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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第八章 謎解き
46/53

5

 全員を引き連れて、俺は英介のコテージに向かった。

 受け取った鍵を使って中に入る。


「英介、お前確か、コテージにはいつも鍵かけてたっていってたよな」


「ああ、そうだよ」


 俺の質問にも答えはするものの、英介は俺のほうを見向きもしなかった。

 俺は英介以外の三人にも、犯行に使われた凶器や血の付着した衣類等がないか、中を色々と調べてもらったのだが――。


「何もありませんでしたよ」


 と、戻ってきた三人は口々にそう言った。実際俺も見て回ったが、そういうあからさまな証拠は、何一つ発見できなかった。

 その一部始終を玄関から傍観していた英介の顔は、得意気なものになっていた。そこには、この部屋から殺人に関する何かが見つかるなど、微塵も思っていない自信が表れていた。

 こうなれば、一か八かだ。

 俺は最後に残しておいた、彼の手荷物を調べ始めた。

 片付いたリビングにぽつねんと置かれていた、グレーのキャリーケースだ。中に入っていたのは、殆どが着替えである。

 英介はあまり天司や瀬堂とは違って、派手な柄物や、奇抜なデザインの服は着たりしない。

 実際、そのキャリーケースから出てきた衣類は、殆どが一色しか使われていない、地味なものばかりだった。

 しかし――、

 底の方から、俺は何着かの異様な存在感を放つ服を見つけ出した。

 これだ。これこそが求めていた、決定的証拠だ。やはり、ここにあったのだ。


「見つけたよ、証拠を」


 俺はそれを引っ張り出し、全員の前に晒した。


「この服が……?」


 八逆たちはまじまじとそれを見ているが、何のことやらわからない様子だ。

 しかし英介のほうは、これまでどこか自信のあったその表情が一変し、怪訝そうな顰め面になった。


「英介センパイのにしては、何か派手な感じがするけど……」


 そう指摘したのは乃亜だ。そしてその指摘は的を射ている。


「そうだよ。何故ならこれは、英介の服ではなく、瀬堂のものなんだからね。こっちは、瀬堂のコテージにあった服だ。見比べてみてくれ」


 俺は言って、小脇に抱えた瀬堂のコテージから持ってきた服を、その横に並べてみせた。

 すると、八逆たちはざわめいた。英介は自らの眼を大きく見開いている。


「ああっ、これは――」


「そう。全く同じものだろう」


 キャリーケースから出した服と、瀬堂のコテージにあった服とは、サイズはもちろん、生地から柄の細部に至るまで、完全に一致しているのだ。

 さらに俺は、駄目押しにキャリーケースの一番底に眠っていた服を引っ張り出して、光の下に曝け出した。

 それを見て、英介の目はさらに大きく開かれることになった。


「これ、瀬堂センパイが昨日の夜に着ていた服……」


 乃亜の言う通りだ。その奇抜な柄の特徴的な服は、どこからどう見ても、瀬堂が死んだときに身に着けていた服なのだ。


「俺の言った瀬堂の殺害トリックでは、生きているように見せるために、人形に着せる分の服が必要なんだ。でも、瀬堂を殺して、彼の着ている服を脱がして使ったのでは、英介には死体にそれを着せにいく時間がない。つまり、同じ服が二着必要になるってこと。乃亜から聞いて知ったんだけど、瀬堂は旅行前に必ず服を新調するんだね。英介はそれを利用して、瀬堂の後をつけて、全く同じものを買ったんだろう」


 俺は、その服をさらに丹念に調べてみた。

 するとどうだろう。その服の一部が、破れているではないか。

 俺はポケットから、例の服の切れ端を取り出し、そこにパズルのピースを当て嵌めるが如く、重ねてみた。

 思った通り、切れ端はぴったりと合致した。

 ほつれた糸の位置。柄の形や色の一致。それらは間違いなく、この切れ端が、この服の一部であったことを示しているのである。


「見てくれ。物置で拾った服の切れ端が、ここにぴったり当てはまる。その上、さっきも聞いたように、英介はずっとこのコテージに鍵を掛けていた。つまり、こればっかりは、さっきのテープみたいに、誰かがお前を陥れるために仕込むことは無理なんだよ」


