3-5
噴きあがった炎が霧散し、辺りから熱気が消え去った後道にはハルトの盾により守られた凛音達が息を切らして座り込んでいた。
「ハァ…ッハァ…ッ‼︎まさか究極魔法まで使えるなんて思ってなかったから焦ったよ…‼︎」
人一倍息を切らしたハルトが驚きを隠す事なく凛音を褒めた。対する凛音は、道に倒れこんだまま笑い
「炎堂家に伝わる…唯一無二の究極魔法だ…。ハァ…ッ…炎堂家なら…誰でも使える…が、使いこなすのは…まだまだ無理…。」
どうやら完全に魔力を切らしたらしい。このまま動けないとばかりに首すら動かさずに答えた。それを見てミリアムは凛音に近づき
「無茶し過ぎ。本当に私達ごと燃やしにかかるとは思わなかったわ。流石バカ。」
と、悪態をつきつつ凛音の頭を膝に乗せ、膝枕の形をとった。それを見た心菜が「ミリ凛の薄い本…」と一瞬今までに見せた事のない様な表情で呟いたが、誰も気付かず互いの健闘を讃えていた。
「まぁ実際良くやった。あれ程までに強い連携は中々出来るもんじゃない。合格だ。」
「貴様もそう思う…えっ⁈」
ミリアムと凛音の頭を撫でながらニコニコとしているナツメを見て、凛音は思わず飛び上がる。同様に、疲れが飛んだかの如く他の生徒もナツメから遠ざかる様に距離を取る。
「き、貴様何故普通にしている⁈」
凛音の疑問にナツメは笑顔で先程まで自分が居た地点を指差す。すると、そこにいる黒焦げのナツメはいきなり首を上げ、ケタケタと笑い始めた。
「キショッ⁈な、なにあれ…?」
「俺の独自魔法の一つ。『悪魔人形』だ。遠隔操作型の魔法探知の応用で出来ている分身みたいなものだ。もっとも、こいつ自体は魔法を使えないがな。」
そう言うと指を鳴らして魔法を解除する。すると、床に染み入る様にどろりと人形は溶け消えていった。それを聞いて更に脱力したのか、全員床にへたりと座り
「勝てる気がしないわ…。」
思わず泣き言を漏らした。しかし、ナツメは落ち込むミリアムに対し良くやったと褒め
「俺の『悪魔人形』は魔法を使えない分体術などは俺と同じ速さだ。それに対応出来るだけ凄いと思うぞ。」
と、言いながら魔力回復の触媒を皆に手渡した。実際、この『悪魔人形』は大戦時に殆どの魔王軍斥候を蹴散らしながら行動範囲を広げ、ナツメ達の情報収集に一番貢献した魔法でもある為人並の魔法使いでは逃げる事すらままならない。
…しかしそうなると一つ疑問になる点があり、心菜は思わず聞いてしまう。
「しかし、最初からこの子ではなかったですよね?いつからですか…?」
そう。確かに自分達の拠点を襲ってきたナツメは魔法を使っていた。つまり、最初はナツメ自身が追っかけてきていた。そして、その後も魔法を撃って来ていたのでそれもナツメ本人である筈である。という事は、どこかで『悪魔人形』と入れ替わった瞬間がある筈なのだが、それが見当たらない。どのタイミングで入れ替わったのかがとても気になっていた。
しかし、それはナツメの口から答えられる前にミリアムが口にする。
「私達が到着してハルトさんの剣を折ったタイミングで変わってると思うわ。あの瞬間誰もナツメ先生を見ていないもの。」
「ご名答。ハルトの剣を受ける直前に俺は近くの『悪魔人形』と場所を入れ替えた。出なければ俺の腕は今頃無いからな。」
実際のカラクリとしては、ハルトの剣を受ける直前、あらかじめ腕を硬質化させた『悪魔人形』と場所を交代。あたかも宗方無刀流で攻撃を無効化させたかの様な形をとった。
「無論実践であの技は使えると思うが、失敗する可能性もある。だからそのリスクを避ける為にな。」
「通りで距離を詰めてくる訳ですよ…。」
やり辛いとばかりに溜め息をつくハルト。それを見て笑いつつ、空を見上げる。
「うん、どうやらこんなもので良いらしい。この後しばらくはもう襲撃に行かないからゆっくり休みな。また数時間後追いかけるよ。1日目、無事全員にクリアだな。」
いつもの優しい笑顔で全員を見渡した後、またなと言い残しその場から消えた。その後、ナツメはルナや御堂達の方へ行った藤堂と合流する。
「お疲れ様です。どうでした、そちらは。」
「やはり御堂君たちが凄い。私の魔法をしっかり研究している。」
聞く所によると、藤堂の出す雷をことごとく水にされたり燃やされたりした上、ルナ達の必死の猛攻を受けてかなりな劣勢に立たされたとか。それを聞くやナツメは笑い、今日は逆になろうと提案する。それを聞くや藤堂は賛成し、とりあえず休む様に勧められた。
「そうですね。彼女達がまとまって行動し敵対されると多分抑えが効きにくいので…俺らも早めに魔力を回復しておきましょう。」
藤堂の提案を快く受諾し、ナツメと藤堂は一度学校の職員室へと戻った。
職員室へ戻ると、時間はまだ朝より早く夜明け直前だったみたいで、2人以外は誰も居なかった。それを見て少し安心した2人はそのまま特設した休憩所へと向かう為、保健室の隣の空き部屋へと向かう。
そこには各々の一番休みやすい環境が設置されており、そこで2人は仮眠を始めた。
