勇者、指導する
ナツメは、レイナにべったりとされながらホームルームを終え、早速竜三と共に訓練所へ向かう。
「本日の診断の順番は…S、B、C、A、Dの順番で大丈夫ですか?」
「ええ、授業がその順番なので大丈夫です。」
少し緊張が取れたらしい竜三と歩きながら話す。
と言っても、軽い打ち合わせをするだけで、雑談を交える事はなかった。
やがて、二人は無言のまま訓練所に到着すると、そこには既にSクラスの生徒が各々集中力を高める為にウォーミングアップを行っていた。
「流石トップクラス。何も言わなくても分かってるね。」
「あ、ナツメ先生!本日もよろしくお願いします。」
礼儀正しく挨拶してきたのは、Sクラスの委員長で今期最優秀生徒と言われている『夢見心菜』である。
彼女は若干15歳にしてオリジナルを持っている生徒であり、その制度の高さを評価されている。
「今回は全員の診断という事ですが、既に系統をはっきりさせている生徒が今年は多いと聞きましたが…。」
「ああ、しかし人によっては登録してない可能性もあるからね。一応、全員登録並びに更新しておく形でお願いします。」
特に、Dクラスの生徒の何人かは自然と身に付けた系統魔法の可能性が高い。
そうなると、将来的に不利益になり兼ねないので、今回は全員の診断を希望した。
「かしこまりました。では、早速始めますね。」
竜三もナツメの意見に賛成らしく、特に反論もなく診断は始まった。
診断と言っても、やる事は特にないのだが手を水晶にかざすとその人の適正系統に合った魔法が映し出される。
例えば、火の系統なら炎といった感じであり、その中でも2系統以上適正がある場合はその数の分だけ現象が映し出される。
そして、ナツメは適正が分かった生徒に対し系統初級魔法を教えていく。
それを聞いた生徒は、早速実践する為に散開していく形を取った。
「次、夢見さんですね。…これは…!」
順番に消化していっていた竜三の口から驚きの声が漏れる。
その声についつい振り返ったナツメ自身も驚きながら
「…夢見、それは流石に才能を超えているぞ…。」
と、洩らす。
なんと、彼女の適正は4大元素からも五行思想からもかけ離れた、いわゆる超越魔法と呼ばれる種類だった。
超越魔法は、時間、次元、事象を操る魔法であり、今迄に確認されている使用者はナツメ、ナツメの両親、そして魔王の4人だけである。
ちなみに、ナツメとナツメの両親が使えるのは、『剣聖憑依』と『破邪聖域』であり、両方とも禁忌指定されている魔法である。
そして、この心菜が使うオリジナルと言うのも禁忌まではいかないものの、使用規制がかかり兼ねない魔法だった。
「さすが夢喰と称される生徒は違いますね…。」
「あ、あまりその名は呼ばれたくないです…!」
困惑しながらも心菜はナツメの元に向かい、他の生徒同様師事する事に。
「んー、夢見の場合は超越だろ?となると系統初級はないからなぁ。」
流石にナツメも困った表情を見せる。
しかし、それでも何かとせがむ彼女の為にナツメが悩んでいると
「それなら彼女の技を磨くのはどうでしょう。大丈夫。残りの生徒は自分が見ますよ。」
竜三が気を利かせてくれた。
その言葉に甘える事にしたナツメは、他の生徒とは距離を取った上で、周りに影響が出ないよう結界を張る。
「おし、ここなら大丈夫だ。夢見、得意魔法を打ってみろ。」
自身に保護魔法をかけながらナツメは距離を取る。心菜はそれを見るや深呼吸し、目を瞑りながら
「惰眠を貪る悪食、快眠を求める強欲。我欲のままに人は眠り、我欲のままに我は貪る。一時の眠りは永劫の罪、永劫の罪は永年の眠り、汝、今再び睡魔に身を任せ‼︎『夢喰・永眠堕落』」
心菜が魔法を唱えた瞬間、ナツメは強烈な睡魔に襲われ膝を着きそうになる。
予想以上の魔力の強さに驚きながらも、必死に持ちこたえる為体に喝を入れ続ける。
「す、凄いです…初めて耐えられてます…‼︎」
「ま、まぁね…これでも元勇者だからね…‼︎」
必死に耐える姿を見て驚きと賞賛をおくる心菜。
しかし、心菜自身このまま負ける訳にはいかないのか
「二重詠唱展開。漆黒の夢、巣食う悪夢。恐怖を餌に悪魔は微笑み、逃避する姿を睡魔は嗤う。微睡みの中で人々は争い、微睡みの中で人々は廃れる。永劫の苦肉、永遠なる痛みを‼︎『夢喰・輪廻地獄』」
『永眠堕落』を右手で展開しながら、左手で『輪廻地獄』を展開した。
「っ⁉︎…これは…俺以上かもしれない…な…‼︎」
これ迄に経験したことのない睡魔にナツメは、遂に膝を着き地面を握りしめてまで必死にこらえている。
とはいえ、流石にこのままでは不味いと思ったらしく
「『破邪聖域』‼︎」
詠唱をスキップした簡易的な『破邪聖域』で心菜の魔法を弾き飛ばした。
その様子に心菜は少し悔しそうにしているが、
「この歳でここまで追い詰めてきたのは夢見だけだ。誇っていい。」
とナツメに言われると、まるで花が咲いたかの如く喜びを表していた。
その後、少し課題に感じた部分…主に詠唱速度だが、その点を修正する為に何度か詠唱のみを練習させていると、授業の終わりを告げるチャイムが聞こえてきた。
「おし、じゃあ今日はここまで。また明日だね。」
「はい、ありがとうございます!」
心菜は元気よく一礼し、他のSクラスの生徒同様に訓練所を後にした。