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魔法を無効化された挙句、背筋に伝う冷んやりとした死の恐怖に思わず固唾を飲み込むアザゼル。いや、アザゼルだけではない。味方である筈のジェシカ達ですら思わず動きを止めてナツメに注視していた。
「ナツメ…?」
「はい、母上。どうしましたか?」
「いえ、いつの間にそんな力を?」
「秘密です。俺も強くなる為に努力をしたんですよ。」
ジェシカの言葉に冷笑を浮かべるナツメ。その変わり果てた表情にぞくりとしたジェシカは、それ以上何も言わなかった。
「まだ使いこなせるかは不明なので3人とも下がってください。誤って巻き込む可能性もあるので。」
「わ、わかった。2人とも、ここはナツメに…。」
ナツメの言葉を素直に聞き入れたパシフィスタは、ジェシカと太志を連れその場を離れる。だが、太志はナツメとすれ違い様に立ち止まり、声をかけた。
「己に負けるなよ。俺の子供だ。必ず勝て。」
「…ええ、父上。では後ほど…‼︎」
太志がその場を離れた瞬間、ナツメの魔力が目に見える形で噴出される。その圧倒的な濃度にアザゼルは思わず後退し、相手の出方を伺うかの様にナツメの全身を見つめる。
「色欲のアザゼル。これだけは言っておこう。これより先一つでも貴様の判断が鈍れば、その場で貴様は死ぬ。今から行われるのは戦闘ではない。殺戮だ。」
「…ふふっ、何かと思えば骨抜き男が戯言をー」
刹那。言葉を遮り無意識のうちに後退したアザゼルは先程まで自身が立っていた位置を見て呆然とする。その場には先程棺を貫いたのとは比にならない威力をもった『四属混槍』が突き刺さっていた。
「気を抜くな。貴様に話す隙などない。」
「た…たかが人間如きが‼︎」
アザゼルが手を振るうと強大な砂嵐が現れナツメを巻き込む。細かい粒子と乱回転する竜巻によりそれは身を砕く自然のミキサーとも言える威力を放っていたがー
「下らん。その程度で足掻くなど到底無理だ。」
その砂嵐は腕を振り下ろしただけで消え去った。そしてそのまま手を広げ何かを念じ始めると、パラパラと書が捲られていき何処かで止まった。
「死を招く投槍、全てを薙ぐ一撃。神聖なる穂先をもって、我らに勝利をもたらさん。神々しくも禍々しい姿に、人々は崇め恐れ慄くだろう。必中の権化、全てを貫く神聖なる一撃を。薙ぎ払え『必中投槍』…‼︎」
ナツメの手元にはその背丈より少しだけ長く、赤色で染められた投槍が現れた。
その槍はそれ単体でも人間が放つ魔力を上回っており、輝いている訳でもないが何処かで神々しくて直視が出来なかった。
「貴様は何投で死ぬか試してやろう。3投しても生きていれば、この槍をしまってやる。」
「ふ…っ舐められてるわね…まず当たること自体ありえないね…‼︎」
「それはどうだろうか。試してみるといいーッ‼︎」
勢いよく投げられた『必中投槍』。その方向はアザゼルとは程遠い、それこそ見当違いの方を飛びー
「ー⁈ぐぅ…‼︎」
突如方向を変えてアザゼルの肩を貫いた。いきなりの衝撃に思わず体を揺らし、それでも肩を貫いた槍を掴んで離すまいとしていた。
「無駄だ。『必中投槍』には俺の手元に戻る魔法が記されている。いくら『魔人転生』による身体強化があろうと…」
ナツメが指を鳴らす。すると、突き抜ける形で槍が動き出し、ナツメの手元に戻ってきた。
苦痛で呻くアザゼル。それを見下すナツメは、第2投の準備を行う。
「休む暇などない。次だ。」
「ぐ…ぅ…っ‼︎おの…れ…ェェェ‼︎」
目を血走らせ、屈辱を思い知らされたアザゼルは怒りのままにナツメへと駆け出す。しかし、それを気にも留めないナツメは第2投を投げー
「ぐぉっ…が、はぁ…っ‼︎」
「僅かにそれたか。中々難しい。」
アザゼルの腹部を貫いた。その一撃に走った分の勢いを完全に殺されたアザゼルは、地に槍で縫い止められた形となり呻きながら宙を足掻いてた。
「これは3投で決まらないかもしれないな。困ったもんだ。」
「ぐそ…っごほっ…‼︎いかれでやがる…っ」
血を吐き出しながら死力を振り絞りナツメを睨む。だが、それも腹部を戻っていった槍によって地に叩きつけられ目線を強制的に逸らされる。そして次の衝撃は間髪入れずに彼の喉に響いた。
「かは…ッ⁈」
「中々座標が定まらない。これは練習が必要だな。」
やれやれと溜息をつきながらナツメは『必中投槍』を消し去る。そして喉の傷口を癒しながら未だ息をしているアザゼルを見て少し考え始める。
「貴様を討つのは容易だが、まだ精度が足りん。まぁこの子もまだ寝起きで本調子ではないと言ってるしな。目覚めにつ、派手な魔法で殺してやるよ。」
「こひゅー…こひゅー…‼︎」
喉から空気が漏れ、思い通りに話せないアザゼルは、怒りと恐怖が混ざった眼差しでナツメを睨み、その側から離れようと必死に足掻く。だが、それを許さないナツメはアザゼルを宙に浮かし逃げ場を完全に無くした。
「悪いな、この子は獰猛で好戦的かつ短気らしい。俺の脳内に様々な殺し様が流れてくるが…一番綺麗な殺し方で召してやろう。」
「こほ…っ‼︎わ、我々以上の悪魔が…っ‼︎」
何とか喉を治し声を出したらアザゼル。だが、その声を完全に無視したナツメは勝手に捲られた書を見つめ詠唱を始めた。