思えば、今日1日だけでももの凄い量の収穫があった。
御堂3姉妹の対応力は勿論の事、凛音達の連携力、個々の爆発的な魔法力、それを使いこなす為の局地的な制御力。全てが普段の授業では得られない位の成果である。
それだけ窮地に追い込まれた生徒達が才能を持っていたと分かり、益々明日以降の授業が楽しみになっているナツメであった。
一方、藤堂、ナツメによる休息を言い渡された12人は、それぞれ思い思いに羽を伸ばしつつコンディションをベストに近づけていた。
特に、女子生徒達は無料で食べれるスイーツ店を回り始めたり、男子はそれぞれ趣味を過ごす場所を見つけたりと楽しんでおり、訓練所無いとは思えない程の都会化した施設を堪能していた。
「しかしこれだけの自動人形を置いてても差し支えない人形師って凄いわね。」
訓練所内のとある喫茶店でお茶をしているルナと鈴蘭は、興味津々に店員を眺めていた。この訓練所内にいる店員は、全てが魔法でできた人形であり、行動パターン、挨拶、更には被撃時の自動修復まで何でも積んだ魔力の結晶と言われるものであった。
「まぁ世界屈指の独自魔法所持者でもある『人形奏者』による物らしいからねぇ。ナウいを超えてオーバースペックいだよ。」
「そのオーバースペックいってよく分からないけど、確かに常識じゃあり得ないわね。…はぁ、世界は広いわ。」
昨日、藤堂学園長による襲撃を受けて余計に落ち込むルナ。確かに、昨日は手を抜かれていたとは言えど藤堂を追い詰めれた。しかし、彼が本気ならどうだっただろうか。それこそ、殺す気で立ち向かって来られていたなら今頃自分は生きていたのだろうか。悩みはどれ程考えても尽きなかった。
そしてそれは鈴蘭も同じで、今の自分より少し強い状態で抑えられてたからこそ五行思想で相生させれたのだと分かっていた。なぜなら、許容を超えた威力の魔法である場合相生も相剋も作動せず元の魔法に潰されてしまう。それ故に自分より少し強い位の魔法使いまでしか戦えない事から『マイナーマジック』と言われ続けているのである。
そして鈴蘭はそれが嫌だった。自分の家系を支え続けできた魔法が二流三流扱いを受けて許せる程気長ではなかった。
「まぁ仕方がないわね。あの二方は世界屈指の魔法使い。普通なら話す事すらままならない相手よ。」
「確かに。今更ながら自分の環境って物凄くヤバい気がする。」
将来、卒業した後自分の師が雷神と勇者であると周りが知った瞬間、その影響はとてつも無い物になるだろう。それらを考えると思わずにやけてしまう2人であった。
対して、男子は特に集まる事なくバラバラに動いていた。その中でも、龍膳は何かに没頭する訳でなくひたすら街中を散歩していた。すると、たまたま街を歩いていた心菜、ミリアム、凛音と出会う。
「あ、龍膳先輩こんにちわ。何か探し物ですか?」
「これは夢見殿等御三方、深夜振りで。某はいざという時の為の下見と策を巡らす為に散策している。」
龍膳は常日頃から自身が最も効率良くサポート出来るように下見を欠かさない男であり、それこそが彼の真骨頂である罠や策を巡らした戦い方を支えていた。
「そのお陰で昨日は何とか勝てました。ありがとうございます。」
ミリアムが素直に言うと龍膳は少し照れたように頬を染めながら頷く。どうやら龍膳はあまり女子と話すのが得意では無いらしい。
その後、龍膳と共にする様に歩きながら散策していると、日が昇ってきたのか外と連動した擬似的な空が明るくなり始めたので、一度拠点に戻る事にした。
その頃、楓と桜は孫兄妹と買い物に出かけていた。その中で、日本語を話せない2人に対し楓は少しでも話せる様にと日本語を教えながら歩いていた。しかし、当の孫兄妹は全く話せる様子がなく
「あー、このふく、は、い、い、」
「いくらですか?です。」
「理解。いくら、ですか。」
『単語検索中。回答。この服はイクラではありません。』
店員との会話に悪戦苦闘していた。その様子に桜は思わず笑いながら、自分が着る服を探しつつ、結局普段家で着ている着物を購入する。
「やっぱ着物の方が気持ちが落ち着く。うん。」
買った着物に早速身を包みつつ、桜は一緒に買った足袋と下駄に履き替え、楓の元へと戻った。すると、孫兄妹は頭から煙を出しながら
「楓、ナツメより怖い…。」
と、今までで一番流暢に日本語を話すものだから思わず吹き出してしまう。
その後、3人とも楓に拳骨を食らったのは言うまでもなかった。
各々が休息を楽しみ、しっかり体を休めながら過ごす事8時間。午前11時を過ぎた頃にナツメと藤堂は目を覚まし、汗を流した後再び訓練所へとやってくる。
「さてと、そろそろ始めないとこのまま楽に5日間過ごされてしまう。坊ちゃん、行きましょうか。」
藤堂の言葉に目で返答したナツメは、すぐさま空へと向かい『悪魔人形』を数体放つ。もはや、隠す必要がなくなった今それを逆手に取り広範囲で探索するつもりらしい。そしてそれを合図に二日目の授業が開始された。