光と影
○1
その日は雨だった
「おうっ!おっはよっ!」ポンッと背中を押され
学校へ向かう途中だった。「おぅ…おはよ」
5年生の夏…
「雨強くなってきたなー…急がなくちゃー」
とつぶやきながら小走りで学校へ向かった。
湯浅天祐!「はーい」かったるそうに返事をする。
出席番号をとると席へ着き ハァーッと
ため息をつくのが、ここのところの日課である。
なぜかというと、毎日雨ばかり…
台風のせいもあり、家の中や学校に缶詰だからだ。
「外で遊べないなんてなー…
つまんねーの」
給食の時間…
「なんだ今日はおかずがしっそだな」
てんゆうと言えば…いたずら好きで有名だった。
「おい、見てろよ」といって、給食に出た さやえんどうの小さな豆を、指でピッと飛ばした。思わぬ事に 先生の耳へ!
入った!「ストライーク!」小さくガッツポーズ!
案の定叱られるのだった。先生は怒りまくった!当たり前だ…
にしてもめげない。
「後で体育館行こうぜ!女子がバレーボールしてるって!」
「おう!見たい 見たい」
超ポジティブ人間。
女子からは典型的にモテぬタイプだ…
「あ~あー…まだ雨やまね~のかよー…」と
ガッカリするものの、次の遊びに夢中なのだ。
○2
でも、もうすぐ夏休みだし
やりたい事だらけで 何から手を付けてよいのやら…
たかだか、そんな事で頭を悩ますのだ。
宿題?宿題なんて始業式の前の3日間が勝負!!
と心に決めている。
なぜかって?
過去、がむしゃらになって宿題をした時もあったが、にもかかわらず
最低な点数しか取れなかったからだ!まぁそれは一年生の一年間だけの話しであるが…
ようするにほとんど勉強する気がないってこと…
となりのクラスのゆあちゃんが突然てんゆうを呼びにきた。
ゆあちゃんとは幼稚園の頃からの幼なじみで
家も近い。
「どうしたの?」
「大変なの!ちょっと来て!」
「うん…」
「なんだよ、おまえも隅におけねぇやつだな!」
「なんだよ、おまえも少しは小学生らしい事 言えよな!」とてんゆうは少しむくれて教室を出た。
ヒューヒューと歓声があがる。
○3
「うち引っ越すんだって…」
とうつむきかげんに…てんゆうにそっと話す
「今じゃなくてもいいだろ!皆のいるところで…」と
言ってからすこし間を置いて
「で、どこへ?」「…」
「それが…ジュネーブだって…」
「わっかんねーよ、ジェ?ジュ?ジェネーん? どこそれ?」
「ジュネーブたって!スイスの…」
「えっ?スイスー?」「ってスイスってどこ?」
「もう!」
「パパの仕事が転勤になって…
最初はパパだけってことだったんだけど…
長くなりそうだからって…それで… 」
「そうなんだ…で、いつなの?」
「それが夏休み中だって…」
うつむいた…
「そんな急に?」「うん…」
「もうすぐじゃんか!」「うん…」
「それで…それでね、幼なじみだし、
あたし あんまり友達少なくて…
ごめん 無理しなくていいんだけど…
最後に天ちゃんと何か思い出作りしたくて…
ごめん 急で…」ゆあちゃんが…
泣き出しそうだった
○4
「いや、いんだけど…僕に何が出来るの?」
「うん…」とうつむいた…
「少し考えるよ」
「うん、また明日ね」
と別れてから夜になって考えた。
「うーん…僕に出来る事?」
「何だよぉーわっかんねーよー」
と頭をグシャグシャってして、ベッドへ寝転んだ。
バッと起き上がり机の引き出しから
貯金箱を取り出し、開けてみる…
「うーん…」
「えーっと…2千5百…8十…9円か…」
ガックシ…
その時だった…電話が鳴る
出たのはお母さんだった。
「えっ!?」と大きな悲鳴がひびいた!
すぐ下へ行って聞いてみると…
○5
ゆあちゃんが交通事故にあったという!
「大変だ!ねえお母さん!どこの病院?
ケガは?入院してるの?どこに?教えてよ!」
てんゆうは必死になった。
お母さんはしゃがみこみ泣いていた…
「え?何?何なの?どうしたの?
ねえ!お母さん!ねえって!!」
お母さんはやっと口を開いた
「ゆあちゃん…意識不明だって、車に引かれて…」
とポロポロ涙があふれ出した。
「そんな!!」「うそだ!!」
「思い出もクソもあるかよ!!」
とてんゆうは裸足で外へ飛び出していった!
