10-2
「今度はこっちから行くわ。」
攻守逆転。先程までの受けの姿勢は消え一気に距離を詰めるレイナ。対し槍を回転させ降り注ぐ魔法からその身を守るアメン。両者1つも退かぬまま激しい攻防が続く。だが、その異変は直ぐに訪れた。
「っー‼︎まさか…‼︎」
「狙い通りーッ‼︎」
がむしゃらに見えたレイナの魔法は、正確にあるものを狙っていた。そしてその狙いは正しく、アメンは自らが呼び出した馬に振り落とされ、その身を地に落とした。
「貴女には効かなくてもこの子は魅了出来たわね。」
「ッチ…‼︎ならば…『魔人交代・複顔冥王』‼︎」
アメンが唱えた瞬間、先程よりも濃く、冷たい魔力が周囲を覆う。それはまるで死を招く煙の様に足下に溜まり、やがてアメンを中心に噴煙する。
そしてそれがうすらうすらと散り始めた時、中から現れたのは黒のローブに髑髏を象った装飾。そして古惚けた杖をついた正に悪魔と言うべき姿の彼女だった。
「…何でもありね…っ。我が君達レベルの魔人まで出せそうな勢いじゃないの…‼︎」
「さて、それはどうだろうな。こちらにも制約はあるからね。」
若干嗄れた声で言いながらもその手に持たされた杖を振るう。すると、アメンの周囲を幽霊が覆い始めた。そしてそれらの幽霊は独自で魔法を放てるのか、魅了され奪われた馬に対し死の一撃を放つ。
「死んでいれば魅了出来ないってか…つくづくイイ勘してるじゃないの。」
「あんたの顔を見りゃわかるよ。生物なら捕まえれるってね。だから、死者にもなれる私を魅了出来ないのさ。」
「く…っうざったいわね…‼︎」
明らかにその存在を嫌うレイナを見てニヤリと笑う。と言うのも、実は今のはハッタリで、アメンのもつ『魔人転生時に発生した魔力を使い切らなければならない』という制約上『魔人交代』を行う為に回した残りの魔力で生み出せる魔人がたまたまハデスなだけだったのに対し、自身の特性を見抜いたと勘違いをしたレイナは自ら弱点を晒す形を取ってしまった。
その情報を得たアメンは杖を振るい更に霊を呼び出す。その1つ1つが様々な魔法を放ちレイナを襲い始めた。
降りかかる炎を、死の風を振り払い反撃するレイナ。そしてそれを援護するかの形でアザゼルが放つ『死霊兵団』が送り込まれる。
両者の使いがぶつかり合い、冥界大戦争よろしくゾンビと幽霊の戦が始まる。その上空へと飛んだ2人は、真下で魔法が爆発し合う中空中戦を始めた。
「吹き荒む死の風、荒れ狂う焦土。繁栄の都を包む嵐は、瞬く間に衰退を導く。気まぐれなる溜め息に、生物への絶対の死を。絶えろ。『冥王吐息』‼︎」
「誘惑する煩悩、破滅への一途。愛を語る吟遊詩人の、囁き一つで破綻する世界。徒然なる詩吟の音色に、混沌と惑乱の泡沫を。乱れ狂え。『愛尽衝波』‼︎」
2人の口から放たれる死の息吹が、魅了の音波がぶつかり合う。運悪くその末端に触れた互いの戦士達はその身を崩し、狂い、死に悶える。それを気にもとめず2人は放ち続け、更に異なる魔法を詠唱し始める。
「芽ぶく生命、潰える死命。輪廻の理を刻み、生死を管理する冥王は、やがて来る破滅を予見し、その過程を超越する。冥府の悪戯、不幸の奪命。気まぐれなる冥王の遊びに、汝の名を刻まん。死せよ運命。『生死遊戯』‼︎」
「ッー‼︎
抵抗する意志、生命の抗い。定められた運命の輪を、超越しその身を守らん。絶対なる死を避け、悠然と人の道を歩かん。抗え。『絶死抵抗』‼︎」
身の危険を感じたレイナは即座に防御魔法を展開する。その刹那、絶対的な死の奔流がレイナに襲いかかり、その体を丸ごと飲み込んでは地面に叩きつけた。
「ぐぅ…っ‼︎」
「しぶといものだ。これを耐えるとは。」
「本当、どっちが悪か分からないわよ…っ。」
互いに人智を超えた存在とはいえ、圧倒的に序列が上の魔人を操るアメンに対して悪態を吐くレイナ。だが、それで優劣が変わる訳ではなくアメンの振るう魔法にただただ守りに入るしかなかった。
「やはり貴女は自分じゃ何も出来ない雑魚ね。だから魅了なんて物を使う。」
「く…っその暴言…私の母を愚弄すると知っての事かしら…‼︎」
「私の母を愚弄した者が何を言う…‼︎都合の良い時ばかり被害者面して…巫山戯るのも大概にしろ‼︎」
憤怒を見せるアメンの感情に合わせ、魔力が爆発的に高まる。正に噴火を思わせる魔力の奔流にレイナはたじろいだ。
「私が初めて愛した人を操られ、私の眼の前で愛した人が両親を殺し、その全てが未だ帰ってこない…これ程の無礼、死でも償えないと思え‼︎
破滅への混沌、全を失い狼狽える者ー」
「な…なんて無茶苦茶な魔力よ…。ここは逃げるがー」
一旦退くために身を返そうとする。だが、振り返る事が出来ず、レイナはその場で倒れる。それもその筈。レイナには足がなかった。
「なっ…何なのよこれは‼︎」
「ー死への階段は自然と登られ、抗う間も無く失い始めるー」
急いで直そうと周囲のゾンビから吸収しようとする。だが、捕まえる為の腕も消え去り、その身にあるはずの魔力すらも消え去った。
「え…っ⁈」
「ー生者への苦痛、死者への手向け。三途を渡らんとする魂となりて、その身を削らんー」
まるで元々無かったかの様に体が消え始めるレイナ。その止まらぬ連鎖にレイナは慌て必死にもがくも、その為の器官が失われている為抵抗する事など出来なかった。
「まって…やだ…っまだ生きなければ…っ‼︎」
「ー何人たりとも抗う事の出来ない誘いに、生者はただ時を待つのみー」
遂に体が消え頭のみとなったレイナ。その双眸は救いを求めてアメンを見つめる。だが、返す瞳には一切の慈悲は無くー
「ーかの者に絶対なる死を。再び現世する事を許されぬ輪廻からの離脱を。その全てを絶やせ…禁忌魔法『破滅・風化抹消』…‼︎」
「ー‼︎」
音も無く、声すらも出せず消え去るレイナ。その姿を睨みつけながらゆっくりと地に降り立ったアメンは、やがてその身に纏う死の魔力を霧散させながら元の姿へと戻った。
「…本来ならば敵の頭に使うつもりでしたが…貴女のその悪辣な魂を2度と目にしない様使ってあげました。感謝なさい。」
既に跡形もないレイナの体を睨みつけつつ言葉を放ったアメンは、魔力が完全に尽きたのかそのまま倒れ込み静かに寝息を立て始めた。