5-5
その後、騒ぐだけ騒いで朝から汗をかいた一同は朝風呂に行く。流石魔法体術の鍛錬で使う施設とだけあって男女別々に浴室がある為、変に急ぐ事も遅くなる事もなくゆっくり浸かることが出来た。
だが、時丸、龍膳と共に雑談を交えつつ露天風呂に浸かっている時だった。
「しかし先生体の傷跡凄いですね…これ全て大戦時に?」
「ああ。今でも覚えている。この傷はイタリアで受けた初めての傷で、これが中国に居た幹部の1人との戦いで着いた傷。これは…」
ナツメが上半身に着いた傷がどこでの戦闘時に着いたのかを話していた。それを壁越しに聞きながらニヤけている生徒が居た。心菜だった。
「男同士の裸の会話…じゅるりっ。」
『某から見てもいい肉体だ。羨ましい限り。』
「龍×ナツルート…⁈ま、まさかの…‼︎」
そう、心菜は誰にもバラしていないが親しい人達でBL構想を考えるのが好きな女子であった。
『いや、そう言う龍膳先輩も良い肉体ですよ。』
『いや、某は僧故…』
「と、時×龍っ‼︎乱れた上下関係…っ‼︎」
『大丈夫だ。そのうち時丸も俺らみたいにガタイが良くなる。良い素質があるからな。』
『その通り。某も元よりこの体格であったわけでは非ず。』
『はい、いつか並び立てる様に頑張りますっ‼︎』
「さささ…3(自主規制)で…っナツメ先生の(自主規制)が龍膳先生の(自主規制)を(自主規制)してそれを時丸君が…っはわわっ…‼︎」
妄想が暴走を始めたのか、頭の中で3人が本格的な裸の付き合いを始めた辺りで心菜の脳はオーバーヒートし、鼻からぷっと血を吹き出してそのまま卒倒した。
幸せそうな顔をしながら生まれたままの姿で倒れた心菜は、その後入ってきたルナによって介抱されるも、真実は絶対に言えない為逆上せたと言い張り、2つ上のルナかまその迫真さに黙って頷くばかりだったらしい。
全員が風呂から上がり、広間に集まると施設にいる従者達によって食事が配膳された後だった。その際鼻にティッシュを詰めていた心菜を心配したナツメに話しかけられると彼女は
「いっいえ、これは幸せすぎ…じゃなくて逆上せただけですからっ‼︎」
と焦りつつナツメに対しても有無を言わさぬ程の勢いだった為その後誰も真実を聞こうとしなかった。
朝食を食べ終え、生徒達は各々集中力を高めつつそれぞれの準備運動を始める。
前に授業を行った時もそうだったのだがその方法は本当に人それぞれで、例えばルナの場合は頭の中で何度も魔法を反芻する。龍膳の場合は自身の寺で読む御経を暗読したりなどする。だが、やはり一番異色なのはミリアムと凛音で、2人は互いに魔法を当て続けては弾き、防ぎを繰り返している。
「あの2人相変わらず派手ねぇ。」
それを見て先に準備運動を終えた鈴蘭が苦笑している。元Dクラスの人間は毎日の様に見ていた為慣れているが、それ以外の生徒からすると中々に慣れにくいものがある。だが
「それ以上に今日は凄いものあるのよね。」
生徒達と離れた所ではナツメに対し宗方と刀奈がタッグでかかり、魔法ではなく魔法体術で互いに打ち合っていた。その展開の速度は凄まじく、一手放ちながら相手の手を防ぎ、そこから次の一手に繋ぐ最速の技を瞬時に判断して打ち出していた。その為、バッバッと空を打つ掌底や拳の音が連続して響き、さながら軽機関銃を連写しているかの如く破裂音が周囲に響いていた。
そしてそれは次第に準備運動を終えた生徒達による見学会になり始め、一同は息を飲みながら3人の組手をジッと見つめる。やがて、刀奈の足蹴を流し宗方の裏拳に当て互いの威力を相殺させた後、ナツメが2人の首筋に薄く氷の剣を張らせた手刀をかざした所で組手は終了する。
