8-2
「改めておはよう、皆。」
教室に着くと、机の上でぐったりとしていた生徒達は背筋を伸ばし、ナツメの声で元気が出たかの様な笑顔を見せて挨拶を返す。それを見たナツメは微笑み、全員の名前を呼ぶ。
「っと…ハルトはまだ修行中だな。扱いは公欠にしてあるからお前らも修行したければいつでも連れて行くぞ。」
ナツメの言葉に引きつり笑いで返す生徒達。彼らとしては、久々の授業だから軽めのアップで許して欲しいらしい。だが、そんな事を許す程余裕は無く…
「とりあえず今日は魔力の底上げを行うか。今から全力で魔力が尽きるまで魔法を放つぞ。俺もするから一緒にぶっ倒れるぞ。」
『えぇ…っ⁈』
ナツメの言葉に絶望的な表情を見せる一同。だが、学生時代の成長期をみすみす逃すなど勿体無い。この努力こそ青春だと言わんばかりのナツメは、誰よりも軽い足取りで訓練所へと向かった。
訓練所に着くと、授業が被っていたのか藤堂と風雅、そして2-Cのクラスの生徒達が待機していた。
「おや、特別クラスも訓練所を?」
「ええ、とりあえず久々なので全員ぶっ倒れるまで魔法を打たせる予定です。」
藤堂の言葉にナツメは今日の予定を伝える。すると、苦笑しつつも訓練所の一部を結界でわけて使う事にして授業を行うといった形で双方の同意を得ようとする。だが、それを聞いた2-Cの生徒の1人が不満そうに声を上げる。
「いやいや、学園長。いくら特別クラスだからと言ってそこまで特別にしなくても。」
その生徒の声に数人が同意する。他の生徒も、声には出していないものの同じ様に思っているらしい。
「大体私達より技術がない1年が多いクラスに分けるなんて嫌です。」
「そうそう。生徒会長や御堂の上姉妹、龍膳達だけなら分かるけど。1年には威厳が保てなくなるからなぁ。」
その言葉にムッとした凛音は前に出ようとするが、ナツメがそれを抑える。
「と、言ってますがどうでしょう。本当に技量の無い1年かどうか試したいらしいですが。」
ナツメの悪巧みをしているかの様な笑みに藤堂と風雅も気づき
「それなら仕方ないですね。炎堂凛音、ミリアム・J・オリンピア、御堂桜、夢見心菜、霧雨時丸の技量を見たい生徒はいるか?ちなみに何人までなら戦えるかね?」
風雅の問いかけに凛音は即座にニヤリと口角を上げ
「貴様ら全員でも足りんな。」
「この程度ならば凛音と私で十分かと。」
「そもそもウチは興味ない。」
「と言うか先輩には申し訳ありませんが私1人でも…。」
「僕の魔法殺さないのが難しいのですよね…。」
挑発とも取れる発言に他の4人も同調する。すると、それを聞いた2-Cの生徒達は激昂し立ち上がる。
「そこまで言うなら教えてやろうじゃねぇか。ガキの魔法との違いをよ‼︎」
「はぁ…良いのですか?先生。」
「ああ。と言うか2年以降は全員風神雷神のコンビと戦って来い。…いや、俺も入って3対4だな。」
ルナの問いかけにナツメは準備運動をしつつ、死の宣告をする。それを聞いたルナは小さく悲鳴をあげ、涙目で首を横に振るも、既に準備運動を終えた風雅の風の結界により、強制的に参戦させられることになった。
「お前ら、今日は久々だからって調整をかけていいのは死なない様にする位までだ。生かして倒す全力をだせ。」
「貴様に言われなくとも‼︎」
「舐めんなよクソガキ‼︎」
その直後、藤堂の落雷によって試合開始の合図がなされる。すると凛音は即座に終えた詠唱と共に駆け出し
「ミリアム‼︎」
「ええ‼︎」
『喰らえ‼︎『龍舞炎風』‼︎』
「なっ…はやっ⁈水まほーっ‼︎」
即座に放った合体魔法は龍の尾を想像させる炎の風が、とぐろを巻きつつ2-Cの生徒達を締め上げる様にとぐろの範囲を小さくしていく。悲鳴をあげつつ水魔法で消さんとする2-Cの生徒達を他所に、心菜と時丸は詠唱を続ける。そして凛音とミリアムは消火の邪魔をするかの様に次々と各々の得意魔法を放ち続ける。
「くそ…っ‼︎なんて威力だ。全く消えない…っ‼︎」
2年とはいえ、まだまだ発展途上の魔法では凛音の規格外の火力とミリアムの規格外の魔法制御力には敵わないらしく、水魔法の大規模展開を行っているものの、酸素を高濃度に織り交ぜた風を火種に燃える炎は消えず、触れた所から水を蒸発させていた。
更に、ミリアムは蒸発した水の酸素のみを抽出している為、炎はどんどん勢いを増している。その勢いに抗うことすらままならない水魔法は次第に勢いを失い
