勇者、幻惑される。
翌朝。
ナツメ、パシフィスタ、ジェシカの3人は旧イギリス海底制圧組と短い挨拶を交わした後に出発する。
次元の裂け目を利用して移動した3人はすぐ様エジプトの首都カイロに到着し、周囲の人々に最近何か異変が起きていないかを聞きまわり始める。
しかし、街の人々は揃って首を横に振っては立ち去る為、何も情報は得られなかった。
「一度散開して情報を集めた方が良さそうね。」
「賛成だ。情報通の中にはサシでなければ教えてくれない輩も居るだろう。」
「確かに。彼らは他人に情報をリークされるのを極端に嫌いますから。その場合リークした人間を特定し易くする為にもサシでの提供が多いです。」
「うむ。それでは3時間後に迎えに行こう。それまでは別行動だ。」
パシフィスタの提案に頷く2人。だが、もしもの事が起きた場合にすぐ様助けに行ける様ナツメは2人に掌サイズの悪魔人形を、ジェシカは影に魔法をかけ、その場から散開した。
解散場所から暫く進んだ所でナツメは情報を集め始める。とはいえ、情報を収集しようにも、顔を明かしたままでは相手方に通じている可能性があり、素直に教えてくれない事を想定した結果変装を施す事にした。すると、数人程声をかけた所でこの付近の情報屋についての情報を手に入れた。
「この時間なら大抵乞食をしてるさ。情報を知りたいなら金だけでなく合言葉も必要だ。それを聞くには…まぁ酒場だろうな。」
「まずは酒場か。感謝する。」
「構わんさ。この街に流れた者位しかこんな事言えないからな。」
「…それは一体どういう事なんだ?」
情報提供した男の言葉に疑問を持ったナツメは、更にその話を深く掘り下げる。すると、この街の住人はある時を境にまるで何かに取り憑かれたかの様にとある事を隠し始めたらしい。だが、それが何なのかは誰にも分からず、唯一情報収集を行っている『外から来た情報屋』しか教えてくれないらしい。
「気をつけな兄ちゃん。この街は既に敵地だと思った方がいい。何せ、悪目立ち過ぎる人間は大抵何処かに連れて行かれる。俺もそう言う奴を見て来たが…結果は言わなくても分かるだろう。皆『この街に染められてしまった』。何をするのかは分からないが…好奇心で行動するのだけは避けた方が良いぞ。」
「忠告ありがとうございます。…それだけ教えてくれる辺り、貴方もその道に居たのですね。」
「ご明察。 俺も兄ちゃんを目指した1人さ。救世主様よ。」
男の言葉に驚くナツメ。どうやら、彼には自分の正体がバレていたらしい。それに対し苦笑しながら見送る男に背を向けつつ、ナツメは近場の酒場へと足を運んだ。
酒場の中は、その外見こそは小綺麗ではあるものの、辛気臭さというかどんよりとした雰囲気が漂っていた。
しかし、店自体はそれなりに繁盛しており、注文を聞きまわる魔法人形が彼方此方へと走り回っていた。
『ご注文は?』
「今日の天気に合う酒をくれ。」
『かしこまりました。こちらへどうぞ。』
先程の男に教わった合言葉を聞くための合言葉を伝えると、魔法人形はナツメを誘導するかの様にカウンターまで呼び込み、マスターと軽く話した後更にその奥へと案内し始めた。
カウンター奥の扉を開けると、仄暗く照らされた廊下が伸びており、その廊下に繋がる幾つかの扉の中から、最奥の扉を開いてナツメを手招く。その手招きに応じたままナツメが進むと、そこは真っ暗な部屋だった。
『ここでお待ちください。』
抑揚なく放たれた言葉に違和感を感じつつ、閉められる扉を止める事が出来なかったナツメは、閉まる直前にある事を思い出しー
『さようなら』
扉の外で口角を吊り上げる魔法人形を見上げつつ、ナツメは真下へと落下していった。