10-4
満天の星空に囲まれた世界でナツメは、3つの揺らめく影を見つける。
その影こそがノルンの3姉妹と何処かで確信したナツメは近づこうと足を踏み出しー
「なっ…⁈」
その足元に広がっているのが頭上と同じ星空と気付く。見渡せば360度全てが星空の世界に居た。
「よくここまで来ました。ナツメ、貴方に最期の質問をします。」
揺らめく影のうち、最も力強く存在を主張していた影が現界し、長い黒髪をたなびかせた長身の女性が現れた。
「貴方は愛する人を殺めた過去がある。その過去をやり直したいですか?」
「ーッ⁈…それは…。」
魔王との戦いの最中。
自らの力を制御出来ずにマーリンを巻き込んで禁忌魔法を放ったあの日。最期までナツメに笑顔を見せ優しく、包み込んでくれたあの存在。それを取り戻したいかと問われナツメは直ぐ様頷こうとしてー
「…いや、俺は今ある笑顔を守りたい。俺に協力してくれる人々や母上達、そして俺の大事な生徒達の笑顔を守る為に、マーリンとの過去は思い出にしておきたい。」
直後に過ぎった彼らの笑顔。恐らく、マーリンとの過去をやり直せば手に入れられなかっただろうその暖かさを選んだ。
「貴方がこの道を選べば両方手に入るとしても?」
「…ああ。俺はこのままの道を選ぶ。それが、マーリンへの謝罪と贖罪になると俺は思うから。」
「よろしいでしょう。この過去を操る女神ウルド。貴方に力を貸しましょう。」
その姿を魔力へと還元し、ナツメの体に入るウルド。それを確認した後中央の影が現界する。
「次は私。現在貴方は貴方を愛した人間が複数います。その全てを殺す事になっても戦いますか?」
「…それはしない。だが、俺を愛してくれる存在が居て、その人が危機に陥っているなら守る為に戦う。」
「…いい答えです。それでは現在を司る女神ヴェルダンディ、貴方に追従します。」
短く切り揃えられた髪を揺らしながら微笑んだヴェルダンディは、ウルドと同じ様に魔力へと還元されナツメの体へと入り込む。
それを見ていた最期の影が、その姿を現した時、ナツメは思わず身構えた。
「最後は私ですね。今、貴方が見ている姿は貴方の未来の敵。恐らく人間界で魔王と恐れられている存在でしょう。その者を倒す為に貴方は全てを賭けれますか?」
魔王の姿で話しかけるそれは、言葉遣いこそ違えど本人に近い圧力を放っていた。だが、それに対し強い眼差しでナツメは睨みつけ
「全てを賭けるなんて烏滸がましい。俺が賭けるのは己の命だ。俺の周りの人間の命まで賭ける程大層な人間ではない。…だが、俺の為に命を賭けて戦ってくれる仲間がいるなら、その人の分まで俺が頑張る。それだけだ。」
「献身的な姿に心を打たれました。良いでしょう。未来を司る女神スクルド。これより貴方の道標となりましょう。」
魔王の姿をしていた最後の女神は、肩の高さで髪を切り揃えられた女性ースクルドへと姿を変えそのままナツメを抱きしめる様にして体を魔力へと還元した。
『これよりノルンの3姉妹はナツメとの契約を契ります。貴方が新たに司る魔法は運命。時空を超えたその力をどうか、全ての者の為に使う事を。』
「約束しよう。魔界まで及んだ好奇心の権化を打ち破り、この世界に再び平穏を。」
『…尤も天界の住人の私達には余り関係のない事ですが。スクルドが困るので私達も手伝います。』
「やはり天界は我関せずなのか。セラフィムさんは苦労してそうだ。」
「ええ、天使を司る御仁でしたら毎日の様にガブリエルからの小言を聞いてますよ。信仰心の高い事。」
