れて血が出てるような気がするけど、きっと気のせいだよね。あたしってば本当にイケナイ気にしたがりやさん! てへっ☆


「お前ら静かにしろー今日は転校生を紹介する」


 えっ? こんな時期に転校生……? カッコイイ男の子だったらどうしよう。ドキドキ☆


「チタマニアから来ました、サバサン・リリィと申しますわ。よろしくお願いしますですですわ」


 教室に入ってきたのは、背中まで伸ばしたストレートヘアーがきれいな女の子だった。男の子たちがヒューヒュー囃し立てて先生に怒られてるけど、ううん、しょうがないよ。

 だってあたしもこんなに可愛くて大きな鯖を背負った女の子、初めて会ったもん!

 それに何だかとっても高貴な雰囲気……ひょっとしてお嬢様だったりするのかな? 喋り方がすごく高貴な感じだし、背負ってる鯖の尾びれが縦ロールに巻いてあるもんね。


 ガタッ。


「お、お前は、リリィ!」


 えっ? 彼女のこと知っているの? 殿下クン!


「最初が肝心ですから、言っておきますわね。わたくしリリィは、そこの殿下様の婚約者ですの。身の程知らずの雌猿(ヒューマン)どもは彼に近寄らないこと。良いですわね!」


 そ、そんな……。


 バリバリバリィッ!


 あたしの後ろで雷が落ちたように感じた。

 嘘……嘘でしょ、殿下クン……許嫁なんて、嘘よね? 嘘って言ってよ……殿下クン……。


 涙で殿下クンの背中がゆらゆら揺れて見える。

 こんなことで泣きたくない、泣きたくないけど……でもね、涙が出ちゃう。だってあたし、殿下クンのコト…………。


「そのことだが、リリィ。……いや、サバサン・リリィ! 俺は、お前との婚約を破棄する!」


 グワッシャーーン!


 リリィさんの後ろで雷が落ちたように感じた。


「ど、どうして……? なぜなんですの? 殿下殿!」


 殿下クンはリリィさんに指を突き付けたまま言った。


「お前の本性はお見通しなんだよ、リリィ! それに、俺は……愛してしまったんだ……。

 本当に人を愛するということを知ってしまった……」


 え……? 殿下クン、それはいったいどういうことなの……?


 ドンッ!!


「キャッ!」

「俺が好きなのはお前だ、ベラドンナ……俺と結婚……する、だろ?」


 なんか、気づいたら、殿下クンに壁ドンされてた!

 壁ドンされて耳に、耳に、殿下クンの息が……! どうしよう、どうしたらいいの? そんな、急にそんなこと言われても、どうしたらいいのか分からないよぉ……ふぇっ。

 だってこんなにドキドキして絶対顔だって真っ赤になっちゃってるもん! 恥ずかしい、恥ずかしぃょ……殿下クン、こんなあたし、見ないで……。


 クイ、と殿下クンの指があたしの顎を持ち上げる。


「“YES”ってサ……言わせてみせる、ぜゴハッ」


 ドンッ!!


「殿下クンーーーー!?!?」


 殿下クンのお腹から鯖の頭が生えていた。

 殿下クンの血でぬらりと光った生黒い魚眼。ギョロリと蠢いたそれと目が合ってしまう。


「ヒッ」


 ずるり、と引きぬかれていく鯖頭。殿下クンの腹に空いた大穴から滝のような血と臓物がごぷりどぷりと溢れ落ち、リノリウムの床にビチャビチャと汚い水溜りを作った。糸が切れたマリオネットのように、殿下クンは血溜まりへ膝を落とす。


「ちっ……全く、まさか気づかれるとは思いませんでしたわ」


 リリィさんが手首を翻し、自分の体よりも大きなその鯖を片手で苦もなく振り回す。こびりついた血と臓物が飛び散った。

 びちゃっ。

 まだ温かいそれが、あたしの、あたしの、頬に――殿下クンの、殿下クンの……っ!!


