表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

光と影

作者: 伴野 雅美

○1


その日は雨だった

「おうっ!おっはよっ!」ポンッと背中を押され

学校へ向かう途中だった。「おぅ…おはよ」

5年生の夏…

「雨強くなってきたなー…急がなくちゃー」

とつぶやきながら小走りで学校へ向かった。

湯浅天祐!「はーい」かったるそうに返事をする。

出席番号をとると席へ着き ハァーッと

ため息をつくのが、ここのところの日課である。

なぜかというと、毎日雨ばかり…

台風のせいもあり、家の中や学校に缶詰だからだ。

「外で遊べないなんてなー…

つまんねーの」

給食の時間…

「なんだ今日はおかずがしっそだな」

てんゆうと言えば…いたずら好きで有名だった。

「おい、見てろよ」といって、給食に出た さやえんどうの小さな豆を、指でピッと飛ばした。思わぬ事に 先生の耳へ!

入った!「ストライーク!」小さくガッツポーズ!

案の定叱られるのだった。先生は怒りまくった!当たり前だ…

にしてもめげない。

「後で体育館行こうぜ!女子がバレーボールしてるって!」

「おう!見たい 見たい」

超ポジティブ人間。

女子からは典型的にモテぬタイプだ…

「あ~あー…まだ雨やまね~のかよー…」と

ガッカリするものの、次の遊びに夢中なのだ。


○2

でも、もうすぐ夏休みだし

やりたい事だらけで 何から手を付けてよいのやら…

たかだか、そんな事で頭を悩ますのだ。

宿題?宿題なんて始業式の前の3日間が勝負!!

と心に決めている。

なぜかって?

過去、がむしゃらになって宿題をした時もあったが、にもかかわらず

最低な点数しか取れなかったからだ!まぁそれは一年生の一年間だけの話しであるが…

ようするにほとんど勉強する気がないってこと…


となりのクラスのゆあちゃんが突然てんゆうを呼びにきた。

ゆあちゃんとは幼稚園の頃からの幼なじみで

家も近い。

「どうしたの?」

「大変なの!ちょっと来て!」

「うん…」

「なんだよ、おまえも隅におけねぇやつだな!」

「なんだよ、おまえも少しは小学生らしい事 言えよな!」とてんゆうは少しむくれて教室を出た。

ヒューヒューと歓声があがる。


○3

「うち引っ越すんだって…」

とうつむきかげんに…てんゆうにそっと話す

「今じゃなくてもいいだろ!皆のいるところで…」と

言ってからすこし間を置いて

「で、どこへ?」「…」

「それが…ジュネーブだって…」

「わっかんねーよ、ジェ?ジュ?ジェネーん? どこそれ?」

「ジュネーブたって!スイスの…」

「えっ?スイスー?」「ってスイスってどこ?」

「もう!」

「パパの仕事が転勤になって…

最初はパパだけってことだったんだけど…

長くなりそうだからって…それで… 」

「そうなんだ…で、いつなの?」

「それが夏休み中だって…」

うつむいた…

「そんな急に?」「うん…」

「もうすぐじゃんか!」「うん…」

「それで…それでね、幼なじみだし、

あたし あんまり友達少なくて…

ごめん 無理しなくていいんだけど…

最後に天ちゃんと何か思い出作りしたくて…

ごめん 急で…」ゆあちゃんが…

泣き出しそうだった


○4

「いや、いんだけど…僕に何が出来るの?」

「うん…」とうつむいた…

「少し考えるよ」

「うん、また明日ね」

と別れてから夜になって考えた。

「うーん…僕に出来る事?」

「何だよぉーわっかんねーよー」

と頭をグシャグシャってして、ベッドへ寝転んだ。

バッと起き上がり机の引き出しから

貯金箱を取り出し、開けてみる…

「うーん…」

「えーっと…2千5百…8十…9円か…」

ガックシ…

その時だった…電話が鳴る

出たのはお母さんだった。

「えっ!?」と大きな悲鳴がひびいた!

すぐ下へ行って聞いてみると…


○5

ゆあちゃんが交通事故にあったという!

「大変だ!ねえお母さん!どこの病院?

ケガは?入院してるの?どこに?教えてよ!」

てんゆうは必死になった。

お母さんはしゃがみこみ泣いていた…

「え?何?何なの?どうしたの?

ねえ!お母さん!ねえって!!」

お母さんはやっと口を開いた

「ゆあちゃん…意識不明だって、車に引かれて…」

とポロポロ涙があふれ出した。

「そんな!!」「うそだ!!」

「思い出もクソもあるかよ!!」

とてんゆうは裸足で外へ飛び出していった!

