10-3
時は少し戻り、アメンとレイナがぶつかり始めた頃。他の面子も互いの魔法をぶつけ始めていた。その中で唯一響く剣戟の音は勿論ナツメとハルトのものであり、2人は互いの魔法で生み出した剣を用いて鎬を削っていた。
「…。」
「暫くぶりですね…その胸をお借りしますよ‼︎」
鍔迫り合いの形となっていた2人だが、その中心をハルトがずらした事によりナツメの姿勢がぐらりと揺れる。その隙を見逃さずに引きながら胴を薙ぐ。しかし、それは『剣聖憑依』によって生み出された幻影に防がれる。
「相変わらず守りは完璧ですね。」
「…。」
「だんまりですか…。指導しない先生は珍しいですよ。」
溜め息を吐きながら剣先を落とし一気に駆け抜ける。その姿を確認したナツメは魔法を展開しつつ距離を開けようとする。だが、身体強化で迫る魔法を掻い潜ったハルトは、振り下ろされる刃を避けつつナツメの肩へと手にした剣を突き刺した。
鮮血が飛び散る。しかし、その少なさに違和感を感じたハルトは慌ててその場から離れる。瞬間、先程までハルトの体のあった位置に大剣の一閃が降り注いだ。
「体を軽く仰け反らせて刺さるだけにしましとたか…。」
傷口から炎を出し、剣を燃やし尽くした後回復を行ったナツメは、怪訝そうな表情でハルトを見つめていた。
「…君の力は何か変わった。ナツメの記憶と一切違う。」
「…⁈誰だ⁈」
「私はレイナが扱う『魔人転生・愛人剥奪』によって現世した魔人。サキュバスそのものよ。私は自分が魅了した人間の中を自在に動けるの。」
ナツメの声色のまま話すサキュバスに違和感を感じながらもハルトは警戒してナツメを見つめる。すると、手を振りながら休戦の申し出を始めたサキュバスは、レイナとアメンの方を見て溜め息を吐く。
「正直な所この体は強すぎて扱えないのよ。今ナツメの中では別の存在が居てね…魅了しきれないのよ。」
「…というと?」
「この子の体には今神格がある存在が力を貸そうとしてるの。どうやら、独自魔法を開発するのに必死になり過ぎて魔王と同じ所に手を出してしまったのね。」
「魔王と…⁈そ、それは大丈夫なんですか?」
「ええ、そこは大丈夫よ。あれは単なる好奇心で世界滅ぼしかけてるだけだから。その気がなければ安全よ。」
「好奇心で⁈…確かにそれなら先生だと安心ですが。」
サキュバスの言葉に胸を撫で下ろしたハルトは、その調子のままその場に座る。それに合わせて座ったナツメは、サキュバスに未だ主導権を握られているのか女性の様な座り方をした。
「…あの、こんな事を言ったら変なのですが、座り方位は先生のままで…」
「んー…確かに骨格上これは辛いわね。けどそんなはしたない事をしたくないし。えいっ。」
サキュバスらしからぬ発言の後、ナツメの周囲に桃色の魔力が立ち込める。すると、彼の周りにある魔力が独りでに動き出してナツメから離れた。
そのまま現界したサキュバスは、妖艶な体つきをした艶やかな姿でその場に座った。
「久々に現界してみたけど変な所はないかしら?」
「…むしろ現界出来たのですね。別に異常はないです。」
「そ、なら良かったけど。ナツメも体は大丈夫?」
「…あ、ああ。乗っ取っていた本人に心配されるのは変な気分だが。特に問題はない。」
正気を取り戻したナツメは直ぐ様周囲を見渡して戦況を確認する。どうやらアメンは優勢で、ジェシカ達も互角の戦いを繰り広げていた。
「そろそろ私の宿主が負けるからナツメにその魔法を教えとかないとね。」
「えっ…良いのですか?」
唐突に切り出すサキュバスの言葉に、驚きを隠せないナツメ。だが、サキュバスは気にも止めない表情で頷いた。
「ええ、だってあいつら人間界には手を出さないという不可侵条約を破っているもの。それどころか盟主である家系まで殺してるし。今私達と正式に契約しているのはアメンだけよ。」
「『魔人転生』にそんなものがあったのですね…。」