「いやああああ!」

「ベラドンナ、ベラドンナしっかりして!」


 ガタガタと震えるあたしを正気に戻してくれたのはモブビッチちゃんズだった。


「モブビッチちゃんズ、殿下クンが、殿下クンが……

 殿下クンが、腹ドンされちゃったよぉ……っ!!」


 うわああぁ……っ。縋り付いて泣き喚くあたしの肩をモブビッチちゃんズはグッと掴んだ。


「しっかりしなさい、ベラドンナ……いいえ、愛と光の巫女! 貴女は愛と光の巫女なのよ!」

「え……? も、モブビッチちゃんズ……その姿はいったい……?」


 顔を上げたあたしが見たのは、まるで天使様のような純白の羽を生やし光り輝くモブビッチちゃんズの姿だった。


「黙っていてごめんなさい。実はアタシたちは真実の愛と光を司る天使なの。そして貴女は愛と光の巫女!」

「さあベラドンナ、ううん、愛と光の巫女! このトゥルーピュアリーラブフラワーハッピーパワーインセンスレインボーストーン、通称変身ブローチを受け取って!」

「変身ブローチを太陽に掲げて“ラブピュアリーハッピーパワー☆メタモルアーップ!”そう叫んで! そうすれば愛と光の力で奇跡で殿下が」

「モブビッチちゃん! どうして昨日来てくれなかったんだ!? 僕ずっと待ってたのに!」


 クラスで3番目くらいにカッコイイ男の子がモブビッチちゃん(長女)の足に縋り付いていた。


「うるっさい! 一回ヤったくらいで彼氏面しないでよ! さあベラドンナ、早く! アタシたち真実の愛と光を司る天使の加護の力が宿ったこのラブストを掲げて叫ぶの!」


「ピュ、ピュ、『ピュアラブリーハッピーフラワー! メタモルアーップ!』」


 メモリーストーンから七色の光が飛び出してきてあたしの体を包む。

 同時にくるくると三つの光が教室の向こうから飛んできてあたしの体にぶつかった。


 きゃあっ! こ、これは……ココロの奥から溢れてくる……この力は……キモチは……オモイは……いったい……なに?

 いまならあたし、なんだってできる気がする!


 そのあたしの決意に答えるように、一際強くあたしの体が輝いた!


 ジャキーン!

 左腕、ロリパトカーロボロボカたん!


 ガシャーン!

 右脚、消防車ロボロボ美ちゃん!


 ヂュオオオーーン!!

 他全部、救急車ロボロボ子さん!



「――――――超嬢合体! ベラ・ドン・オー!! 見ッ参!」



 チャハッ☆


 三人のヒロインと変形合体を果たしたあたしは、七色の光を背負い超嬢合体ベラドンオーとして教室の床に降り立つッ!!


「そこまでよ! サバサン・リリィ! あなたの野望はこの愛と光の超嬢合体巫女戦士ベラドンオーが許さない!」

「ふん、吼えるなよ(ヒューマン)……。寝言をほざくのはわたくしの本当の姿を見てからにしてもらおうカッ!」

「だから変形合体はやめろって言っただろーーー!?」


 変身の余波の愛と光の奇跡で生き返った殿下クンが絶望の叫びをあげる。


「殿下クン……安心して。ぜったい、だいじょうぶ、だよっ!」ニコッ。

「何がだよ! 右を見ても左を見ても大丈夫なところは1ミリも見当たらないわ! お前の目は高性能お花畑搭載節穴アイなのか! どの辺を見て大丈夫だと判断したのか切にご説明願いますビュホッ!」

「殿下クンーーーー!?!」


 鯖さんのトルネード尾びれアタックで殿下クンの頭は潰れた。床に赤い花が咲く。


「殿下クンを床ドンするなんて……絶対に許さない! 愛と地球の光のために! あなたを倒すわ!」

「できるものならな……ククク」


 嗤ったリリィの後ろ、直立していた鯖さんが突如弾け飛んだ。彼女の赤い身、白い小骨、内臓がバラバラと降ってくる。


「うっ……! なんて、(むご)い……!」


 その余りの白身魚にあたしは思わず口を押さえて片膝をついてしまった。ポロリ、涙が出ちゃう。


「ふん、貴様の卑しい常識で我らを計るな(ヒューマン)! 我らは二人で一つ、二人で一つなのだ!」


 床に落ちた鯖身や小骨が不穏な黒い霧を纏い空中に浮かび上がった。


「来たれ! サバ・サン!」


 びゅんっびゅんっ! 鯖身骨がリリィに向かって飛んでいく。

 次々とリリィの体に貼り付き重なる鯖身、それはやがて青光りする銀の繭になった。

 繭がどす黒い炎に包まれ――炎が消えたそこに、ソイツはいた。


 人の大きさの鯖、その不気味に白い腹に、少女の顔と手足がにゅうっと生えている。


「そ、その姿は……!?」

「この姿こそ我らが真の姿……悪嬢怪人サバ・サン=リリィよ! この姿になったからには最早貴様は終いだベラドンナ!