雨の中を走った。

人ごみの中をひたすら走った。

「どけよ!」「どいてくれよ!」夢中だった

「ウソだ…ウソだ…」

「僕には何もできない…」

「思い出とかじゃなく…

何もしてあげられない、助けるとか…今の僕には…」

「力がないんだ…」

ゆっくり歩きはじめ…


○6

いったん立ち止まる。

人ごみの中の交差点…

上を見上げてみた。

雨が顔をたたく…

泣いても雨でかくれてわからない…

ふと電灯を見上げた。と思うと、

そこから白く丸い光の球体が

ゆっくり降りてきた。

両手を差し出してみたが、

手に触れる間もなく、とたんに僕を誘うように

その球体はどんどん遠くへと飛んで行く

僕は追いかけた!走って、走って…見失わないように…どんどん遠くへ…息を切らし、追いかけた。

「どこまで走らせるんだよ…ハァ…ハァ…

待てって…ハァ…ハァ…」


球体が止まった。

僕の足も止まった。

当たりを見回してみたら、知らない街まで来てしまった。

そこは静かな公園で

「何だろう…昔来たような…来てないような…」と、つぶやく。

うる覚えのある公園のようだった。

雨は一瞬やみ 風が吹く。

球体は静かに姿を現す…


○7

半透明のゆあちゃんだった。

触れる事のできない手のひら

「え!?」僕はおどろいた

「さっきお母さんが電話で…意識不明って…」


ビビッてしまった。

するとゆあちゃんは答えてくれた。

「ごめんね、驚いたでしょ?

あたし…よくは覚えてないよ?突然で…

あたしも何だかわからないの…」

「でもね、光の向こうから声が聞こえたの」

「天ちゃんの元へ行きなさいってね…」

「ウソみたいでしょ?

でも本当に会えた!!」

「うん…会えたけど透けてるよ?」

「バカッ!!服が透けてるわけじゃないんだから!!」

と少し笑って見せてくれた。

僕もつい「プッ」と笑ってしまった。

「ねえ 天ちゃん…この場所覚えてない?」

「う~ん…」悩んだ

すげぇー悩んだ


○8

「幼稚園の頃、私がいじめられているところを

天ちゃんがかばってくれたの。

その日も雨だった…夏の雨…」

「僕の上着かそうか?って」

「そうか、そん事もあったっけ? あったっけ?」


あまりよく覚えていない事実…そして照れ笑い…

「あの時はとても嬉しくて あたし…

もう、この場所さえ来れないんじゃないかな?って思ってた」

沈黙が続いた。

てんゆうには、あまりよく伝わっていなかった。

「で、これからどうするの?」

「うん…最後に この場所で思い出を作れないかって思ってね」

「ウソだろ…だって最後って…そんな急に言われても…家飛びだしてきちゃったままだし…それに…それに…ゆあちゃん…」

「大丈夫!私 わかる!

来て!」


と言って林の中をどんどん走って行ってしまった。

てんゆうは そのあとを必死でついて行った。「ちょっと待ってよ ちょ…」なんだ?

