8-7
その晩。
再びある遠征の為に荷物を纏めたナツメは、疲れ果てた体をベッドに預け眠りを取る。
『君に私の策は見抜けまい。だが、その勇しき姿と強き心に賞賛し、この魔王ー……は倒されるとしよう‼︎』
『ふざけるな…‼︎貴様は俺の筋書きで倒されるのであって、貴様の筋書きで倒れるのでは無い‼︎覚悟しろ魔王‼︎』
『君は大きな勘違いをしている。君が生まれる前から…私は君に倒される筋書きをしてあるのだよ…‼︎』
『ほざけ‼︎ならば望み通りー』
意識が覚醒する。どうやら夢を見ていたらしい。しかも、よりによって魔王との会話である。何とも嫌なものを思い出した。
最近特に緊張感が高まり、睡眠が浅いのだろう。夢を見る事が多いとはそういう事だと考えたナツメは、その手に強い人間に聞く事にした。
『夢見、夜分にすまない。今大丈夫か?』
『あ、こんばんわナツメ先生。今お風呂場ですので服を着てない事以外は大丈夫ですよ。』
『いや、そんな報告は要らないんだが…。』
『…ハッ⁈まさか心菜ルートの覗きイベですか⁈ど、どうしようまだ体を洗ってないのでもう少し後でも⁈』
『そんなルート選んで無いしそもそもテレパシーで覗きを敢行するとか無理があるわ‼︎』
見てない筈なのに脳裏に心菜がくねくねと動きながら頬を染めている姿が浮かぶ。そんなしょうもない想像を振るう様に頭を振り、念話を続ける。
『最近悩みというか、夢を良く見るんだ。どうやら眠りが浅いらしい。』
『成る程…。多分それは安心感が無いからですよね?多分度重なる大事にストレスが溜まっているのかもしれません。』
『安心感…確かに無いな。7神柱や魔王はともかく、寝込みを襲う生徒や親、真面目だと思っていた生徒が残念だったりとな…。』
『最後のはルナ先輩ですよね⁈そうですよね⁈』
先程とは打って変わり真面目な態度で話し始める。その様子に色んな意味で不安になった心菜は、もし必要ならば快眠できる様に魔法を使おうかと提案した為、その言葉に甘える事にした。
一時間後。
寝巻き姿で現れた心菜は、到着するなりナツメの隣に寝転がる。
「お、おい。普通に魔法をかけるだけでは済まないのか⁈」
「ご褒美位あってもいいと思うのですが⁈」
「な…何が望みだ?金か⁈それとも俺の魔法か⁈」
「添い寝‼︎添い寝以外無いでしょう‼︎先生この状態で私が揺するとでも⁈添い寝ですSO・I・NE‼︎」
鬼気迫る心菜に圧され、渋々頷くナツメ。すると、満足したのか心菜はナツメの横で魔法を詠唱し始める。仕方なく、そのまま横になり心菜の魔法を待っていると、心菜が呟き始める。
「惜しいです…既成事実を作る魔法を覚えておくべきでした…。」
「お前と桜は絶対操作系魔法を覚えるな‼︎危なすぎる‼︎」
この調子で本当に眠れるのか不安になるナツメだが、心菜が唱えた魔法の効力はすぐにナツメの瞼を閉じさせた。
ー翌日。
あれから、夢を見る事なく熟睡できたナツメは、久々に体が軽くなった気分で目がさめる。すると、隣に心菜が居ないと気づく。耳を澄ますと、心地よいリズムを刻む音が聞こえる。どうやら朝ご飯を作っているらしいその音の出処は、紛れもなく心菜の手元からだった。
「おはようございますあなた。」
「朝からボケ全開だな。覚悟しろ。」
「わきゃーっ‼︎」
朝から頭を掴まれ、楽しそうに絶叫する心菜。彼女自身不安もあったのだろう。だが、信頼するナツメの側で一夜を過ごせたのが気持ちを落ち着かせる要因になったのか、今は楽しそうにナツメと戯れている。
「というか先生料理中にイチャついてくるのは危ないですよ⁈」
「お前はその脳内を一度変えてこい‼︎」
「で、では桜ちゃんと…」
「なんでその最悪な選択肢に行くんだよ‼︎」
「だって私も攻略対象に入りたいですもん‼︎」
「誰も入れてないわ‼︎」
あらぬ方向にもっていく心菜を抑えつつ、ナツメも朝食の手伝いを行う。といっても、料理をできるわけでは無い為皿を並べるだけだった。
「と言うか先生どうやって普段食べてるのです?」
「ん…外食か近所の方に貰うかだが…。」
「贅沢‼︎金遣い荒いですよ⁈そんなのじゃお嫁さんが可哀想です‼︎なので私がー」
「言わせんからな⁈」
微妙に説教を受けつつ、ナツメは2人分の食事を運ぶ。魔道書や文献が積まれていた机もいつの間にか整頓されており、久々に天板をみたナツメは心菜の家庭的な部分に感心した。
「ではいただきます。」
2人は向き合う形で座り、朝食を取る。
心菜が作った朝食は、ごく普通の和食ではあったが、そこに家庭の味を感じる様な暖かさがあった。
「そういえば夢見。お前の家の方にはなんと言ってきたのだ?」
「先生と初夜を過ごしてきますと。」
「お前本当最近桜に毒されてないか?」
「勿論冗談ですー。生活感ない先生を助けに行くと言ってきたんです。」
「助かるけど何だろう。無性に殴りたい。」
その様子にニコニコしながら食事を取る心菜。それに対しナツメも、それ以上は言うまいと黙って食事を終え、食器を流しに置いた後着替える為に部屋へと戻る。
「先生、私も着替える為に一度戻りますね。」
「分かった。後でな。」
扉越しに心菜の声が聞こえた為、返事を返す。そして着替えの終了と共に扉を開けて出発の準備をしようとー
「…きゃっ⁈」
「きゃじゃねぇよ‼︎なんでここで着替えてるんだよ‼︎」
なぜか着替えと準備一式を持ってきた上でナツメ宅で着替えている心菜の頭を叩き、即座に自分の部屋に投げ込んで着替えさせた。