9-7
ホテルに着いた一同は、未だ朦朧としているジェシカを横にした後アメンについて考える。
「今後アメンはどうする?一緒に動くかここで離れるか。」
「私は一緒に動きたいです。家族を助ける為に私は戦わなければならない。」
「成る程。それに何かしら相手についての情報もあるだろう。味方にしておいて損はない。…だが。」
自身の言葉を遮り、ナツメはアメンの首元にナイフの刃先を当てる。
「いつ裏切られてもおかしくないのも事実だ。二重に裏切れるなら三重も可能だろう。俺はその可能性を危惧している。」
「…それは信じて貰うしかない。」
突き付けられるナイフに冷や汗をかきつつも、アメンは真っ直ぐナツメの目を見つめる。その揺るがぬ瞳に圧されたナツメは、ナイフを離して目線を切る。
「信じるか信じないかは俺らが決める事だ。信用に値しなければ即座に殺す。裏切りに値すると思えば殺す。いいな?」
「ええ。構わないわ。…ところで私は何処で寝ればいい?」
「何処で…か。1人部屋にするのは安心できない。かといって今母上と寝かせば寝首を掻かれる可能性もある。…パシフィスタさん、何かありませんか?」
「む?ナツメと一緒に寝れば良かろう。焔といいあの子達といい慣れておろう。」
「⁈ちょっ、どんな言い草ですか⁈」
パシフィスタの言葉に思わず吹き出すナツメ。しかし、それ以上の代案を出せる訳ではなく…
「決まりだな。すまんなアメン。疑り深い男がいる分プライベートの確保もしてやれんが。」
「私は構いません。それに彼の信頼を得れば私としても動きやすいです。」
「俺としては不本意だが…しょうがない。」
こうして、部屋割が決まった一同はそれぞれの部屋へと移動する。ちなみに、パシフィスタとジェシカが1人部屋で、ナツメとアメンが相部屋となった。
「俺が聞くのも変だが本当に良かったのか?」
ジェシカの部屋を出た後ナツメが先行しつつアメンに聞く。するとアメンは首を傾げつつ
「変な事を聞くな。それしか道が無いのならば選ぶ事に何の躊躇いがある。例えナツメさんに純潔を奪われようとも私には家族を救う義務がある。」
「出会って2日で襲う気など起きんがな。と言うかそう簡単に処女を失うな。少しは身を守れ。」
「…ナツメさんはあれか。その方面は初心なのか。」
クスクスと揶揄うアメンに呆れつつ、ナツメは自室に彼女を迎え入れる。するとアメンは魔法を唱え自身の着替え等をナツメの鞄の横に出現させた。
「お前はベッドで寝ろ。俺はそこのソファでいい。」
「存外紳士なのね。けど気にしなくていいわ。むしろ私はそうやって気にされる方が寝れないのよ。」
「そうか。ならば遠慮なくベッドで寝るとしよう。」
それを聞くとアメンは嬉しそうに微笑み、その身をソファに預けた。
それを見つつナツメは先程のレイナとジェシカの様子について考え始める。果たして如何に油断していたとしてもあのジェシカが操られるなど到底ありえない。しかも相手は口を封じられたまま魔法をかけている為、効力はとても低い筈だった。
「それはあの人が詠唱魔法では無い方法でかけているからよ。」
考えが口に出ていたのか、アメンが答えてくる。その言葉にナツメは首を捻りつつ、アメンの方へと体を向けた。
するとアメンはソファからベッドへと移動し、ナツメの横に座り説明を始める。
「あの人は恐らく悪魔を憑依させているわ。と言うのもあの魔法…いえ、秘術は私達エジプトが発祥の秘術なの。」
「なんだと⁈…では魔王復興軍はそれを…。」
「ええ。恐らく私達が保管していた文献を盗み見たのよ。丁度エジプトでイスラム教による暴徒化が起きた頃に。」
「成る程…それで、なぜレイナがそうだと?」
「彼女の使ったのは魅了と言われるサキュバスが使う技なの。敵を魅了し、自らの糧にしたり配下にしたり出来るのよ。何せこの地にいる7神柱は『色欲』。人の性と愛を司る悪魔を名乗る人なのだから。」
「…成る程。つまり、根っからの変態と言う訳だ。」
ナツメの言葉に思わず吹き出すアメン。
だが、噎せつつも彼女は話を続けた。
「ま、まぁ変態かどうかはさて置き、あれは敵対するには厳しい相手だわ。何分強力な主従関係を築いているから敵は死んでも立ち上がってくる。」
「『死霊兵団』か。しかも今回は生きている者を倒した後に使われると言う感じだな。」
「ええ、更にあれ自体が異常なまでの力を持っている。出てくる時代が時代なら神と崇められるかもしれないわ。」
「…その点に関しては『傲慢』で経験済みだ。俺には秘策がある。」
「…あのチート染みた復活かしら。それなら無駄よ…。」
アメンの言葉にナツメは驚愕する。
何故無駄なのか。そもそも何故知っているのかが分からなかった。
「そんなの2度もだしたらバレるわよ。魔王と7神柱は常に情報を共有している。つまり、ナツメさんが魔王を倒したその日から彼らは研究してるのよ。」