すると、その先には光眩しく暖かく

子供たちだけが遊んでいる 現代ではないような そんな風景がうかがえた。

「大人が…居ない…?」

「あんな小さな子供まで…?」

そっと木陰から見る…


○9

「何これ…」ごくりと息を飲む

「ここってね、夜が来ない街なの」

「え?じゃあずっと太陽が沈まないの?」

「そうだよ」

「そんな、ウソみたいな…

これはウソだ夢だ!夢だよっ!」と何度も頬をたたいたりつねったりしてみる。

「ゆあちゃん、一つ聞いていい?」

「何?」

「僕は元の居た所へ帰れるの?」

「もちろんだよ」

「でも…私を起こしてくれたらね」

「え?…でも起こすって…意識不明って…」

「どういうこと?」

「うん、私にもよくわからなくて、でも…桜の木を見つけた子は ここからみんな 居なくなるって…」

「桜?こんな季節に?…よくわからないよ」

「うん、私も…でも桜が咲く場所がひとつだけあるんだって…」


「サクラが…」

「私…死ぬのかな…」


○10

「桜の木を見つけてくれたら、その花びらを

私にくれる?」ゆあちゃんは少し怯えていた。

僕には全く謎だった。何となく理解しつつも、

てんゆうは驚くばかりだった。

「どこかにあるって…私 信じる!」 

少し間をおいてから…

「わかった!」何かを決意したように てんゆうはしっかりうなずいた。今度こそ…ゆあちゃんのために…

「でもここって何か見覚えあるんだよな…」

てんゆうは首をかしげた。

するとゆあちゃんは「えっ?本当に?わかるの?」

と謎めいた事を言い出す。

「いや、勘だからさ、勘…」と苦笑い…

そして別れた。ゆあちゃんは子供たちの世界へ…

僕は…トボトボ歩き出した。

わからないけど、何か見覚えのある団地…昔と変わってないような…

なんか不思議な感じがした。

「そうだこの坂…この道覚えてるぞ?」

確か登って左へ曲がってまた坂を登ってぐるっと回れば

おばあちゃんの家だったよな…」

頭の中で巡る

「でも何でだ?歩いても歩いてもたどり着かない…

風景も変わらない…あれ?見覚えのない団地になっていく…」

ぶつぶつ言うと一瞬 そうまとうのように色んな事が頭をよぎった。

いつでも明るかったおばあちゃん、近かった家の僕はいつもおばあちゃんの家にいて、いつも僕を心配してくれていた。でも…

「あれ?おばあちゃんの家ってなくなっていたんだった。

それに、今おばあちゃんてだいぶ長い事老人ホームに

居るんだったっけ…」おばあちゃんとの思い出がよぎる。

おばあちゃんどうしてるかな…


○11

老人ホームへ行ってみる事にした。

決して近くはない。

歩いて、歩いて…遠かった道のり。

あれから何日経ったかな…

着いたのだが…でもきっとこれも夢の中、重なり合うなんて?…

と考えながらもおばあちゃんのもとへと行った。

おばあちゃんは…


僕のことは覚えてはいなかった。


すごく 可愛がってくれていたはずだが、

認知症がひどくなってしまったんだ。

「かずのり…来てくれたんだね。今日はマミちゃんと

一緒じゃないの?」お父さんと僕を間違えているようだ

「無力だ…なんて僕は…」泣いていた僕におばあちゃんが言った。

「てんちゃんがもうすぐ産まれるんだから、おまえがしっかりしなくてどうするの?」


「はい、これ…」何かを手渡そうとするけど、もう体も

弱っていて僕にはもう手が届かない… 


しおり?…


「大切な人を精一杯守ってあげなさいね。

おばあちゃんの役目はこれで終わりだよ…

てんちゃん」

僕はなにもできず、ただただ 泣くしかなかったんだ。

しおりに挟んであった

       桜の花びらを見て…


○12

僕はそのしおりを大事ににぎりしめ

歩いた。

自然と涙がこぼれた。

おばあちゃんは救えない

でもゆあちゃんは救える

このもどかしさに泣いた。

桜の花びらを持つ理由はわからないが、

おばあちゃんは、

僕が必ず来ることを知っていたかのように

大切にしてくれていた。



そんな事も知らず…

僕は大切だった「時間」というものを

ため息で終わらせていたんだ。

なんて情けないのかな…

早速ゆあちゃんの所へと向かった。


会いに行くよ

   今すぐ 会いに行くよ! 走った

がむしゃらに走った!

待ってて!



○13

するとどうだろう…

辺りは夜になっていたんだ


「え?ここどこだ?」すると

後ろから「天ちゃん!」と声がする

「ゆあちゃん!」僕も答えた、振り返ると

そこには誰も居ないんだ。 何だったんだ?

雨はもうやんでいて、トボトボと家へ帰った。

何日ぶりだ?

でも、帰っても数時間しか経ってないようだった。不思議だった。足はこんなに泥んこなのに…

次の朝 電話が鳴った。

ゆあちゃんのお母さんからだった。

ゆあちゃんが意識を取り戻したと…

「でも、あれ? 桜…渡してないよな…」

と思い部屋中を探したが出てこない。一体どこに…

やっぱり夢か…長い…夢だったな。

何日も居なかったような…


その日とりあえず病院へ向かう事にした。

本当にピンピンしていて驚いたよ。


思いきって聞いてみた。

「あのさ、昨日かな?こないだかな、夜あった事なんだけど…」と言いかけると

ゆあちゃんは不思議そうな顔をしていた。

「私…幼い頃の夢を見ていたの…」「なんだか…」言いかけたけど、僕は 思い出したくなかった。

 「ああ…イヤ いいんだよ、もう…」そう言って…


○14

ふと、棚に目をやると

そこにはおばあちゃんがくれた

「桜のしおり」があった。

理由なんて、

聞かなくてもよかった。


そう、そして今日

おばあちゃんとは お別れの日となった。


「思い出をありがとう」そう言って

僕はゆあちゃんの部屋を出た

もう、僕は泣かなかった…



思い出をもらったのは


僕の方だったんだ。



END



挿絵(By みてみん)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