7-2
立ち上がった傲慢は屋根が邪魔になったのか腕を振り上げ、本殿の屋根全てを吹き飛ばす。そして壁すらも平手打ちで吹き飛ばし、その全貌を日の目に照らした。
その姿は背丈以上に異形であり、鬼の様に尖った犬歯、全身が黒くその体には何らかの刻印があり、お腹にある魔法陣はかつて見たことない形をしていた。
それを目の当たりにした2人は思わず跳び退き、改めてその体躯の大きさを感じる。身長が高いセラフィムですら傲慢の
背丈の半分程である事を考えると相当の大きさである。
「ただ、大きいだけなら良いのだが…。」
傲慢が拳を振るう。それを回避するも、その速度が異常に早い為、当たらなくとも暴風が吹き荒れる。あまりにも規格外過ぎて魔法の詠唱すらままならない事態に、2人は一度一気に距離を取りつつ焔達と合流する。
「焔ァ‼︎ありゃ無理だ。地力が段違い過ぎる‼︎」
「やはりか…っ‼︎しかし堕天した熾天使とナツメが組んでも何も出来ないとは…っ。」
その言葉を聞き2人を相手してもなお互角を保っていた瑛里華が口角を上げ笑い出す。
「ふふふ…っ当たり前よ。傲慢の君はただの魔法使いではない。その体に刻まれた刻印は魔王様が生み出された秘術。魔法の根源でありこの世界の魔力そのものを体に植え続ける禁忌魔法によって傲慢の君は成されている。まさに魔王様の『傲慢』によって生み出された生きる魔法なのよっ‼︎」
「難しくてわからないわ‼︎もっと簡潔に言ってくれないかしら⁈」
瑛里華の説明に頭を捻るも煙を出し始めたルナは、八つ当たりがてら瑛里華を攻撃する。それに呆れつつ瑛里華は迫る光を弾き、簡単に説明する。
「要するに、傲慢の君は人間ではなく魔法生命体なの。それも人1人2人とかの魔力ではなくこの世の中に還元されている魔力を使って作られているのよ。それを支えているのが刻印でー⁈」
「…ッぐ…ぉぉ…っ‼︎」
数年の教員生活が染みていたのか、分かりやすく説明を始めた瞬間、ルナがニヤリと笑みを浮かべながら高密度に圧縮した光の玉を傲慢の刻印に向け当てる。それを食らった傲慢は悶え苦しみ、その勢いを止め蹲った。
「教師としての心構えがまだ抜けてないようね。敵としては有難いわ。」
「おのれ…ルナ・オークス‼︎」
明らかに焦燥を浮かべた瑛里華はルナに対し氷魔法を放つ。それを焔が全て燃やし尽くし
「まだまだお前も甘いみたいだ。」
「風祭…っ‼︎」
瑛里華に対し余裕の笑みを見せた。対し瑛里華は先程までの余裕を崩し怒りを露わにしており、目は血走り魔力が吹き上がるように蓄積され始めた。
「おのれ…寄せ集めごときが…ッ‼︎貴方達が幾ら足掻いても無駄な事を教えてやる…ッ‼︎」
「小物らしい発言だな‼︎ナツメ‼︎熾天使‼︎奴の刻印を頼む‼︎」
「「任せろっ‼︎」」
再び走り出す2人に見向きもせず瑛里華は焔とルナを睨む。そして蓄積した魔力を一気に放ち
「貴方達は全員私が帰さないわ。」
「なっ…何だこれは…っ‼︎」
背中から氷の羽を3対生やし、全身が黒くなった瑛里華を見て戦慄する焔とルナ。その2人を見下す様に宙にまった瑛里華は睨みつけて
「『魔人転生・氷華繚乱(モード:フルーレティ)』。魔王様が残した知恵よ…私達は『悪魔を宿しているの』。」
その言葉を吐いた後、瑛里華が指を鳴らすと、至る所から氷柱が降り始める。その一つ一つが鋭利になっており、人体に触れれば何の抵抗も無く貫き、切り裂く刃物の様だった。
「なんの…っ‼︎『鳳凰昇華』‼︎」
その氷を焔は鳳凰の飛翔によって全て溶かし尽くす。だが、余りにも莫大な量を降らせる瑛里華の氷は、その全てが溶かされる事は無く
「っー‼︎」
「オークスの娘‼︎」
同様に光魔法で蒸発させていたルナを背後から襲い、その背中に一筋の裂傷を与えた。しかし、致命傷は避けていたらしく、冷や汗をかきながら平気と言ったルナは立ち上がり再び光魔法を放つ。だが、それをみすみす見逃している瑛里華では無く…
