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ナツメの声により気を少しは持ち直した生徒達は、今尚降りかかる最悪の悪意に抵抗しなかまら、笑う膝を気合いで抑え一度立ち上がろうとする。だが、ルナだけは息を荒くしたまま俯いており、力なく体を抱きしめている手も、痙攣したままである。そんなルナを見てナツメが手を差し伸べようとした瞬間
「これ以上手を差し伸べるのはあの子の為には成らぬ‼︎勇者殿‼︎彼女を…信じなされよ‼︎」
宗方がナツメを止め、鬼の形相でこちらを睨んでいた。それに足止めされたナツメは、宗方の意を汲み小さく頷いて自らに降りかかる悪意に耐える。そのやり取りを見た刀奈はナツメの心を更に挫くべく彼だけにとある者からの悪意を加えた。それはー
「ーっ⁈そ、そん…なっ…‼︎」
明らかに焦燥の顔色を見せるナツメ。刀奈が悪意として加えた者の正体は、かつての魔王討伐精鋭部隊であり、ナツメを死ぬその時まで支え、今尚その最期が胸に刻まれている4人の仲間達であった。
ーお主がもっと強ければ…ー
わかっていた。あの時、炎堂戒次を貫いた魔法は本来ならば自分の体を貫いていた事を。
ー貴方がもっと賢しければ…ー
知っていた。マリン・ティアーズが囚われ処刑されたのは、自分を庇い活かす為だった事を。
ー貴方がもっと疾ければ…ー
反省していた。シルフィ・G・D・オリンピアが追撃を進言し、即座に行動を起こした時に共に進めれば、彼女のみを進撃させず、有利な状況を作れた事を。
ーお前がもっと察せれれば…ー
気付いていた。魔王を倒したあの瞬間、魔王が自分諸共死に行こうとしていた事を。
ナツメは心の中で常に悔やみ、悩み、その重圧によって自らの気持ちを抑えつけて達成した魔王討伐の任。その際に背負い、誰にも明かせず、許される事すら出来ない罪を、悪意という形で罰せられたナツメは完全に膝から崩れ、焦点の合わない目で見えるはずの無い彼らの幻影を追っていた。その様子にあまりにも不可解に思った凛音は思わず
「貴様…っ‼︎ナツメに何をした…‼︎」
この最悪の悪意を忘れてしまうほどに怒り、刀奈を睨みつける。それは凛音だけではなくミリアムも同様に静かに怒っており
「事次第では私達は貴女を生かせる程手加減できないのですが…‼︎」
この悪意の中でも鋭く通る程に磨き上げられた殺意を刀奈に向ける。それをみてぞくりと嬉しそうに震えた刀奈は
「龍膳寺の僧だけではなくやはりお主らも折れぬか…。そうじゃのう。ではヒント位やろう。お主ら2人と、ナツメにのみ関係する事じゃ。」
にんまりと口角をあげて言う刀奈に対し2人はその言葉を聞いた瞬間に完全に我を忘れて切れ
「貴様…‼︎それだけは、それだけは許されないっ‼︎‼︎」
「私の母や凛音の祖父を使い悪意をぶつけるなど…許せるわけがないわっ‼︎」
2人は叫び、魔法の発声すら忘れて天高く伸びる炎の龍を2人で生み出す。完全に怒りに身を任せた2人は、躊躇いもなく炎龍の顎を刀奈に向かわせー「止めろ‼︎2人共‼︎」
突如叫ばれたナツメの怒声により炎龍は霧散した。驚いた2人がナツメの方を見ると、気を保つ為に全身を風魔法で刻み続け、血飛沫をあげながら立ち上がる彼の姿があった。
「ナツメ…っ‼︎」
「凛音、ミリアム。お前らの気持ちは凄く嬉しい。…だが、これは世界を救い仲間を救えなかった愚かな勇者が背負うべき業だ…っ。この業から目をそらせば…あの方達の死を冒涜するのと変わりないっ‼︎そしてそれは、2人が刀奈に手を出した瞬間、お前らの祖父、母をお前ら自身が冒涜し、業を背負えなかった俺をも冒涜する行為だ…。そんな事を…大事な生徒にさせられる訳がないだろう…っ‼︎」
怒りで震える2人を抱きしめ、頭を撫でながら言い聞かせる。それを聞き、2人は自らを血塗れにして気を持ち直してまで自分達を思うナツメに対し申し訳なさがこみ上げ、行き場を失ったその感情が双眸から溢れ出す。それを何も言わず抱きしめる事により彼女らを落ち着かせるナツメは顔を刀奈の方に振り向け
「俺のクラスはとりわけ面倒でな…。ちょっとやそっとで挫ける奴など居ない。何故なら、俺が担任だからだ…‼︎」
それを聞いた刀奈は少し不機嫌そうにしながら、それでも今にも挫けそうなルナを見る事で再び機嫌を直そうとする。だがー
「…私の初めての愛は…っ悪意なんかで挫けないわ…っ‼︎」
先程まで俯き涙を流していた少女は、頭を地面に打ち付け、その美しい顔の上部…額の辺りから血を流しながらも力強く大地を踏みしめて刀奈をその青い双眸で睨みつけていた。