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「夕月が、自分の手で……?
はっ、じゃあ、自殺だっていうのか? なら、俺は関係ないだろ」
英介は鼻で笑った。馬鹿馬鹿しいとばかりに肩を竦める。
「自殺じゃないよ。自殺で自分の身体をバラバラになんてできない。夕月の手が、殺されて切り取られた後に、鍵をかけたんだ」
「おいおい、今度はオカルトか? それはお前の一番嫌いな類の話だろ。もしそうなら、これはもはや人間の所業じゃないはずだ。俺のせいにするな」
彼はさらに侮蔑を含んだ目で俺を見下した。そんな超常現象で説明付けようとしていると思って、失望したようだ。しかしこれは、言葉の綾というやつで、大いなる誤解である。
「勿論、オカルトなんかでもないよ。これらは、人為的かつ作為的に行われたんだ」
「で、でも、一体どうやって……」
八逆がおずおずと訊いてきた。言い回しがオカルティズム過ぎて、彼もまた困惑していたようだ。
「理科とか生物の実験で、解剖したカエルに電気を通すと、筋肉が痙攣するってやつ、知ってる?」
俺は誰にともなくそう尋ねてみた。
いきなり何を言い出すんだと混乱したような顔を向けられる。
そんな中で、おずおずと凛が手を挙げた。
「あ、私、聞いたことあります。うちの学校ではなかったけど……。確か、死んだ後も筋肉にエネルギーが残っているから、電気に反応して痙攣するとか……。
えっ、じゃあ、まさか――」
凛は悟ったようだった。
「そう、そのまさかさ。英介は、それを夕月の手を使ってやったんだ。お前はまず、ドアに内から鍵を差し込んで、バラバラにした夕月の手首をそこに引っ掛けた。ちょうどこう、二本の指で引っ掛けるようにね」
俺は自分のコテージの鍵をポケットから取り出し、その頭の所に人差指と中指を引っ掛けてみせた。
「そして外へ出て、バランスを保ちながら、ゆっくりと扉を閉める。後は、乾電池に銅線を繋いで、その銅線を鍵穴に差し込むだけ。鍵は金属で出来てるから、銅線が触れると電気は鍵伝いに夕月の指へと流れ込む。それで指の筋肉が痙攣し、鍵を回したんだ」
鍵に引っ掛けた指に力を加え、鍵を回転させてみせる。
「その証拠に、玄関の傍に落ちていた夕月の手首をよく見てみたら、指に焦げた跡があったよ」
「な、成程……」
八逆はそう言いながらも、顔を顰めていた。
死体を完全に物として扱っているトリックだ。嫌悪感を抱くのも無理はない。彼の英介を見る目も、畏怖ばかりではなく、忌まわしさを孕んでいる。
それは乃亜も同様だった。これまで、彼女は英介とは馬が合い、馴れ馴れしく、どこか兄妹のように接しているような雰囲気を醸し出していた。それが今や、一歩後退って、何か恐ろしい異形の化け物の姿を見てしまったような顔をしている。
「で、でもそんなのは、俺たち全員にできる話じゃないか。俺がやったっていう証拠にはならないだろうが」
密室の謎を解いても、まだ英介は諦めようとしなかった。今度は証拠の提示を求めてくる。
「第一の殺人の時、唯一お前だけが曖昧な空白の時間があるだろう。何を訊いてもずっと森の中を歩いていたとしか言わないし、これに関してはお前が一番怪しい」
「だからそれは、本当にそうだったんだって言ってるじゃないか! お前、信じるって言ってただろう! あれは……あれは嘘だったのか?」
声が上擦っていた。
いよいよ追い詰められ始めている。外堀をどんどん埋められ、逃げ場がなくなり始めている。そのことに気付いたようだ。
捨てられた子犬のような目で俺を見る英介。しかし、ここで情に流されてはいけない。
俺は心を鬼にして、さらに別の方向から攻めることにした。
「それだけじゃなく、ストラップの事もある」
「ストラップ?」
英介は片眉を釣り上げた。
俺は凛に向き直った。
「昨日の肝試しの時、凛さんから不入斗と携帯のストラップが色違いのお揃いだって聞きました。凛さん、このことは、あの時以外に誰にも話してませんよね?」
「え、ええ」
