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「山奥の別荘っていうから、どんなもんかと思ってたけど、結構良い別荘みたいで安心したよ」
俺は胸を撫で下ろしつつ、コテージを見上げた。
「だから言ったろ? ……っと、鍵がないから、中にいるみたいだ」
英介は玄関脇に置かれた植木鉢を持ち上げた。そこに鍵を保管していたのだろう。
「随分と不用心だな」
俺がそう言うと、英介は肩を竦めた。
「こんなところまで人は来ないからね。これでも十分だよ。さ、みんなこっち来て」
彼は玄関を開けて、コテージの中へと俺たちを招き入れた。
「へええ、中も広いなこりゃ」
玄関から中をぐるりと見回してみると、吹き抜けの天井の高さは四、五メートルはあり、開放感がある。このリビングだけで、俺の部屋が二つや三つは余裕で入ってしまいそうだ。
リビングにはソファやテーブルはもちろんの事、暖炉や燭台や骨董品といった調度品が、品良く配置されている。例の巨大な窓から斜陽が差し込んで、そうした西洋風のシックな家具を輝きの中に浮かび上がらせている。まるで絵の中の世界にでも入り込んだような心地だった。
正面には大きな振り子の柱時計が見え、今もなお時を刻み続けていた。文字盤の針は午後四時半を示している。
「お〜い、氷水さん、不入斗くん、いるかい?」
英介が奥に向かって声を張り上げた。ぴくっとその名前に耳をそばだてたのは、八逆だった。彼の顔は元からあまり血色のいいほうではないが、そこにさらに翳が落とされたような気もする。
二階の方からばたばたと騒がしい足音が聞こえ、髪の長い女性が吹き抜けのところからひょっこりと顔を出した。
「あ、皆さん、到着なさったんですね。ちょっと待っててください。今行きます」
その顔が引っ込んだかと思うと、またもばたばたと慌ただしい足音がした。足音は階段を降りて、玄関へと近づいてくる。その音の主は、先程顔を見せてくれた女性だけでなく、彼女よりも少し背の高い、童顔の青年でもあったようだ。
二人は俺たちの前に並ぶと、頭を下げて丁寧な挨拶をした。
「こちら、今回の旅行で俺たちの手伝いをしてくれることになっている、氷水凛さんと、不入斗兼人くん」
英介が二人を紹介した。紹介された二人はまた会釈をする。
氷水凛は、長い艶やかな黒髪で、背はそれほど高いというわけではないが、八頭身はあろうかというそのスタイルは、彼女の小顔のなせる業だろう。まるでモデルのようである。薄化粧だが顔のパーツも整っていて、垂れ目が優しそうな印象を与えてくれる。
不入斗兼人の方は、童顔でおかっぱ頭の芋臭い田舎の少年といった風情だ。身長こそ彼女より高いのだが、胴長の短足は農耕民族の日本人的な体型を絵に描いたようなものである。何から何まで洗練されたような凛と比較すると、彼はまさしく対極の位置にいるようだった。
八逆は彼の顔を認めると、そこから視線を逸らしていた。そしてそれを誤魔化すように、目を泳がせる。不入斗のほうも僅かではあるが、似たような反応をしている。
だが他の人たちはそれに気付いていないのか、特に二人の関係を言及することはなかった。
「どうぞよろしくお願いします。さあ皆さん、とりあえずコテージの鍵をお配りしますので、スリッパに履き替えて、リビングでおくつろぎください」
凛がはきはきとした声で俺たちを促すと、お茶の準備をするためか、奥に見えるキッチンに向かった。凛に何事か言われて、不入斗は嫌そうな目で彼女を見返しつつも、口には出さずに奥の部屋に入っていった。
「なんだ、お手伝いって二人とも女じゃねえのかよ」
つまらなそうに、天司はわざとらしい溜息を吐いた。
「二人とも女だろうと、お前なんかには見向きもしねえよ」
またかと言う感じで、呆れた様に夕月が毒づくと、
「それもそうだな、はは」
と、自嘲気味に天司は笑った。
俺たちは凛に言われた通りにスリッパに履き替えて、荷物を隅に置くと、リビングのソファに腰を据えた。
リビングは既に冷房が効いているらしく、外よりもずっと快適だ。皮膚を伝っていた汗が、どんどん引いていくのを感じる。上を見上げてみると、天井から吊り下げられたファンが回転していた。こんなもの、近所の気取った喫茶店でしか見たことがない。
更にぼんやりと部屋を見回していると、程なくして、奥に消えた不入斗と凛が戻ってきた。不入斗は鍵束を手に、凛はティーカップやティーポット、お茶菓子をトレイに乗せて、運んできた。
「皆さんお疲れでしょうし、お茶でも飲んでゆっくりなさってください」
凛はソファの前に置かれた、天板が透明なガラス細工になっている背の低い小洒落たテーブルに、静かにお茶を並べていく。
「あっ、そうだ。アイス貰いますね」
乃亜が思い出したように、はたと立ち上がってクーラーボックスに近づいた。その中からアイスを一つ取り出して、幸せそうな笑みを零しつつ、ソファに座り込む。紅茶用に出されたスプーンでアイスを一口頬張ると、目を一層輝かせて頬を押さえていた。
「こちらが鍵です。皆さんお一人ずつにコテージが一棟充てられています。鍵はそれぞれ一つしかありませんから、失くすと色々と面倒なので、しっかり管理しておいて下さい」
俺たち一人ひとりに鍵を手渡しながら、不入斗はそう言った。
八逆に鍵を渡す際、再び二人の間に不穏な空気が流れていた――ように感じた。
「一人一部屋どころか、一人一棟とは豪勢だね」
夕月が感嘆の声を漏らした。
一つしかない部屋の鍵。それは少し前に遭遇した事件の現場をフラッシュバックさせた。
その上、この別荘への道は、あの信頼できない吊り橋のみ。否が応でも、クローズドサークルで殺人事件が起こるという、推理小説さながらの展開を思い起こさずには居られなかった。実際、今年に入って二度もそうした状況で事件に巻き込まれているのだから。
言いしれぬ不安に襲われて、慌ててポケットからスマートフォンを取り出して確認したが、アンテナは一本たりとも立っていないし、立つ気配さえも見せない。
お陰で、不安は更に増幅した。
俺は英介に尋ねた。
「なあ、まさかここ、携帯が使えないとかないよな?」
凛の淹れた紅茶に口をつけていた英介は、それを呑み込んで、
「ああ、携帯は圏外だよ」
やはり。嫌な予感が的中した。一層顔から血の気が引いた。
しかし、英介は俺の心中を目敏く察してか、明るい笑いを飛ばす。
「ははは、携帯は使えないけど、電話ならちゃんとあそこにあるよ」
彼が指差した先に、確かに固定電話が置かれていた。
「だからそんな心配すんなって」
英介は俺の肩をぽんと叩いた。
「でも……」
「ミステリの読みすぎだよ。何も起きやしないさ」
気にしないようにと英介なりに心配してくれているようだった。
だが、そんな固定電話など、然るべき時に必ず意味を成してくれるとは限らない。
その場はそれ以上ごねるのも気が退けたから適当に相槌を打っていたが、胸騒ぎが収まることはなかった。