「防御しないと痛い目にあいますよ、先輩?」
「ーッ⁈くそ…っ‼︎守れェェェェェ‼︎」
悪戯に微笑んだミリアムによって、大量に発生した水蒸気のうちの水素が抽出される。その瞬間、莫大な爆発音が響き、防御魔法を展開していた生徒達を丸ごと吹き飛ばした。
「ゴホッ…‼︎ゴボッ…な、なんて1年だ…っ‼︎これで殺しに来てないだと…っ‼︎」
今まで受けた事の無い協力な衝撃に狼狽え、吹き飛ばされた衝撃で未だ揺らぐ視界にふらつきつつも立ち上がろうとした矢先。
「『夢喰・刹那迷盲』‼︎」
パンッーと軽く心菜が手を叩く。すると、その音を聞いた2-Cの生徒達はぐらりと一瞬気を失い、慌てて態勢を直そうと踏みとどまる。その瞬間を狙った時丸が手をかざし
「『時間停止』‼︎」
「ーッ⁈」
凛音達以外の時間を完全に止めた。すると凛音とミリアムは詠唱を開始する。
「降り注ぐ厄災、宇宙からの侵略。大地を抉りし隕石はー」
「天穿つ竜巻、空と大地の怒号。風切り裂く暴風はー」
2人の魔力は高まり、上級魔法のそれとは比較出来ないほどの力を集め始める。
「ー空より出でて、地を打つ矢とならん。天上の怒り、宇宙の神秘。生命すら死滅させん大いなる一撃を。」
「ー大地を削り、分断する螺旋を描かん。地上の怒声、大自然の咆哮。全てを巻き上げんとする旋風を。」
詠唱が終わり2人は手を掲げ、その魔力を解き放つ。その直前に解かれた『時間停止』は、それでも尚回避を許さず防御魔法を展開せざるを得ない状況となり
「ぜっ全員マジで防御魔法を全力ーッ‼︎」
「穿て。究極魔法。『連環流星』‼︎」
「抉れ。究極魔法『真空龍咆』‼︎」
空から円を描く様に連なる流星群が、正面からは物凄い速さで迫る一条の竜巻が。それぞれ空を切り裂き大地を抉り、通る道のその全てを示す様に破壊しながら生徒達に襲いかかる。直後。耳を劈く轟音を立て直撃したそれらは、防御魔法を紙の如く簡単に引き剥がしてはその魔力をぶつけた。だが、それで終わる程彼女らは甘さを持ってなく…
「桜‼︎」
「面倒い。けどウチもやらなあかんみたいやし…はぁ。
紡げ風の音、響け火の音。轟く地の音に、続くは水の音。その全てを操り、鉄打つ音に合わせ躍り狂え。」
やる気の無い表情は一変。その目には戦闘時に見せる輝きを見せており、その両手には普段ならば交わる事の無い4大元素魔法と五行思想魔法を込めた魔力がそれぞれの手に集められていた。
「ウチもこれは制御するの厳しいんよ。邪魔すると死ぬで。放て。4大五行混成魔法『表行・元素循環』‼︎」
風が火を起こし、火が土を生み出し、土が金属を作り、金属が水を溜め込み、水が木を育む。その循環によりその1つ1つの属性魔法が強まり、やがて高まりが最大になった瞬間。同時に放たれた5つの奔流は全身に火傷と切り傷を刻んだ生徒達に襲いかかり、昏睡不可避の一撃を食らわせた。
「面倒だからこれは使いたく無い。」
「つーか貴様1人位殺してないか⁈」
「死んでてもウチやのーて2人のどちらかやろ。」
「ちゃんと加減したからそれは無いと思うわ。全力で打つ必要なんて無いのは分かっているけどね。」
生徒が扱う魔法にしては強すぎるものを放った3人は、ナツメの言いつけ通り誰も殺さず倒してるかを気にしているが、そもそも学園の生徒を殺すなとばかりに心菜が怒り始める。だが、完膚なきまでに叩けば2度と同じ事は起きないだろうと思っていた凛音はそれを否定し、死ぬ間際の一撃を食らわせてしまえと言う答えに時丸が溜め息をついて呆れていた。一方、やられた2-Cの生徒達の中で唯一意識をギリギリ保てている1人の女生徒はあまりの格の違いに慄き、その身を震え上がらせていた。
「…おい桜。1人取り残しているぞ。」
「んー。面倒いけど1人でも動けないと証明と暴動の抑止力になる人居ないやん?」
そう言うと桜はその生徒の元へと歩き出す。近づく桜に怯えた女生徒は小さく悲鳴をあげつつも、震える体を抱きしめながら桜を睨む。
「なぁ先輩。これ以上難癖つける様ならウチらも1人位殺る覚悟で魔法打つんやけど。もう邪魔立てせんでくれる?」
桜の恐喝に近いお願いに涙目で頷く女生徒。それを確認した桜は振り返り、背中を向けながら彼女の頬に魔法を掠め
「嘘ついたらその首飛ばすからな。」
強烈な悪意を放ちつつ凛音達の元へと帰っていった。その堂々たる悪役ぶりに凛音達は笑いを堪えつつ、今度はナツメ達の様子を見る為にその場に座り込んだ。