 くくく……ふふふ……はははは……オーーッホッホッホッホッホ!!」


 くっ! なんて高笑いなの! 何らかのパウァーを感じるわ! 強烈な何かを!


「ふんっ!」


 リリィはバッと両手を天に掲げる。


「冥土の土産に見せてやろう! 我らが超必死必殺技! こんな地球(セカイ)ぶっ壊してやる!」

「モーヤダキエエエーーーー!!」


 あたしが流した涙の愛と光の奇跡で黄泉返った殿下クンだけど、幼馴染と血の繋がらない実の妹と突然空から降って来た女の子とあたしと元婚約者が変形合体したのを見て気が触れちゃったみたい!


「チタマの皆よ、(オラ)に力を分けてくれ……!」


 祈るように彼女が掲げた両手の先にすごいエネルギーが集まっていくのを感じる! ビンビン! ビンビン! 怪人ビンビン物語!


「くっ、これはいったい!?」


 ――――――説明しよう! リリィ達チタマニアン星人は第五次異界に存在するチタマニア粒子をなんやかんやすることによって遠く離れた地球から故郷チタマニア星の自然や動物や惑星自体のなんやかんやしたスゴイエネルギーを集めてとてもすごい攻撃をすることができるのだ! なんやかんや!


「そんな、無理よ! あたしなんて平々凡々で何の取柄も特技もないけど何不自由なく育った愛され雰囲気ぷんぷんのドジなトコロがタマにキズなキュートでキッチェな女の子でしかないんだもん! 星のエネルギーなんかに勝てるわけないよぉ……っ!」


 ごめんね、殿下クン、地球のみんな……やっぱり鯖には勝てなかったよ……。


 ピピッ! ガー!


<<諦めるんじゃない! ベラドンオー!>>


「えっ!? あなたは?!」


 視界の隅にモニターが浮かび上がった。そこに映ったのは……。


<<やあ、またあったね可愛い子ちゃん>>


「ああっ! あなたはレーザーメスの……!」


 どきんっ。こんな時なのに不覚にも胸が高鳴った。いったいどうして彼が……? これが……運命……!?


<<説明は後だ! 私のことはDrプロフェッサーと呼んでくれたまえ>>


「分かったわプロフェッサー! でも諦めるなってどうすればいいの!?」


<<ドリルだ! ドリルを使うんだ!!>>


「そんな、Dr! ドリルなんてどこにも……!」


<<ふふふ、心配無用さ。こんなこともあろうかと、先ほど君とぶつかったときに右手をドリルに改造しておいた>>


「ええっ嘘ぉ! ぜんぜん気づかなかったあ☆」


 あたしってばうっかりさん! オデコこつんっミ 血がだばあ☆ テヘペロ♪ 


<<ハハッ天然小悪魔ちゃんめ……ところで私のことはDrプロフェッサーと呼んでくれ>>


「分かったわDr! えーい、ヒロインドリルぱーんち!☆ミ」


 ギャギャギャギャリギャリギュリッ!


 悪嬢怪人リリィの掲げる巨大なエネルギー弾にあたしはドリルとなった右腕を突きこんだ! 鍔迫り合いの音と火花が弾け飛ぶ!

 でも全然効いてないしドリルなんてクソ!


「ふはははは! ですわ。 こんなものかね? ですわ。 愛と光の力というのは! ですわ。 ヌルイヌルイ、ヌルイわぁ!! ですわ」


 キャラクター設定を思い出したリリィの手によって、いまや地球は絶体絶命の大ピンチに!


