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緊張感が抜けた朝食は賑やかなものとなっており、焔と凛音が朝食に出てきた鮭をにゃーにゃー言いながら取り合っていたり、未だ寝ぼけているルナが納豆に顔面からダイブして顔中ネバネバにしていたりと静かに食べているナツメからすると溜め息と不思議と安堵が込み上げてくる状態になっていた。
その様子を微笑ましく見つめる風祭夫婦に頭を下げつつ、朝食を済ませた後に一同は出発の準備を行った。
1時間後。準備が終わり、風祭夫婦に見送られる形で一同はパシフィスタの次元の裂け目によりイギリスへと渡り、待機組の生徒と3日ぶりの再会を果たす。
「3日ぶりだな。皆元気だったか?」
「おかえりなさいナツメ先生‼︎と、その他‼︎」
「桜、次期頭首に向かっていい度胸ね…。」
ル○ンダイブよろしく服を脱ぎながらナツメに飛び込もうとした桜を下着姿の段階で捉えた鈴蘭はそのまま抱え込み、お尻をペシペシと叩き始める。と言うか桜は脱がないといけないのかという程に脱げる。
そのままナツメは周囲を見渡すと、出発前に比べ人数が減っている事に気づいた。
「それなら、孫兄妹は中国の国境線で行われている戦闘に駆り出される形となっており、龍膳君は先遣隊と共に海底に潜り、奴が動き出しても抵抗できる様に罠を張りに行ってます。」
待機組のまとめ役となっていた楓が状況を説明する。それを聞いたナツメは頷くも、危険な状態にある3名を心配する。だが、それを見た藤堂はナツメの肩に手を置き、首を縦に振った。
「そちらの首尾は聞いております。本当にお疲れ様でした。」
一礼をして珍しく微笑む楓。その様子を見るに余程心配していたのだろうと察する。
その後、罠を仕掛けていた龍膳が戻って来たらしく、その眼にうっすらと涙を浮かべた龍膳はナツメの手を取り喜びを表していた。
「心配かけたな。龍膳、そちらは上手くいったか?」
「某の罠についてならば完璧に張り巡らせてきた故、どれ程の力を持ってしても必ずや一矢報いる所存。」
「そうか。お前もご苦労様だな。」
ナツメの言葉に頷いた龍膳は、同じく終了した旨をパシフィスタに伝える。その後、しばらくのイギリス防衛線は安泰という事になり、一同はイギリスを離れる事にした。
「とりあえず来週位には学園は再起できるでしょう。荒木君からも教師の人選が終わった旨を聞きましたので。」
「分かりました。所で、特別クラスについてはどの様に行いますか?」
事の発端である御園瑛里華は既に消え、それに賛同し実質隔離状態を築いた教師達も全て居なくなった状況な為、特に特別クラスを維持する必要はなかった。
「そうですね…。今後の事を考えても全生徒の底上げをしておきたい所ではありますので、なるべくならば勇者として存在するナツメ先生には全校生徒を教えていただきたいのですが…生徒達の意見を尊重しましょう。」
藤堂は意見を述べた上で判断を生徒に任せる事にした。すると、一同ははっきりとした声で
「現状維持がいいです。」
と、口を揃えて言い出す。それには堪らずパシフィスタも大笑いし、生徒達の貪欲さとナツメへの信頼感を改めて確認した形となった。
「それでは現状維持で。生徒達の指導は…私ともう1人で行いましょう。」
「なんと、雷神自ら…‼︎我ですらも是非指導お願いしたいものだ。」
あまりの特別待遇にパシフィスタですら渇望の眼差しを送る。そしておそらくもう1人の指導者は風祭風雅であろう予測をしたナツメは目を輝かせ
「風神雷神の指導ならば俺も受けたいものですね。」
「いえいえ、もはや私達では坊ちゃんには及びませんよ。」
自身も受けたいと懇願するも藤堂は首を横に振り、自らの務めを優先して欲しいとばかりに否定した。
「坊ちゃん達はこの先まだまだ戦いが起きます。皆と歩幅を合わせれば必ず遅れが生じるでしょう。ですので、戦術的指導や実践的指導を行える環境を作ってください。それが世界の為になるかと。」
世界の為。それを聞いたナツメは了承せざるをえなかった。それ程までに彼らの双肩にかかる責務は重く、重要な事だと改めて気づかされる形となり、先程までのお祭りモードは一転。下着姿で抱えられた桜までもが真面目な表情を見せていた。
「大丈夫です。俺と生徒は負けませんよ。この子達にはそれを成し遂げる為の力がある。その力を最大限活かし、世界を守り切りますよ。」
強い眼差しで宣言するナツメ。その力強い瞳に圧倒され、藤堂はつい見入ってしまう。そして小さく微笑みながら頼みましたよ。とナツメの手を取り、強く、願いを込めて握りしめた。
その後、一同はパシフィスタの魔法で学園の門まで送り届けてもらい、実に数週間振りとなる下校といった形になった。
普段ならばテレポートで帰るナツメだが、不意に帰り道を歩きたくなり徒歩で帰る事に。その道中、ナツメはふとある人物にテレパシーを送る。すると、すぐさまテレポートでナツメの元に来たその人は、到着するや否やナツメの肩に乗り上げた。
「お久しぶり、刀奈ちゃん。」
「久しいとは言えぬ位最近だかのぅ。しかしいきなり何用じゃ?」
「いや、一応倒した事を報告しようとね。」
普段ならば山から出る事のない刀奈は、ナツメの呼びかけが余程嬉しかったのか肩の上で足をパタパタと動かしながらナツメの頭を叩く。それを断りはせず、叩かれるがままナツメは事の詳細を伝えると、大笑いしながらナツメの頭を強くペシンと叩いた。
「命を捨てて敵の首を討つなんざ器用というか肝の座り過ぎた総大将じゃ。全く阿呆の度が過ぎとるわい。」
「いや、命を捨てて転生した刀奈ちゃんには言われたくないぞ。」
「それもそうじゃのう。だがナツメ。お主はやはり心の鍛錬が足りぬのぅ。お主は信頼できる味方の死を目の当たりにした余りに味方の事を守りすぎる。もっと信頼してやれぬのか。」
「…信用はできるが、信頼とはまた別だな…。」
珍しくナツメの表情が曇る。だが、それを見逃さない刀奈はナツメの頭を撫で始め、優しく語りかける。
「お主の生徒は弱いのか。あれ程の鍛錬を乗り越え、7神柱なる存在を討伐するのに貢献し、自身の師をその手でかけ、それでもなお屈託の無い笑みを見せてくれるお主の生徒は弱いのか。妾から見ると弱いのはナツメの心だけにしか見えぬのぅ。」
「…。」
刀奈の言葉に返す事が出来ず、黙りこくるナツメ。だが、それを責めようとはせず刀奈はただひたすらナツメの帰り道の間ナツメの頭を撫で続けた。そしてナツメの家に着いた頃。
「お主はこれから彼らを指導する中で信頼を築けるかどうかで変わる。それは勿論力とも弱点ともなろう。だが、人間弱点が無ければさらなる成長は見込めぬ。
その弱点を克服し、力に変えた時。お主はさらなる高みを目指せるはずじゃ。」
ペシッといい音を立てて頭を叩いた刀奈は、それだけ伝えると肩から降りてその場から消える。一方、ナツメは刀奈の言葉を聞き足を止め、1人1人の顔を思い浮かべる。
「生徒との信頼…か。難しいものだ。」
溜め息を吐きつつ、自身の壁に気づかされたナツメは静かに家に入り、その四肢をベッドに預けると惰眠に身を任せるのでおった。