スクルドの微笑む声が脳内に響く。恐らく、同じ様にセラフィムは毎日これで怒られているのだろう。その想定外の苦労に苦笑しつつ、ふとナツメは困った表情を見せた。
「…ところでここからどうやって帰れば良い?」
『あら、私達的には幼い頃から貴方を見てきた親心としてもう少しこの場に居させたいのだけれども。』
「ははは…生憎別の危険をもたらす実母がいるものだから早めに帰らないとね。」
苦笑しながら答えると、3人も理解したのか微笑みながらナツメに帰り方を教える。
「…わかりました。ではー
今を司る女神、母性の化身。過去に劣らぬ高貴な姿は、母なる姿で今を刻む。時に優しく時に冷徹な愛は、子達を皆平等に前へ進ませる。降臨せよ『神格降臨・繁栄冷母』‼︎」
その身が輝き、ナツメの背中を抱きしめる形でヴェルダンディの姿が映し出される。そのまま、ナツメの中に再度入り込んだ彼女の恩恵を受け、その手には月が彫り込まれた書物がもたらされた。
『望みの形を想像しながら書を開くのです。さすれば、貴方のなす事が紡がれるでしょう。』
「わかった。
…導きの灯火、待ち人への門。狭き道の辿る先は、かの者が望む終着点となる。開け‼︎『現世開門』‼︎」
書に書き留められた文を読むと、目の前に巨大な門が現れる。その門を潜り、暫く歩くとー
「先生‼︎帰ってきたのですね…‼︎」
「ああ、ただいま。」
待ち続けていたのか、ハルトがホッとした表情でナツメに駆け寄った。だが、その近くにはサキュバスの姿は無く、辺りを見渡すとアメンが横になっていた。
「ッー⁈アメン…‼︎」
「先生、落ち着いて下さい。魔力を切らしての昏睡です。あの人の周囲には既に不可侵の結界を張り巡らせてあります。僕が解かない限り安全ですよ。」
「そ、そうか…つまり、アメンはレイナに勝ったのだな?」
「ええ、圧倒的な強さでした。残るは敵の大将のみです。しかし…」
険しい表情を見せるハルトにナツメはついつい3人の方を見た。すると、1人もかける事無く戦っているものの、未だ余裕を見せるアザゼルに対し苦悶の表情を見せていたジェシカ達は、その身に受けただろう傷からの血が至る所から出ていた。
「余り戦況は宜しくないですね。あれを倒さない限り勝ちとは言えないですし。」
「ああ。そうだな。
…ハルト、アメンを守っていてくれ。俺が加勢する。」
「…ええ‼︎」
ナツメの言葉にハルトは笑顔を見せてその場を離れる。あれから数ヶ月。あの時の様に心が折れる事なくついてきているハルトに感心したナツメは微笑みながら加勢へと向かった。
「お待たせしました‼︎」
「ナツメ‼︎もう大丈夫なのか?」
「ええ、小粋な魔人によって助けられたので。それに今の俺は最高潮です。」
「そうか、ならば話が早い。一気に行くぞ‼︎」
ナツメの加勢に勢い付いたパシフィスタは、その身に宿す魔力を一気に爆発させる。それに合わせナツメも書を開こうとした矢先。3姉妹から声がかけられる。
『戦闘はスクルドに任せた方が良いですよ。彼女の魔法が一番強いので。』
「ふむ…わかりました。
未来を司る女神、破壊の権化。成すべき姿は未だ若く、それでいて精錬された彼女に人はひれ伏す。死を誘う手招きに、滅びへの階段を登らん。降臨せよ『神格降臨・積債死滅』‼︎」
「なっ…なんだこの魔力はー⁈」
アザゼルをも凌駕する魔力の高鳴りに、思わず立ち止まるパシフィスタ。それすらも気にならぬ程の破壊的な魔力の奔流はやがてナツメの左手を抱くスクルドの姿へと変わりー
「やらせないよ‼︎」
「なっ…ナツメ危なー」
アザゼルの放った魔法を殺す程の爆発と共に、髑髏が彫られた書を手にしたナツメが現れた。