彼女は質問の意図がわからないようだったが、確かに頷いた。
「それなら、あの時肝試しに出ていた英介が、知ってるわけがない。それなのに――」
「ああ、確か、英介センパイ、階段で拾ったストラップを、不入斗さんのだってわかってましたね」
乃亜は思い出したようにそう言う。
「そう。凛さんと不入斗くんは大体の時間ずっと一緒にいましたよね?」
「ええ」
「その時にはどうですか? 誰かにそのストラップのことを話したとか」
「いえ、そんな事はなかったと思います」
彼女は突然の質問にも、ありがたい事に素早く答えてくれた。
「つまり、英介があの時に不入斗くんのストラップについて、知っているわけがないんだ。多分、不入斗くんを襲ったときに、携帯のストラップを見て、覚えていたんだろう。階段のストラップは、運悪くうっかり落としてしまったってところかな」
「あ、あれは、二人をお手伝いとして雇う為に会った時に、不入斗くんから教えてもらったんだよ」
英介は必死に言い逃れようとする。
「そんな事、私は知りませんよ」
凛が冷たくそう言うと、英介はさらに言い訳がましく説明した。
「凛さんが席を外しているときに、聞いたんですよ。とにかく、これだけでは確実な証拠とは言えないだろうに。大体どれもこれも、状況証拠じゃないか。もっとこう、ちゃんとした物的証拠を見せてくれよ」
「物的証拠ね……。どうせ、殆どの物は、既に森の中に埋めたか、吊り橋と一緒に燃やしたかと言ったところだろうな……」
この自然に囲まれた環境では、証拠の隠蔽は難しいことではない。夜中の間に諸々処分してしまったことだろう。
「そら見ろ」
英介は俺に向かって指をさした。
「証拠もなしに俺を犯人扱いするなよ。第一、トリックだって穴だらけだ。瀬堂の時なんて、もし誰かが話しかけてきたりしたら、もうアウトじゃないか」
英介は腕を組んで、俺をねめつけた。
「だから話しかけにくい雰囲気を作るために、陰気な話題を録音して流したんだろう」
待ってましたとばかりに、俺はラジカセの再生ボタンを押した。テープが回り出し、耳慣れた声がスピーカーから流れてくる。
『……天司の奴さ、確かにウザったい奴だったけど、それでもやっぱり高校時代からの友達だからさ……。これから一緒につるめる奴が一人いなくなったかと思うと、俺は……』
震えた瀬堂の声。これは、俺がトイレに立った時に聞いた話だ。
「こ、これ、瀬堂センパイの……。じゃあ、やっぱり、英介センパイが犯人だったんですね」
乃亜が英介を見たが、彼の顔はすっかり蒼褪めてしまっている。
「そ、そんな……」
そんなバカなと言いたげに、彼は眼を見張った。あんぐりと口を開け、魂まで抜けたような呆けた表情になる。
「これは物的な証拠じゃないか? このテープは物置のラジカセの中に入れっぱなしになってたよ。うっかり隠滅するのを失念したんだな」
俺に問い詰められて、ようやく英介は我を取り戻し、顔を紅潮させて抗議した。
「違う! こんなもの知らない。俺じゃない。きっと……。きっと、そう、他の誰かが俺を陥れるために、俺と瀬堂の会話をこっそり録音してたんだ! 俺がやったっていう証拠にまではならない!」
「だが、このテープには、お前と瀬堂の会話だけしか録音されてないんだぞ。お前じゃなきゃ、一体誰がやったんだ?」
「何かの拍子でたまたまスイッチが入っただけかもしれないだろう。それに……そう、それに、タイマーで録音したのかもしれない」
ここまで言い逃れされてしまっては、追い詰めようがない。俺の挙げた証拠は、どれもこれも決定的とは言い難いものばかりだ。ここまでやりたくはなかったが、致し方あるまい。
俺は考えあぐねたふりをして、結局はこう提案した。
「……わかった。そこまで言うのなら、少しお前の部屋を調べさせてほしい。何かしら、証拠が見つかるかもしれないし」
「はっ、何を言い出すかと思えば……。いいさ。どうぞご自由に。何も見つからないけどね」
英介は俺にコテージの鍵を差し出した。その彼の顔は自信に満ち溢れていた。
「これで俺の容疑が晴れるんなら、安いもんだ」




