勇者、奪還する。
予想通り巫女達を振り切り走り抜けたナツメ達は、本殿へ向けて真っ直ぐ走り抜ける。
魔法の効果により時間こそは早く進んでいるものの、ナツメ達が加速した訳では無い為体に負荷がかからないのは助かった。
『ここだな。』
『超過速度』の効果中は他人の言葉は早送りを行ったかのように早口な為テレパシーで連絡を取り合う。本殿を見つけたらしい焔のテレパシーを受け取った3人は、焔の元へとたどり着く。すると丁度『超過速度』の効果が切れたのか、世界が通常通りの速度に戻った。
「目的は奪還がメインだ。殺せるなら殺したいが…相手の力量を見て引くことも考えておけ。」
セラフィムが低い声で3人に向けて放つ。それを聞いた焔は一度ちらりとセラフィムを見て
「『堕天』しかけてるお前をもってそう言わせるか。熾天使よ。」
「ああ。相当ヤバいぞ。堕ちても1人では勝てない。」
その言葉に生唾を飲み込む。ただの1人に対して国の長が冷や汗と生存本能を働かせる程に、中から滲み出る死の臭いは異常だった。
「…もたもたしてると凛音達が辛いです。行きますよっ‼︎」
ルナが珍しく前に出て力強く本殿の扉を押す。だが、扉は開かずに困っていると
「オークスの娘。実はな、押すんじゃ無く引くんだ…。」
焔が申し訳なさそうに扉を開く。それを聞いて真っ赤になったルナを見て空気が和んだところでー
「さて…これは半端無く厄介な奴だな。」
緊張感を滾らせ中に入れば、至る所から臭う死と血の臭いに顔を歪めてしまう。
そしてその奥深く。元々は十一面音菩薩が置かれていたであろう所に居座るー
「…ッ‼︎」
身の丈4mは有ろう巨人がナツメ達を睨みつけていた。
その眼光に貫かれた4人は冷や汗を流しつつ、周囲を目で見渡す。まず最初に目に止まったのは彼の足元に転がる女性の死体の山だった。
「ーッ‼︎彼奴…人を喰っているのか…‼︎」
よく見るとその体の殆どは上の方になればなるほど体のパーツが欠けており、その部分には巨大な歯型が付いていた。そしてその横には
「雷神…‼︎」
縄で手足を捕縛され、身動きが取れない雷神ー藤堂の姿があった。
それを見たナツメはすぐ様かけようと踏み出した瞬間、何かの気配を察知しすぐ様羽跳ね退く。
「おや、流石の反応ですね。ナツメ先生?」
天井から降りてきた女性は笑みを浮かべつつその姿を表す。
「御園…いや、御祓瑛里華…‼︎」
「お久しぶりです。再会にしてはトゲトゲしい視線ですがね。」
眼鏡を外し、握り潰した女性ー御祓瑛里華は怪しげな微笑みを浮かべつつ、4人の前に立った。
「我が『傲慢』の君を討とうなどさせる訳にはいきませんので。ここで朽ちて貰いますわ。」
人並み外れた殺意を向けた瑛里華が腕を振るうと、氷で出来たナイフが飛んでくる。それを焔は魔法を発動すること無く燃やし尽くし瑛里華と距離を保ちつつ
「オークスの娘。私に続け。ナツメ、熾天使。任せた‼︎」
「了解です。勇者、雷神を先に…。私も『堕天』して攻勢にでますーッ‼︎」
「させるかッ‼︎」
「甘いわ‼︎」
焔とルナが瑛里華の前に出て無力化し、セラフィムが低い唸り声をあげて『傲慢』へと向かう。その隙にナツメは藤堂の元へと向かい救出を試みる。しかし
「…さ…せぬ…‼︎」
セラフィムと対峙しているのを気にもとめず、傲慢はナツメを狙い拳を振り下ろした。その勢いは凄まじく、本殿はおろか周囲を揺らす一撃となる。
「ーッ⁈何という…力だ…‼︎」
強制的に伏せの形を取らさせられたナツメに傲慢は再び拳を振り上げる。しかし
「させるカァァァァッ‼︎怪力なる腕、力の証明‼︎荒ぶる力は民を守り、神すら恐るる拳とならん‼︎『神腕剛力・怪力掌打』‼︎」
その拳に合わせるようにセラフィムは何倍にも膨れ上がった拳を振り抜き、傲慢の腕を弾き飛ばした。
「ナツメェ‼︎今だァ‼︎」
完全に堕天したセラフィムの叫びを聞き、藤堂を連れて本殿の隅へと逃がす。その間も焔とルナは瑛里華と互角以上に打ち合い、セラフィムも何とか傲慢を抑えている。
「にが…さぬ…‼︎おま…え…ら…ここ…でし…ね…ッ‼︎」
藤堂を奪われた事により怒りを増した傲慢は立ち上がり、遥か高い位置からナツメとセラフィムを見下す。
遂に傲慢がやる気になったらしい。