「ぐぅっ……強すぎる! ふぇぇ~んやっぱりあたしみたいなちょっとどころでなく可愛いだけの女の子が愛と光の戦士なんて無理だったんだぁ! 月餅食べたいよぅぐっすん」

「「『諦めないで、ベラドンナ!』」」

「きゃっ。だ、誰!?」


 きょろきょろと周りを見回すあたしの目の前に、天使のぬいぐるみが現れた。そのぬいぐるみは、フェルトでできた羽根をパタパタと動かしてあたしの周りを飛び回り、喋って光る。


「えっ!? ひょ、ひょっとしてモブビッチちゃんズなの?」

「「『ええそうよ! 天使としての本来の姿は人魂消費効率が悪くてね、この相互監視社会じゃ贄となる人間の補給もなかなか難しいし、この姿がエコってわけ。カワイイでしょ!』」」

「ほんと~超カワイイ~~♪」

「「『でそ!』」」


 嬉しそうにニッコリしたモブビッチちゃんズ(エコ)の笑顔はとってもピュアで無邪気で可愛らしくて、当然邪神とは何の関わりもないしラスボスの雰囲気なんて全くなかった。


「フンッ! お喋りとは暢気なものだな! このチタマ玉をわたくしが放った瞬間、貴様ら愚かな(ヒューマン)とこの星は終焉を迎えるというのに!」

「クッ、人類は……あたし達はあんた達なんかに負けないんだから!」


 キッとあたしは目の前の凄烈な(えら)を睨み付ける。

 そうよ、愛と光の力はこんなやつらに負けないんだから! こんな、ずっとチタマ玉を掲げたまま立って待っててくれてるこんなやつらなんかに! 絶対、負けたりなんてしない!

 あたしがモブビッチちゃんズ(エコ)とのんびりお喋りしてる間も攻撃もしないでこいつらがずっとチタマ玉を掲げたまま立って待っててくれてる今の内に何とか倒す方法を考えないと!


「「『ベラドンナ! トゥルーピュアリーラブフラワーハッピーパワーインセンスフラッシュを使うの!』」」

「フ、フラワーパワートゥルーラブフラッシュ??」

「「『そう! トゥルーピュアリーラブフラワーハッピーパワーインセンスフラッシュは、真実の愛と光の奇跡の力! この力なら、きっとチタマニアパウァを相殺できるッ!』」」

「どうすればいいの!?」

「「『変身ブローチを胸に抱いて目を閉じて! 貴女の愛する人を思い浮かべながら、心に浮かんだ言葉を想いと共に開放するのよ!!』」」

「分かった! やってみる!」


 あたしはグッとフラワーストーンを握って目を閉じた。


 ……あたしの愛する人……。……お父さん、お母さん……愛する家族……モブビッチちゃんたち大好きなお友だち……隣のうちのおじいちゃんおばあちゃん……ご近所のみなさん……。そして、そして……大好きなあの人……あたしの、大事な右手を何の役にも立たないクソのようなドリルにしちゃった彼……それからポチ、タマ……小学校の時にどっかからグラウンドに迷い込んできた犬……月餅……その辺にいた鳩……食パンの袋を止めてるプラスチック製の名前の分からないアレ……あと殿下クン……。


 愛する人を思い浮かべるたび、あたしの中のナニカ(・・・)が大きくなっていく。あったかくて、やわらかくて、切なくて、ちょっとシメジっぽい。

 そんな何かがあたしの中で許容量限界、はちきれそうなギリギリまで大きくなった時、浮かんでくる言葉があった。

 カッ、と目を見開く。



「サバロホロッチョぴろぴろりーん☆!!!!」



 その、“力ある言葉(パワーワード)”に応え、光の奔流があたしの中から溢れ出した!


「こ、これはまさか!? グワアアアアア!!」


 げぶらばぁっ!

 噴水のように体中から鯖汁を盛大に撒き散らし、悪嬢怪人は膝をついた。


「グフッ……見事、と言っておこう。だが忘れるなよ。悪嬢怪人は永遠に不滅だ……!

 いずれ第二第三の悪役令嬢が……」


 すぅっと、彼女の体が空気に溶けるように消えていく。



 ――――サバノビッチ!!



 それが、最期の言葉だった。


「………………勝った……?」

「「『やったわね、ベラドンナ!』」」


 モブビッチちゃんズのその言葉で、やっと実感が湧いて来る。


「――~~~~っ。やぁったあ! やった! やった! やったーめーーん! 勝った! あたし勝っちゃったよぅ!」

「アヒヒアハキエエ」

「「『水を差すようで悪いんだけど、そうそう喜んでもいられないわよ』」」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶあたしにモブビッチちゃんズが釘をさしてくる。


「え?」きょとん。

「「『リリィも言ってたでしょう。悪役令嬢は一人じゃない……。これから先、貴女はきっと狙われるようになるわ』」」

「ウェヒヒキエキエッ」


 ええ~~~!?