雨の中を走った。
人ごみの中をひたすら走った。
「どけよ!」「どいてくれよ!」夢中だった
「ウソだ…ウソだ…」
「僕には何もできない…」
「思い出とかじゃなく…
何もしてあげられない、助けるとか…今の僕には…」
「力がないんだ…」
ゆっくり歩きはじめ…
○6
いったん立ち止まる。
人ごみの中の交差点…
上を見上げてみた。
雨が顔をたたく…
泣いても雨でかくれてわからない…
ふと電灯を見上げた。と思うと、
そこから白く丸い光の球体が
ゆっくり降りてきた。
両手を差し出してみたが、
手に触れる間もなく、とたんに僕を誘うように
その球体はどんどん遠くへと飛んで行く
僕は追いかけた!走って、走って…見失わないように…どんどん遠くへ…息を切らし、追いかけた。
「どこまで走らせるんだよ…ハァ…ハァ…
待てって…ハァ…ハァ…」
球体が止まった。
僕の足も止まった。
当たりを見回してみたら、知らない街まで来てしまった。
そこは静かな公園で
「何だろう…昔来たような…来てないような…」と、つぶやく。
うる覚えのある公園のようだった。
雨は一瞬やみ 風が吹く。
球体は静かに姿を現す…
○7
半透明のゆあちゃんだった。
触れる事のできない手のひら
「え!?」僕はおどろいた
「さっきお母さんが電話で…意識不明って…」
ビビッてしまった。
するとゆあちゃんは答えてくれた。
「ごめんね、驚いたでしょ?
あたし…よくは覚えてないよ?突然で…
あたしも何だかわからないの…」
「でもね、光の向こうから声が聞こえたの」
「天ちゃんの元へ行きなさいってね…」
「ウソみたいでしょ?
でも本当に会えた!!」
「うん…会えたけど透けてるよ?」
「バカッ!!服が透けてるわけじゃないんだから!!」
と少し笑って見せてくれた。
僕もつい「プッ」と笑ってしまった。
「ねえ 天ちゃん…この場所覚えてない?」
「う~ん…」悩んだ
すげぇー悩んだ
○8
「幼稚園の頃、私がいじめられているところを
天ちゃんがかばってくれたの。
その日も雨だった…夏の雨…」
「僕の上着かそうか?って」
「そうか、そん事もあったっけ? あったっけ?」
あまりよく覚えていない事実…そして照れ笑い…
「あの時はとても嬉しくて あたし…
もう、この場所さえ来れないんじゃないかな?って思ってた」
沈黙が続いた。
てんゆうには、あまりよく伝わっていなかった。
「で、これからどうするの?」
「うん…最後に この場所で思い出を作れないかって思ってね」
「ウソだろ…だって最後って…そんな急に言われても…家飛びだしてきちゃったままだし…それに…それに…ゆあちゃん…」
「大丈夫!私 わかる!
来て!」
と言って林の中をどんどん走って行ってしまった。
てんゆうは そのあとを必死でついて行った。「ちょっと待ってよ ちょ…」なんだ?
すると、その先には光眩しく暖かく
子供たちだけが遊んでいる 現代ではないような そんな風景がうかがえた。
「大人が…居ない…?」
「あんな小さな子供まで…?」
そっと木陰から見る…
○9
「何これ…」ごくりと息を飲む
「ここってね、夜が来ない街なの」
「え?じゃあずっと太陽が沈まないの?」
「そうだよ」
「そんな、ウソみたいな…
これはウソだ夢だ!夢だよっ!」と何度も頬をたたいたりつねったりしてみる。
「ゆあちゃん、一つ聞いていい?」
「何?」
「僕は元の居た所へ帰れるの?」
「もちろんだよ」
「でも…私を起こしてくれたらね」
「え?…でも起こすって…意識不明って…」
「どういうこと?」
「うん、私にもよくわからなくて、でも…桜の木を見つけた子は ここからみんな 居なくなるって…」
「桜?こんな季節に?…よくわからないよ」
「うん、私も…でも桜が咲く場所がひとつだけあるんだって…」
「サクラが…」
「私…死ぬのかな…」
○10
「桜の木を見つけてくれたら、その花びらを
私にくれる?」ゆあちゃんは少し怯えていた。
僕には全く謎だった。何となく理解しつつも、
てんゆうは驚くばかりだった。
「どこかにあるって…私 信じる!」
少し間をおいてから…
「わかった!」何かを決意したように てんゆうはしっかりうなずいた。今度こそ…ゆあちゃんのために…
「でもここって何か見覚えあるんだよな…」