「まだまだ終わらないわ。これでどう?」
2人を氷の竜巻の中へと閉じ込める。周囲の氷柱すらも砕きそれらを巻き込んで旋回する竜巻は、それ自体が巨大な粉砕機と化しており飛び回る氷塊に当たれば致命傷は免れない。だが、それを避ける為に焔は自分達を鳳凰の体で守りつつ詠唱を行い
「そんなもの…これで良いわ‼︎『炎上台風』‼︎」
竜巻とは逆回転の台風を巻き起こし、その回転力と周囲の氷塊を全てが消し去る。その結果無傷で事を得た2人に対し怒りを露わにした瑛里華は更に魔力を高め
「死ね…死ね死ね…死ね死ね死ね死ね死ねェ‼︎」
「っ⁈くぁぁ…ッ‼︎」
周囲にある空気中の水分を全て凍らせ、その一つ一つを刃にし、縦横無尽にはじけさせる。流石の2人もこれには間に合わず、体を何度も削る氷により服は裂け肌は傷付き全身から血を吹き出し始めた。だが、それだけでは終わらない瑛里華は2人の周囲を氷点下まで下げ
「そのまま凍死しなさい。」
出血による体温低下を早めさせる為に更に温度を下げる。これには堪らず2人とも膝を着き、体を震えさせながらそれでも目線だけは瑛里華を離さないでいた。しかしそれを不快に思った瑛里華は2人に近づき、その頭を踏み付けて無理やり地に伏せさせる。
「っ…お前…よくも頭を…っ‼︎」
「そんな体制でまだ逆らうの?ほら、なんだって?」
「ぐぅっ‼︎」
未だ諦めようとしない焔の横腹を氷のナイフを投げて貫く。だが、血を吐きながらそれでも諦めようとしない焔の眼差しは瑛里華を捉えつつ
「…っ…その…姿…無理しているの…だな…っ‼︎膝…が…笑っている…ぞ…っ‼︎」
瀕死の状態ながら鼻で瑛里華を笑う。すると痛い所を突かれたのか、焔を睨みつけた瑛里華は
「死に損ないが…煩いのよ‼︎」
「ぐぁっ⁈…ぁ…っ…‼︎」
焔の肩、膝、腕、脛と動けない様にナイフで床と縛り付ける。その為に悲痛な声で呻く焔をみて満足そうに微笑む瑛里華は
「隣のルナを見習いなさい。蹲ってもう私に逆らおうとしないじゃないの。」
「ーッ‼︎お…いっ‼︎ オークス…娘…っ‼︎」
焔は首だけでルナを見ると、その体は自らの服を最大限活用し中に閉じこもる様に丸まっていた。恐らく身近に感じる死に心が折れたのだろう。だが、生徒故責められるものではない。
この場を乗り切るのは私しか居ないと決めた焔は、体内に残る魔力をかき集めつつ
「相討ち…なら…私の勝ち…だ…っ‼︎」
「…っ⁈『鳳雛転命』を狙って自分ごと私を殺るつもりなの⁈正気じゃない…っ‼︎」
焔には5年分の魔力を捨て、自らの命を復活させる禁忌魔法『鳳雛転命』がある。それならば今命をかけて相討ちしても死ぬのは瑛里華のみ…だが、それでも死の痛みや恐怖、苦痛は受ける為並の神経では行えない。それ程、焔は瑛里華を討つために自らを投げ捨てていたのだ。
「私は…国の長だ…っ…我が国は…私が守る…っ…‼︎くらえ…」
「まっ待ちなさい‼︎だいたい私を討っても傲慢の君がいる限り変わらないわっ‼︎私だって何度でも蘇るもの‼︎」
その言葉に嘲笑した焔はほぼ光のない目で瑛里華を睨む。
「熾天使と…私の…愛した男が…負ける…通りなど…ない…っ‼︎」
「っ…そんな根も葉もない根拠で負けるはずが…っ‼︎」
瑛里華は焦っていた。まだ自分にはやる事がある。何度も潜入し、その身をもって人柱を捕まえなければいけない。こんな所でやられる訳にはいかない。
「くっ…‼︎その前に貴女を殺しきれば良いわ。死になさい‼︎『強襲氷刃』‼︎」
幾千もの氷が宙に漂い、その全てが焔を向く。そして狙いを完全に定めて
「発ー『暴熱光線‼︎』⁈」
発射される瞬間。焔を定めていた氷が全て光に撃ち抜かれ、その勢いを止めぬまま瑛里華を貫く。いきなりの攻撃に瑛里華は焦り、ルナがいた場所を見る。だが、そこには蹲ったルナがいて…否、そこには服しか無く、一糸まとわぬ姿で瑛里華を見下す天女…ルナ・オークスが瑛里華よりも更に上空で得意げな表情を見せつつ魔法を構えていた。