「ええ。基本的に私達が力を貸すのは、契約を交わした人物のみなのよ。そしてそれは人間界の発展の為にのみ使われるべきであって間違っても戦争の為じゃないわ。だけど、魔王とその一味はあろう事か契約の儀を記してある文献を盗み出し更に改良を加えて無契約のまま力を使ってるの。お陰で至る所に呼び出されるから私達は疲れ果ててるわ。」
「成る程…ちなみにそれはセラフィムとかも無契約なのですか?」
「あーそれは別。天界事情は神や天使に聞かないと分からないわ。ただ、魔界は今魔王に対し不信感を募らせている。だから魔王軍を討伐してくれるナツメを応援しているのよ。」
「成る程…。」
突然の魔界事情のカミングアウトに呆気にとられる2人。そもそも、魔界や天界の存在すら知らなかった事もあり、話を素直に飲み込めずにいた。すると、その様子を悟ったサキュバスは妖艶な笑みを浮かべて口を開く。
「そもそも、人類が魔法を使える様になったのは魔界とのコンタクトが取れたからなのよ。」
「え、そうなのですか?」
「うん。最初に私達へのコンタクトを取ってきたのはなんだったかな…数千年前になるのだけれど、魔界の悪戯小僧…メフィストフェレスに対してコンタクトを取った人物が居たの。それが最初よ。」
「確かその様な神話があった気がします…。」
「そ。で、それから時間がかなり経過して数百年前。たしか…そう。フリーメーソンとかいう結社が黒魔術を用いて私達を呼び出し、その時始めて人類と魔人の契約を交わした者が現れたの。その時に交換したのが、今でいう基礎魔法と当時の天才的な人物の脳みそだったのよ。」
あれは美味しかったとばかりに涎を啜るサキュバス。だが、2人は学んだ魔法史との違いに驚愕していた。
「その後にアメンの先祖にあたるアルマンが『魔人転生』を生み出し、正式に契約したの。それからはエジプトの魔法技術は凄かったわ。それこそ、魔王が出てくるまで勝てる国は居なかったわよ。」
まるで自身の事の如くガッツポーズを取るサキュバス。しかし、その表情は時折苦痛に歪んでいた。
「大丈夫ですか?」
「ん…どうやらもうそろそろ宿主が死ぬみたい。けど私が死ぬ訳じゃないから安心して。」
「…ええ、そうします。」
「ありがと。話を続けるわ。
と言ってもその先は2人が知っている通り。魔王が現れてから画期的に魔法は変わり、戦闘用に使えるものまで発展した。だけど本当はそれ自体おかしな話なのよ。」
不機嫌な表情を見せるサキュバス。それこそ、裏切り者を探すかの様に言動が荒くなっていた。
「どう考えても誰かが奴に魔法を教えない限り到達出来ないのよ。つまり、魔界の中には好んで教えた裏切り者がいる。大方の魔人はそう踏んでるわ。」
「裏切り者ですか。それこそ簡単に見つかるのでは。」
「そう思うでしょう?けどよく考えてみて。一人一人が悪に染まった魔人が住む魔界よ。いって仕舞えば全員怪しいのよ。けど、そんなの探してたらキリがないから誰もしないのよ。」
「さすが魔人。悪の権化だった。」
呆れ果てるナツメに苦笑しつつサキュバスは立ち上がり背伸びをする。ちらりと見えた魅惑的な太ももにナツメとハルトは思わず目をそらしていると、それに気付いたサキュバスは悪戯な笑みを浮かべて2人を見つめた。
「案外初心なのはお姉さん的にポイント高いよ?2人とも食べたい位。けど、今はそれよりも遂げて欲しい事があるからナツメ、貴方にその神格を宿す儀式を行うわ。」
「魔人に神様を降ろして貰うのは変な気分だが、頼んだ。」
そう言うとサキュバスは徐ろに魔法陣を書き始める。それはナツメを覆う様に書き出され、青色の光を放っていた。
「この魔法陣の意味は過去と現在、そして未来を表してるわ。そしてこの魔法陣は試練を表す物。見事運命を司る女神ーノルンの3姉妹を傀儡にしなさい。」
「えっ…なんだって⁈」
サキュバスの言葉に驚愕しつつ、発動した魔法陣に意識を飲まれー
目を覚ました瞬間広がる星空に目を奪われるのだった。