「お主やはり強いのぅ。互いに2割程度で出しているはずなのにここまで自力の差があるとはのぉ。」
刀奈が参ったとばかりに何処からか白旗を取り出し振りつつ、昨日余程気に入ったのかナツメの肩に乗る。
そして宗方もナツメに解放された後腕をさすりながら立ち上がり
「うむ。儂達では既に手に負えない程かも知れぬ。」
と戯けて言い出す。だが、2人が本気を出せば此方も無傷とはいかない事を知っている為ナツメは苦笑しながら否定する。
そして周囲に生徒達が目をパチクリさせながら見学会を行っているのに気付き彼らに準備運動は終わったか問いつつ、本日の鍛錬について刀奈に聞く。すると刀奈はさも普通な顔をしながら
「簡単じゃ。昨日1日かけて鍛えた体に心がついていける様にする。たったそれだけじゃ。」
と言い、ナツメの肩から降りる。
すると生徒達を一列に並ばせて全員の顔を見回し
「お主らには今から夕食時まで妾の気を耐えてもらう。何もしないとは言え一時でも気を抜けば膝は笑い筋肉は収縮するぞぃ。そのまま1日は動けぬ上に、ひどい輩は夜中に夢に出てきて失禁する者も居るくらいに不快かつ強烈な『敵意』じゃ。耐え切れたら次の段階に進んでやるわい。」
今日の内容を説明する。それを聞いた生徒達は半ば半信半疑だったが、昨晩刀奈の異常な気に触れたナツメは、ゴクリと生唾を飲み込んだ。そして刀奈は試しにこの後送る敵意の半分位の気を当ててやると言い放ち、少し気を抜いていた生徒達に対し咳払いをし深呼吸して息を吐いた瞬間…
「ーッ⁈⁈⁈」
ナツメと宗方、そして刀奈以外の全員が気に当てられただけで腰が抜け、顔を引きつらせながらへたり込んだ。その顔は青白く、背中を伝う大量の冷や汗を拭う事すら出来ずに震える体を抱きしめる者や、恐怖の余り刀奈から目が離せず、ガチガチと歯を震わせる者までいた。
その様子をみて張り詰めていた気を緩め、いつもの調子に刀奈が戻すと暫くは立ち上がれなかったが徐々に立ち上がり、額から汗を流しつつ刀奈を見る。恐らく、彼らの頭の中に過ぎった考えはほぼ同一で『彼女は一体何者なのか』となっていたと思える程、怯えた眼差しをしていた。
「この後に放つのは今の倍じゃ。そしてそれを継続したり緩急をつけたりして当て続けるぞぃ。それに対しお主らが出来る事はただ一つじゃ。何が相手でも負けない鋼の意志じゃ。誰でも持っておろう。特に『恋する乙女』達はのぅ。」
刀奈が何かを察しているかの様にルナ、ミリアム、凛音、桜を見つめ、その後心菜だけは一度見た後首を傾げる。何かが違ったらしい。そしてその命名恋する乙女達に対し刀奈は
「妾もまだまだ恋したいからのぅ。ふふふっ。」
挑戦的な態度を見せる。その瞬間先程まで不安気な表情を見せていた彼女らが一遍して青筋を立てつつ目を吊り上げ
『いい度胸よ謎ロリ‼︎』
「な、なぞろりとはよくわからぬが…その意気じゃ。他の者達も相応に一番守りたい者や物を守る気で耐えよ。もし、それを守れなかった場合は…そうじゃな。妾が一駆けして奪ってやろうかのう。」
刀奈の言葉に全員が気持ちを切り替える。それぞれ守りたい物は違えど、それを奪わせる程気が長くはない。目をキッと吊り上げ、気迫十分になった生徒達を見て刀奈は満足そうに頷き
「その顔じゃ。それではこれより心の鍛錬を行う。…始めじゃっ‼︎」
その瞬間、施設内の空気を全て入れ替えたのでは無いのかと思う程どんよりとした空気が流れ、辺り一面から吐き気を催しそうな程ねっとりとした敵意や、鋭く突き刺さる様な殺意を乗せた敵意等、様々な気の奔流が一同を取り囲み全員の鋼の意志を折りに来たー‼︎