「な、なんで? なんでえ~~!?」

「「『愛と光の巫女である宿命ってやつね。 観念しなさいベラドンナ! くすっ』」」



 うえ~ん! あたしはただ平和な学園生活を送りたいだけなのにぃ!

 恋に部活に勉強に、そのうえ正義の超嬢合体巫女戦士まで! 殿下クンは発狂しっぱなしだし、いったいどうすればいいの~!?

 誰か、た、助けて~~~!☆★☆


 ハピャッ☆ミ






 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆





 意外と女神に好評だったので続けることになった。

 王子は発狂した。









 おわり



~~~~~~~~~~登場人物紹介~~~~~~~~~~


ベラドンナ:

ポリアンヌ魔法学園に通う ホンブルヌル式数え年で18歳の女の子。

平々凡々で何の取柄も特技もないが何不自由なく育った愛され雰囲気ぷんぷんでキュートでキッチェでドジなトコロがタマにキズな子。

好物は月餅だがそれほど好きではない。

実は邪神モブビッチズの力によって異世界のロボ三使徒と魂レベルで融解させられた超嬢合体巫女戦士ベラドンオーの正体。

最近気になる男子がいるようで……!?


サバ・サン=リリィ:

サバ・サンとリリィは二人で一つ。二人で一つ。その意味はきっと命なき者だけが知っている……。

リリィの前世は実はチタマニア星の神世紀に栄えた古代文明の王女である。

チタマニア星を惑星丸ごと魂牧場にせんと画策した邪神モブビッチズの魔手を、命を賭して払った。しかし死後魂はモブビッチズに囚われ、悪嬢怪人として転生させられた。

しかし何故か邪神との戦いで同時に命を落とした親友の鯖さんと魂を共有する形で生を受ける。これは邪神の想定外の事態であり、邪神の野望を挫く鍵になりそうなのだが……?

因みにベラドンオーとの初戦では別に死んでなくて単に家に帰っただけであるので、第二の悪嬢怪人として現れる。


モブビッチちゃんズ(エコ):

モブビッチちゃんズ真実の愛と光の天使三姉妹が一つになった姿。ぬいぐるみのように愛らしい当作品のマスコット。

当然邪神とはなんの関係もないし、ラスボスめいたアトモスフィアも感じない。

超嬢合体巫女戦士と悪嬢怪人の戦いは邪神モブビッチズが画策した地球世界に終末を招来するための儀式であるが勿論それとも全く関係がない。


救急車ロボロボ子さん、 消防車ロボロボ美ちゃん、 ロリパトカーロボロボカたん:

異世界の光の三勇士。本来は男性体であるが、彼らの故郷世界にて邪神モブビッチズを撃退した際に邪神が引き起こした時空の歪みに無理矢理引きずり込まれ、こちらの世界にTS転生させられた。

勇士だったころの記憶はなく、今は女の子としての生を精一杯楽しんで生きている。

みんな殿下のことが大好き!殿下を取り合い常に張り合っているが、殿下抜きなら意外と仲が良い。最近の日課は、ベラドンナという新たなライバルの登場に、作戦会議と称して学校帰りに三人でお茶していくこと。ス◯バよりはド◯ール派。


先生:

秘密結社サバトコラヨッコイショの構成員。

秘密結社サバトコラヨッコイショの最終目的は一部の幹部が知り得るのみで、末端の同志はその目的も知らずに活動を行っている。

秘密結社サバトコラヨッコイショには何か遠大な目的がありそうだが……?


殿下:

めちゃモテ委員長


Drプロフェッサー:

ベラドンナと運命の出会いを果たした美青年。本名・年齢など謎に包まれた変形合体ロボものの正義チームの長的な人物。

ラッキースケベで度々ベラドンオーにクソのようなドリルを付けてくるのでよく半殺しにされているが、他の研究員からは「チッいちゃいちゃしやがって……」と憎々しく思われている。


黒パン:

パンの一種。ライ麦パンもしくは黒砂糖を使ったパンのこと。

(引用:Wikipedia https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E3%83%91%E3%83%B3)

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[一言] 後半の方にめちゃめちゃ力入ってるwww
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