「…しかし、何故そんな事を知っている。自身の配下に出来ていないものに教えれる訳がなかろう。」
「それは簡単よ。私には魅了が効かない。けれど魅了にかかったフリは出来るわ。」
明快に話しつつもその拳は震えている。恐らく、魅了状態になっているかの確認の為その手で殺めた命があるのだろう。
だが、そんな素振りを見せることなくアメンは微笑みながらナツメを見る。
「…そうか。お前も辛かったんだな。」
「な、なんですいきなり?いきなり優しくされると調子が狂います…‼︎」
頬を染め、そっぽを向くアメン。その仕草がマーリンと似ていた為ー
「な、ナツメさん⁈」
「ああ、すまん。つい昔を思い出してな。」
気付けばアメンを抱き締めていた。急な事に思わず敬語になるアメン。しかし、慌てつつも振り解こうとはせずにアメンは優しく抱き返す。
「ナツメさんも辛い事だらけでしょうが…いつかいい事がありますよ。ま、まぁ私が言うのも変ですが…。」
「本当何様だ。扉に縛り付けたまま置いてくるべきだった。」
「酷いっ⁈私のこの一瞬のトキメキを返して⁈」
「一瞬なら良かったじゃないか。この世界には20年以上息子にトキめく馬鹿な母親もいる。」
「…ふふっ、確かに。それに比べれば一瞬など儚いものね…。」
落ち着いたのか、口調も元に戻ったアメンを離した所でパシフィスタがいきなり現れる。
「愛を育んでいる所失礼する。ジェシカ殿が目を覚まされた。」
「育んでないですが分かりました。アメン、容態を見に行くぞ。」
「え、ええ。」
「…ナツメよ、お前いつか女に背中刺されるぞ。」
「何時ぞやも同じ忠告受けました…。」
ナツメの行動に苦笑しつつもパシフィスタは2人をジェシカの部屋に連れて行く。すると、到着した瞬間ジェシカがナツメの胸元に飛び込みー
「ごめんなさいナツメちゃん‼︎まさか私が貴方を襲うなんて‼︎いや性的な意味ならしたいけど…暴力的な意味で襲うなんてごめんなさい‼︎この母を好きにしていいから‼︎」
「何度も殺しあった事ありますしまず実の息子を性的対象に見るな‼︎」
思わず頭を叩き、地面にひれ伏させる。その姿にドン引きしているアメンに苦笑いしつつ、一同は部屋の奥にある椅子に腰掛けた。
そのまま、一同は再度自己紹介をしつつ、先程ナツメと話していた内容を伝える。するとジェシカは納得いった表情で頷き
「成る程ね。それは防ぎようがなかったわ。あの子の苦悶を浮かべる表情を見ながら締め上げてたもの。」
「なんかそこだけ聞くと危険ですよ。」
「なっ…私はナツメちゃん以外とはそんな事したくありません‼︎」
「俺は生まれ変わってもゴメンだ‼︎」
いつもの調子を取り戻したジェシカに呆れつつも話を続ける。
そして一同は敵の本拠地についての話となった。
「敵の本拠地についてですが…。一応知っては居ます。ただ、私はそこに行った事が無いのであまり信じすぎないで欲しいのですが。」
「構わぬ。数ある可能性の中でも一番有力なのは其方の意見だ。聞かせてくれ。」
「分かりました。では、場所ですが…このホテルより北、丁度街の中央にとある公園があります。そこには三角のモニュメントがあるのですが、その真下です。」
「…どういうことだ?」
「ええ、2日前にナツメさん達が落ちた地点を覚えていますか?あれは4カ所あるうちの3つなのですが…あそこを底辺に、中央のモニュメントまでの斜線を引くと…ほら、こうなるのです。」
「これは…⁈」
アメンが分かりやすく書いた立体図には、綺麗な形のピラミッドが描かれていた。それを見た3人は驚愕し、どこか合点がいく表情を見せる。
「成る程、エジプトのピラミッドか。確かに完成された図形かつ建築物としてこれ程までに美しいものはない。成る程…言われてみれば納得だ。」
「ええ。ピラミッドは世界に誇る至高の墓ですから…。それを家にしようとする者が居ても不思議ではありません。」
「そうと決まれば明日にでも向かいたい所だが…入り口は何処になる?」
だが、ナツメの言葉にアメンは首を振る。どうやら、入り口までは分からないらしい。
「私も何度か入った事はありますが、その全ては幹部やその側近達に連れられてでした。恐らく、先程の部屋の何処かに移動手段があると思うのですが…。」
「だが、今あの地点に向かえば恐らく感づかれるだろう。結構派手に暴れたからな。」
「それに今日1日はジェシカさんの容態も気になります。出来るなら2、3日余裕を見たいですが…。」
「それでは俺の生徒達が心配だ。出来るだけ早めに行きたい。」
ナツメの言葉に苦虫を潰した表情で返すアメン。そして暫く悩んだ後
「…分かりました。では明日、私がナツメさん達を捕まえたていで戻ります。それならば進入可能でしょう。暫く捕縛する形にはなりますが…。」
「構わぬ。その代わり鎖は我の魔法で作ろう。もしもの為だ。」
「ええ、構いません。…必ず成功させましょう。」
それから、少しの間作戦会議をした後、一同は再び部屋へと戻った。