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「そうだ。あの中身、冷凍庫に移しちゃおう」
英介は立ち上がり、玄関脇に積んだクーラーボックスに近寄ろうとしたが、それを凛が制した。
「私たちがやりますよ。お手伝いなんですから。お金も貰ってるわけですし」
「いや、一応みんなにもコテージの中を案内しておきたいし、俺がやるよ。二人も色々と疲れてるだろうし、ここでゆっくりしてて」
英介が二人をソファに座るよう促して、他の全員でコテージの奥へと向かった。
リビングの右奥はキッチンに繋がっていた。広々としたスペースは、まさしくパーティーをするにはもってこいである。大きな冷蔵庫が二つもある上、収納はこれでもかと備え付けられていた。オーブンや小型の竈まである。ここなら本格的な料理もできそうだ。と言っても、俺は料理はてんでダメなのだが。
キッチンから廊下に出た。廊下はL字型に伸びていて、丁度ここはそのL字の折れ目の所に位置する。
俺たちは英介に付いて、廊下を右に進んだ。右手に大型の冷凍庫の扉がある。英介いわく、最強に設定するとマイナス六十度程にまで冷やすことができる、業務用のものなのだそうだ。中は凍えるほど寒く、薄着の俺たちは鳥肌を立たせて、がたがたと震えながら、身を寄せ合っていた。庫内には既に豪勢な食材の数々が収められている。やはりあの二人があらかじめ買い出しに出ていたのだろう。
俺たちはクーラーボックスの中身をそこに移して、冷凍庫を後にした。
廊下の左手には――つまり冷凍庫の反対側には――物置の扉だ。廊下はさらに奥へと続いているが、突き辺りは外へと通じる裏口のようだった。擦りガラスの扉越しに、外の景色がモザイクがかって見える。
廊下を引き返し、再び折れ目の部分にやってくると、今度はまっすぐ伸びた廊下の方へと歩を進めた。
英介に促されるようにして、廊下の右側にある遊戯室と書斎に通された。遊戯室にはビリヤードやダーツ、カラオケにその他諸々の見たこともないようなボードゲームやカードゲームまでもが、雑然と置かれていた。これならば万が一悪天候に見舞われたとしても、有意義に暇を潰すことが出来そうだ。
書斎のほうは、壁一面が本棚になっているのだが、それだけでは足りないようで、図書館のような動く本棚の設備まである。その蔵書数は、そこいらの学校の図書室などよりもよっぽど多いだろう。本を検索するための端末まで設置されていた。廊下の左手には、これまた広々としたダイニングがあった。白い西洋風のロングテーブルに、白の高級感ある装飾が施された椅子からは、清潔感が伝わってくる。椅子は全部で十脚あり、俺たち全員でも余裕で一斉に食事を摂ることが出来そうだ。
その他、一階にはあとは風呂場やトイレなど、一通りのものは揃っているようだった。
さらにリビングの階段から二階に上がったが、こちらは部屋が数室あるだけのこじんまりとしたものだった。
「ここは客間だけど、今は氷水さんと不入斗くんの部屋になってるよ」
英介は手前の二部屋を指差した。
「このメインのコテージの中は大体こんな感じだね。じゃあ、そろそろ自分のコテージに荷物を置きに行こうか」
英介に連れられて階段を下りると、今しがたキッチンから出てきた凛とばったり出くわした。凛は腕をまくって、ハンカチで両手を拭っている。リビングのテーブルがすっかり片付けられていたから、どうやらティーセットを洗っていたようだ。
「あ、丁度いいや氷水さん、今から皆をコテージに案内してもらえないかな?」
「はい、わかりました」
突然の依頼にも彼女は愛想よく頷き返した。
彼女はさらにキッチンに顔を向けて、
「そういうことだから、あとは頼んだよ、兼人」
と声を掛ける。不入斗の怠そうな返事が戻ってきて、呆れたように肩を竦めると、彼女は俺たちに向き直った。
「それでは皆さん。荷物を持って、私についてきてください」
その声に促され、俺たちは凛の後に続いて、コテージの外に出た。
もうすぐ日没の時間なのだろう。
空は物寂しげな赤橙のグラデーションに彩られ、木立の隙間には闇が広がりつつある。
宿泊場所となっているコテージは、外装こそほぼ同じであるが、メインのものよりも一回りほど小さい。それでも、一人一棟充てられているのだから、十分すぎるほどの大きさだ。凛の案内で、不規則に並んだコテージの中へと、一人また一人と姿を消していく。
遂に残ったのは俺と英介と凛だけになった。
「ここが、末田さんのコテージです」
凛に示されたログハウスもまた、これまで見てきたものと同様の造りであるようだった。
「そして、あちらが槻さんのコテージですね」
少し離れたところに、英介のコテージがあった。
「それでは、私は御夕食の準備をしなくちゃいけないのでこれで。準備が整いましたら、お呼びします」
それだけ言って小さく頭を下げると、彼女は忙しなさそうにメインコテージに踵を返した。
八人分の食事を、彼女と不入斗の二人で拵えなければならないのだから、それは大変なことだろう。英介ももう少し気を利かせて、雇う人数を増やしておけばよかったのに。
と、ちらと英介の方を見てみたものの、彼は既に自分のコテージに入ろうとしていた。心なしか、その背中には重しが乗ったように緩慢な動きである。ここへ来る道中、色々と揉め事があったので、心労が祟っているのだろう。
俺の方も、疲れのせいか、車酔いのせいか、なんだか全身がぐったりとしてきたので、そそくさとコテージの中に引っ込むことにした。
不入斗からもらった鍵で扉を開け、中に入ってみたが、電気が点いていなかったので薄暗く、ぼんやりと物の輪郭しかわからない。壁を手探りでスイッチを見つけて、入れてみると、パッと部屋中が明るくなった。
靴を脱ぐためだけの小さな土間があり、その脇にはシューズボックスが取り付けられている。土間から一段高くなった床にはフローリングが敷かれていて、すぐそこがリビングになっているようだ。リビングには更にカーペットが敷かれ、ソファにテーブルに戸棚と、家具はすっかり揃っている。どれも高そうだ。
リビングには二つ扉があり、左手前の扉は寝室へ、右奥の扉は風呂場、トイレといった水回りへと繋がっていた。このコテージにはキッチンはない。飯はメインのコテージで食べろという事だろう。
しかしそれにしても、これほどまでの物を、恐らくは多額の金をつぎ込んで造っておいて、殆ど利用することなく手に余らせておくなんて、やはり金持ちの考えることはわからない。
俺は荷物を寝室に運び込むと、そのまま身体をベッドに預けた。一度倒れ込んでしまうと、重力に逆らうことができず、鉛のような身体をベッドの上で転がすばかり。
とは言え、流石に暇なので、しばらくぼうっとした後に、例の読みかけの推理小説を手に取り、寝そべりながら読み始めた。
どこにいても、結局は同じだ。
俺がやることと言えば、これぐらいしかない。
せっかくこんなところまで来たのだから、誰かと遊ぶとか、自然に触れるとか、そう言うことをすべきなのだろう。だが、今の俺には、どうもそうしたものに対する興味は湧かなかった。
それはただの一過性の無気力なのか。はたまた未だに治まりを見せない、車酔いの延長線上にある胸のむかつきのせいなのか。
いずれにしても、やはりここに来たのは間違いだったのだと知ることになるのだが、この時の俺はそんな事、予感さえしえど、知り得る由など微塵もなかったのである。