てんゆうは首をかしげた。
するとゆあちゃんは「えっ?本当に?わかるの?」
と謎めいた事を言い出す。
「いや、勘だからさ、勘…」と苦笑い…
そして別れた。ゆあちゃんは子供たちの世界へ…
僕は…トボトボ歩き出した。
わからないけど、何か見覚えのある団地…昔と変わってないような…
なんか不思議な感じがした。
「そうだこの坂…この道覚えてるぞ?」
確か登って左へ曲がってまた坂を登ってぐるっと回れば
おばあちゃんの家だったよな…」
頭の中で巡る
「でも何でだ?歩いても歩いてもたどり着かない…
風景も変わらない…あれ?見覚えのない団地になっていく…」
ぶつぶつ言うと一瞬 そうまとうのように色んな事が頭をよぎった。
いつでも明るかったおばあちゃん、近かった家の僕はいつもおばあちゃんの家にいて、いつも僕を心配してくれていた。でも…
「あれ?おばあちゃんの家ってなくなっていたんだった。
それに、今おばあちゃんてだいぶ長い事老人ホームに
居るんだったっけ…」おばあちゃんとの思い出がよぎる。
おばあちゃんどうしてるかな…
○11
老人ホームへ行ってみる事にした。
決して近くはない。
歩いて、歩いて…遠かった道のり。
あれから何日経ったかな…
着いたのだが…でもきっとこれも夢の中、重なり合うなんて?…
と考えながらもおばあちゃんのもとへと行った。
おばあちゃんは…
僕のことは覚えてはいなかった。
すごく 可愛がってくれていたはずだが、
認知症がひどくなってしまったんだ。
「かずのり…来てくれたんだね。今日はマミちゃんと
一緒じゃないの?」お父さんと僕を間違えているようだ
「無力だ…なんて僕は…」泣いていた僕におばあちゃんが言った。
「てんちゃんがもうすぐ産まれるんだから、おまえがしっかりしなくてどうするの?」
「はい、これ…」何かを手渡そうとするけど、もう体も
弱っていて僕にはもう手が届かない…
しおり?…
「大切な人を精一杯守ってあげなさいね。
おばあちゃんの役目はこれで終わりだよ…
てんちゃん」
僕はなにもできず、ただただ 泣くしかなかったんだ。
しおりに挟んであった
桜の花びらを見て…
○12
僕はそのしおりを大事ににぎりしめ
歩いた。
自然と涙がこぼれた。
おばあちゃんは救えない
でもゆあちゃんは救える
このもどかしさに泣いた。
桜の花びらを持つ理由はわからないが、
おばあちゃんは、
僕が必ず来ることを知っていたかのように
大切にしてくれていた。
そんな事も知らず…
僕は大切だった「時間」というものを
ため息で終わらせていたんだ。
なんて情けないのかな…
早速ゆあちゃんの所へと向かった。
会いに行くよ
今すぐ 会いに行くよ! 走った
がむしゃらに走った!
待ってて!
○13
するとどうだろう…
辺りは夜になっていたんだ
「え?ここどこだ?」すると
後ろから「天ちゃん!」と声がする
「ゆあちゃん!」僕も答えた、振り返ると
そこには誰も居ないんだ。 何だったんだ?
雨はもうやんでいて、トボトボと家へ帰った。
何日ぶりだ?
でも、帰っても数時間しか経ってないようだった。不思議だった。足はこんなに泥んこなのに…
次の朝 電話が鳴った。
ゆあちゃんのお母さんからだった。
ゆあちゃんが意識を取り戻したと…
「でも、あれ? 桜…渡してないよな…」
と思い部屋中を探したが出てこない。一体どこに…
やっぱり夢か…長い…夢だったな。
何日も居なかったような…
その日とりあえず病院へ向かう事にした。
本当にピンピンしていて驚いたよ。
思いきって聞いてみた。
「あのさ、昨日かな?こないだかな、夜あった事なんだけど…」と言いかけると
ゆあちゃんは不思議そうな顔をしていた。
「私…幼い頃の夢を見ていたの…」「なんだか…」言いかけたけど、僕は 思い出したくなかった。
「ああ…イヤ いいんだよ、もう…」そう言って…
○14
ふと、棚に目をやると
そこにはおばあちゃんがくれた
「桜のしおり」があった。
理由なんて、
聞かなくてもよかった。
そう、そして今日
おばあちゃんとは お別れの日となった。
「思い出をありがとう」そう言って
僕はゆあちゃんの部屋を出た
もう、僕は泣かなかった…
思い出をもらったのは
僕の方だったんだ。
END