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訓練所内に鉄がぶつかり合う音が響く。
ナツメが使用した『剣聖憑依』により彼の体には薄い霧の様な幻影が纏わりつき、その幻影から放たれる剣戟をハルトは『武具精製』によって作り出した剣で必死に去なしていた。
体術関してはハルトが元々物理的な攻撃方法で戦っていた分ナツメの動きについていけるものの、魔法そのものに込められた魔力の差がある為、次第にハルトの剣は刃こぼれを始める。それをみた見たナツメは、刃こぼれを始めた箇所を集中的に狙いハルトの剣を折りにいく。だが、ハルトの方もすぐ様ナツメの狙いに気付いて振り下ろされる剣を強めに弾き、1度距離を取って新たな剣を作り出した。
「良い判断だ。その辺はやはり気付くのが早い。」
「伊達にこれ一つで来てませんよ…‼︎」
変わって攻撃に転身したハルトの動きは先程以上に早く、一撃は軽いもののその全てが当たれば必殺になり兼ねない場所を狙っていた。ナツメはその剣戟を複数の剣客を顕現させる事によって防ぐ。
そしてそのまま幻影のみの剣客でハルトを追撃し、再び攻守逆転する形になる。
「っ…‼︎禁忌魔法とは言え規格外過ぎませんか…‼︎」
「これで7割だぞ。まだまだあげれるが?」
「遠慮願います…‼︎」
連続で切り掛かる剣客を必死に去なしつつ、反撃の隙を窺う。しかし、一つ一つの幻影が剣を極めた剣客である為その動きには隙一つ見当たらない。いよいよ攻勢に移る手立てが無くなったハルトは
「これなら…っ」
再び距離を取り剣から槍に切り替えた。
剣の間合いで勝てないなら剣の間合い外から攻めれば良い。その考えで持ち替えたハルトだったが…
「彼奴等に間合いの差など大差ないぞ。少年。」
いきなり現れた太志の言う通り、穂先で捉えた筈の幻影はその性質を生かしてすり抜け、ハルトを袈裟斬りする。
「っくぅ‼︎」
寸前の所で鎧を精製するも、鎧ごと断ち切られ、ハルトの体に僅かな切り口が出来る。
「ふむ。鎧断ちの一撃では無いとは言え軽傷で済ますか。なかなか良い判断をしておる。」
太志の言葉にナツメは頷きつつも、ハルトが立ち上がるのを待つ。だが、初めて感じた死の恐怖にハルトは大粒の汗をかきながら屈したまま動けなくなってしまう。
「どうした。これで終わりか。」
「ハァ…ッ‼︎ハァ…ッ‼︎」
ナツメの声も届いて無いらしく膝も笑い立てないらしいハルトを見て太志は目線を切り
「今日はここまでだな。体は無事だが『心』が死んでる。この少年は暫く動けぬよ。」
ナツメに告げてその場から消え去る。それにはナツメも同意し今日の訓練は終わりだと告げる。それに対し返事もできず小刻みに震えるばかりのハルトは、ナツメが去り暫くした後小さく呻きその場で崩れるしかできなかった。
訓練所を後にしたナツメは久々に燃え上がった熱を冷ます為に外で風を浴びていた。すると、背後の影からジェシカが現れ
「その熱を冷ますの?もったい無い。」
「母上…。というかさらっと影から出てこないでくださいっ。」
慌てふためくナツメに対しからかいがてら笑顔を送り、手を差し出す。
「こんなに良い風が吹いてるんだもの。たまには踊らない?」
「…っ‼︎」
なんの気もなく差し出された手をナツメは異常なほど素早く避けて距離を取る。次の瞬間、ジェシカの影から幾数もの黒い腕が伸びてきて、先程までナツメが立っていた地点で空を切るように掴もうとしていた。
「そのまま情熱的に戦闘ましょ?」
ジェシカの笑みからかつて経験した事の無い程の殺意が現れる。それを感じナツメは思わずニヤリと笑みを浮かべてしまう。
「ええ、俺で良ければーッ‼︎」
返事と共に左手を振ると、炎を纏った風が吹き込む。それをジェシカは素手で掴み取ると、体がそのまま溶けるように沈んでいき、ナツメの足元から現れて横薙ぎに黒い小刀で一閃してくる。対しナツメはすぐさま宙へ体を逃し、影から這い出ようとするジェシカにむかい上から巨大な炎を落とす。
「これなら影は出来ませんよっ‼︎」
「上手いけど甘いわ。」
ジェシカは上から降りかかる巨大な炎を丸ごと水の球で包み込み、そのまま凍らせる。それを影の腕で切り続け、細かくなった氷塊を風に乗せてナツメに打ち返した。
それを見るやナツメは土の壁を作り出し、その上に乗って氷塊ごとジェシカを押し潰しにかかった。
「母を殺しにかかるナツメの表情…最高に可愛いわ。」
「こちらからすると少し子離れして欲しいものですがね。」
「や〜だっ。ナツメはずっと母の物よ。」
甘える母を苦笑いしながら払いつつ、頭の中で三重詠唱し、組み合わせの違う混合魔法を同時に放つ。上からは炎の竜巻が、胴を穿つように氷で出来た刃が、足を掬う様に土石流が流れ出し、ジェシカの逃げ場を全て塞ぐ。するとジェシカは堪らず
「『破邪聖域』‼︎」
自身が開発し、ナツメが最終防衛手段として使う禁忌魔法を放った。その隙を見逃さずナツメは近付き、即座に『剣聖憑依』を行って母を逆袈裟に切り裂く。しかし、その刃は母の手前で止まる。
「私の最終防衛手段はこの影なのよ。常時発動型独自魔法『暗黒隠者』。常に発動する分魔力を垂れ流しにしないといけないからある種呪いみたいなものだけれどね。」
そのまま剣を弾かれ、元の位置に戻らされた。
「けどこれで守らさせられたのは魔王と太志、そしてナツメで3人目よ。改めて強くなったのね。」
ジェシカは先程までの殺意を収め、我が子の成長を喜ぶ様にナツメの頭を撫でた。その温もりがくすぐったかったナツメは、照れ隠しに払おうとするも、その反応を見て可愛いと感じたジェシカは、ナツメを抱き締めて撫で始めるのであった。