8-10
その夜。
二回目の決戦前夜という事ではあるが、今回は別行動になる為に生徒達は皆緊張した様子を見せていた。
その中で、特に今回の作戦ではキーマンになりかねないいわゆる火力担当の凛音、ルナ、ミリアム、御堂3姉妹は先程から何度も生唾を飲み込んだり、ウロウロと辺りを歩き回ったりと落ち着かない様子でいた。
それを見たジェシカがふふっと微笑み、6人に声をかける。
「相当緊張しているのね。」
「はい、やはり決戦と言うのはー」
ジェシカの質問に答えようとしたルナは、突如目の前から消え自身の背後からその首元に黒いダガーを当ててきたジェシカに息を呑む。いや、ルナだけではない。ナツメ、セルベリア、パシフィスタを除くその場の誰もが身構えて魔法を放てる態勢を取った。だが、それを見たジェシカは更に微笑み
「そうやっていかにも緊張してますよってオーラを出していると、今みたいに隙を突かれるわ。そうなれば貴女だけでは無く他の子達もおしまいよ?」
「は…はい…。しかし、どうすれば…?」
「そんなの決まってるじゃない。緊張していると悟られなければ良いのよ。例えばそうね。」
ルナから離れ、一同の中心に立ったジェシカは辺りを見渡した後ニヤリと口角を上げー
「ふ…見える…見えるわ…‼︎私の魂を喰らわんとする亡者共の姿が‼︎だがしかし‼︎貴方達が幾ら上手く隠れようとも‼︎私の持つ100の特殊技能の一つ、千里眼からは逃げられない‼︎どこからでも来るがよい、我が身に秘められし真の闇王の力が貴様らのその命を全て平らげて見せるわ‼︎ハーッハッハッ‼︎ハー…あれ?」
「皆の視線が痛いから‼︎バカ上‼︎」
目を瞑り歩き出したかと思えば、急に世迷い事を口にし、挙句には天を見上げて高笑いを始めるジェシカでは無く、その息子のナツメに冷めた視線が送られる。そのかつてない程の羞恥心と悲壮感に駆られたナツメは、全力でジェシカを非難しつつ椅子に座らせてその口をガムテープで封じた。
「い、いいか。極度の緊張感が出た場合は隣のクラスメイトを見ろ。敵対している状況なら感じろ。忘れるな。お前らには仲間がいる。助けこそすれど足など引っ張らない最高の仲間だ。もし1人になってしまったなら、その場から動くな。感覚だけを研ぎ澄ませれば必ず仲間にも会える。もし相手が強くてその命を奪われそうになったら、最後まで諦めるな。最低相討ちなどと考えるな。全員生きて帰ってこい。これは俺からの宿題だ。…まぁ安心しろ。お前らが勝てなくて逃げ延びてきても、俺達が必ず倒す。だから出来る限りを尽くして来い。」
「…はいっ‼︎」
ナツメの言葉に固くなっていた6人も微笑む。その姿を見てパシフィスタは頷き、セルベリアは我が子を見る様な目でナツメを見ては微笑んでいた。そして我が子の教師たらん姿に感銘を受けたジェシカは口に付いたガムテープを外さぬままもごもごと何かを言っては恍惚とした表情でナツメを見つめていた。
その後、明日に備え最終確認を行った一同は解散し、各々の宿舎へと移動する。ナツメも、生徒達を自分の家まで見送った後即座に動ける様に再び官邸へと戻り、用意された部屋へと入る。すると、そこには珍しく彼の部屋を訪れていたセルベリアが待っていた。
「お疲れ様ですナツメ。大分教師として板に付いてきたわね。」
「セルベリア様…。いえ、これは俺が見つけた新たな道なので。」
ナツメの言葉を聞き、深く溜め息を吐いた後セルベリアは悲しみを込めた眼差しでナツメを見つめる。
「まだシルフィ達の事を引きずっているのね。」
「ええ。まぁ…。」
「マーリンの事かしら。貴方をそこまで苦しめるのは。」
「…。」
セルベリアの問いにナツメは返事を返す事無く、けれども肯定の意を込めて目線を切った。
「俺は第2の家族とも言うべき仲間を失い、彼らを…マーリン達の事を引きずるなと言われても難しいものです。」
「…そうね。特にあの子は貴方にとって特別なものだったもの。…貴方達の晴れ姿、見たかったわ…。」
ナツメにとってマーリンとは仲間でもあり、将来を約束した恋仲でもあった。
だが、その命は魔王を討伐する直前に起きたある出来事により失われ、ナツメの胸に深い傷を残していた。
無論それを知っているセルベリアは、まるで自ら戒めの楔を打ち込まんとするナツメの姿勢を矯正しようと試みた時期もある。しかし、世界唯一の勇者はそれらをまるで微風が吹くかの如く表情で流してはその双肩に誰にも咎められない罪の十字架を背負い続けた。
「もう2度と信用した仲間達を…大切な身内を失うわけにはいかないんです。その為なら、俺は何度でも蘇れます。この身に何度余る魔力が溢れても…俺は乗り越えてみせます。」
「…ジェシカの込めた秘術ね…。私としてはこれ以上の酷使は避けて欲しいのだけれど。いつ不具合が起きてもおかしくない程貴方の身体には不相応の魔力が溜まり過ぎているわ。」
「ええ、恐らく…このまま復活した魔王を倒した時点で俺の体は耐えれないでしょう。ですが、奴を倒すにはそれしか有りません。」
無限の魔力を超えるには、無限の生命力で対応するしかない。まさに命と精神の削り合いの決闘だった。
「寂しい決意ね。実現しない事をいのるわ。」
「俺もです。まだ、やり残した事がありますし。」
「あら、何か他に経験したい事でも?」
「ええ、一つだけ。」
そう言うとナツメは月明かりの差す窓辺に近寄り、月を見上げながら未練を口にする。
「あいつらの卒業式を見るのが、少し楽しみなんですよ。」
「…ふふっ、本当に教師らしくなってて微笑ましいわ。…叶えなさい。それ位ナツメなら可能よ。」
ナツメの言葉にその表情を思わず崩し、微笑みながらセルベリアは部屋を後にした。