 英介の顔から、自信は完全に喪失してしまっていた。その代わりに現れたのは、絶望の色だった。


「違う! これは、何かの間違いだ! 俺は、あいつらを殺してなんかない。信じてくれよ!」


 八逆たちに必死に、声を限りに訴えかける。

 しかし、彼らは一様に、英介から目を逸らすばかり。ここまで証拠が示されてしまっては、もはや英介が犯人という事に、疑いようの余地などないのだ。


「これは罠だ! 俺じゃないんだよ。俺は何にも知らない。人形を作って生きているように見せかけた? 手首に電流を流して密室を作った? 何のことだよ! 俺はそんな事やってない!」


 悲痛な喚き声がコテージの中に響き渡る。そしてそれは虚しく、ただ響くだけだった。その感情に流されただけの、非論理的な言葉を真に受ける者は、誰もいない。


「な、なあ、おい、誰か、信じてくれよ……。頼むよ……。殺してなんかない……」


 英介の口から出てくる言葉の威力は、徐々に弱まっていった。その場に膝から崩れ落ち、がっくりと項垂れる。


「どうして……? どうして、センパイがこんな事」


 乃亜の問いは、英介の耳に入っていないようだった。彼は俯いたまま、何事かぶつぶつと呟いているだけ。その両目からは光が失せ、焦点も定まっていない。


「この調子じゃあ、しばらくは何を訊いても駄目そうだな」


 俺は大きく溜息を吐いて、首を振った。


「でも、どうします? 犯人だと分かった以上、このまま放っておくことはできないですよね?」


 八逆がそう言い出した。

 確かにそうだ。犯人を放置しておくわけにはいかない。助けが来るまでの間、どうにかその身動きを封じておく必要がある。


「どこかに閉じ込めておくとか」


 八逆はにべもなくそう言う。

 俺は一考して、


「ここじゃあ、あらかじめ脱出する仕掛けを仕込んでいるかもしれないから、メインコテージの二階の空き部屋を使おう。両手と両足を縛って、椅子に括りつけておけば、何も出来はしないだろうし」


 乃亜は何か言いたげだったが、結局何も言わず、その案に賛成した。

 そういうわけで、俺たちは英介をメインコテージの空室に入れ、ロープで椅子に縛り付けて両手足の自由も封じた。部屋の中から脱出に使えそうな、ハサミやカッターナイフ等を没収し、すっかり精根尽き果てたといった様子の英介を置いて、階下に降りた。


「それで、これからどうするんですか?」


 凛は俺たちを見てそう尋ねてきた。


「英介はあんなだし、一応こうしてロープを切れそうな道具は運び出したから、あそこから抜け出したりはできないとは思います。兎に角、あとは助けが来るまで、待つしかないですね」


 そう。これ以上、俺たちにできることはない。後は警察に任せるべきだ。

 俺たちは自分のコテージに戻ることにした。凛は万が一という事も考えて、乃亜のコテージで彼女と一緒に一晩過ごすことになったのであった。


 俺の脳裏には、犯人だと宣告された時の、あの英介の表情がこびりついて離れなかった。

 出来ることなら、嘘だと言って終わりにしたかった。しかし、みすみす犯人を逃すことはできない。

 俺は頭を振って、そのイメージをどうにか頭から離そうとしたが、それは徒労に終わった。恐らく、この件が片付いても、英介の顔はこの先一生ついて回ることだろう。

 これ以外に方法はなかった。仕方なかったのだ。

 そうやって自分を正当化しつつも、どこかやるせない気分だった。

 そんな気分のまま、夜はどんどんと更けていくばかりであった。

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