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一方、イギリスに戻ったパシフィスタ達は一目散に官邸を目指し状況を把握する為に国内の魔法使いを集める。
すると、酒の匂いを漂わせた魔法使いが少し赤い顔で現れパシフィスタに敬礼した。
「お疲れ様です。ご無事で何よりです。」
「そちらもな。…と言うより最早祝勝ムードだが、まだ終わってないんだろう。」
「…いえ、それが…。」
言い淀んだ魔法使いに不審な眼差しを送った頃、勢いよく扉が開き生徒達が中に詰め寄る。
「おかえりなさいナツメ先…あれ?」
「お久しぶりです生徒会長。先生はまだエジプトですよ。」
「あら、ハルト君帰ってきたのね。…見違えたわ。」
「あ、ありがとうございます鈴蘭先輩。」
どうやらナツメを迎えに来たらしい。だが、見当たらないところをみて肩を落としその興味はハルトへと注がれた。
しかし、それを制する形でパシフィスタは一同を落ち着かせ状況の確認を取る。
「それなら既に終わってますよ。昨日で。」
「何⁈それは本当か?」
まるで簡単な仕事を片付けたかの様な声色で言い始めるルナに驚き、パシフィスタは思わず目を見開く。いや、パシフィスタだけではない。驚きこそは小さいものの、ジェシカ達も驚愕していた。
「私達ですら互角を保つのに精一杯だったのに。よくやりましたね。」
「いや、その…何というか…。」
「…?」
ジェシカに褒められるも言い淀むルナ。
先の魔法使いといいルナといいどこか消化しきれない様子に首をかしげる。
するとその疑問を解決するかの如くセルベリア、リリーナ、シュバルム、龍虎が現れた。
「な、何故首脳が4人も…⁈『幻惑師』、『武帝』、国は…ロシアからの圧力は…⁈」
「御無沙汰だな。その事に関してだが、我々にも奴らにも予想外な事が起きてな。」
「クックック…愉快だ。愉快すぎる。素性が違えど、『惰眠姫』は『惰眠姫』なのだ‼︎アーハッハッ‼︎」
「…早い話があの子、睡眠期に入ったの。来月まで起きない。」
「ただ、あの子の睡眠中は不可視、不感知、不可侵、反射、不知覚の結界を無意識の内に貼っている為こちらからは手出し出来ないの。」
「それでイギリスの奴を一気に叩こうと。…まるでわざとその様に仕組んであったかの如く僥倖だ。」
4人の報告に太志が頷きながら言う。するとシュバルムはニヤリと笑い
「ハッハッ…何の事かね?」
「やはりか。さしずめ流石と言うべきだな。」
「どういう事なの、太志。」
「シュバルムは知っての通り頭が切れる。首脳の中では陣を構え指揮を取る焔ちゃんばかりが注目されがちだが…此奴はそれとは違う、策謀家としての頭の良さがある。俺は見ておらぬが先の会談から仕掛けていたのだろう。」
「クックック…その通りだ。あの『惰眠姫』が定時に来るなど怪しくてな。奴にはとある仕掛けをしておいた所…ビンゴだった。ここ数週間ぶりの睡眠だからな。しっかり寝てもらおうではないか。」
何とも恐るべき男だ。その用意周到さに驚いた他一同は呆気にとられ、あまり働かなかった彼への不信感を払拭するかの様な表情でシュバルムを見つめた。
「早ければ明日にはナツメが帰って来よう。その時に戦の詳細でも教えてもらえるか?」
「構わない。私もナツメに会いたい…。」
「珍しい、『人形奏者』が誰かに会いたがるとは。」
「違う。『悪魔人形』が生徒達の玩具になってるから返さないとヤバい。」
ああ…と納得したパシフィスタは、この場にいない桜や凛音、心菜とミリアムに気付き溜め息を吐いた。
ともあれ、無事に倒した事は事実であり
その武勇譚を早く聞いてみたいとも思った彼は、ナツメが明日戻る事を祈りつつ一同を解散させ、自身達も休息を取り始めた。
翌日。
所変わってエジプトに居るナツメ達は少し遅めの起床をしてホテルを後にした。
街に出ると、いつもは巡礼の時間で人気がない筈の通りには沢山の人が移ろいでおり、これが本来のこの街の姿である事が分かった。
その賑やかさを見た2人は、改めてアザゼルを倒しこの街にかけられていた幻惑の魔法が解けた事を確認しては微笑み合い、正規の方法でイギリスへと向かう。
実に4日。短くも長い戦いは幕を閉じ、ナツメを待つ生徒達の元へと戻る。緊迫の両面作戦は無事、成功といった形で終了した。