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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第八章 謎解き
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2

 二人目の犠牲者が瀬堂、俺はその英介の言葉を訂正した。


「それなんだけど、二人目に殺されたのは、瀬堂じゃなくて、不入斗くんだったんだと思うよ」


 みんなはそれを聞いて、目を丸くした。英介などは頓狂な声まで上げている。


「えっ!? でも、不入斗くんはその頃、松本の方に行ってたはずじゃあ……」


「多分、出かけようとしたところを犯人に襲われたんだ」


 今度は凛が納得できずに訊いてきた。


「そうだとしたら、あの留守電は? あれは八時に松本からここに掛けられたもののはずでしょう?」


「いや、あれは松本からじゃなく、ここのコテージの内線を使って、予め録音した音声を、留守電に入れたものだったんだろう。この電話機にはモニターがないから、着信履歴は見れない。どこからかかってきたかは、俺たちにはわからないから、それで充分だったんだ」


「な、何でそんなことがわかるの?」


 乃亜の疑問には、この不入斗の留守電が答えてくれる。


「それは、この留守電をよく聞けばわかるよ」


 そう言うと、俺はもう一度みんなの前で、不入斗の留守電を再生させた。

 何度も再生して、すっかり俺の耳に記憶されてこびりついた彼の一言一句が、スピーカーからまた響いてくる。早口で捲し立てるような口調。その後のほんの少しの間。そして最後に別れの言葉。その喋り方は、何の裏もないように、自然に聞こえた。


「別に、普通じゃないの」


 乃亜は首を傾げたままだ。


「うん、彼の声ははっきり聞こえるし、何か、他に変な音声が入っているとかなのか?」


 英介はそう言ったが、そうではない。変な音声なんて入っていない。この留守電には、不入斗の声以外、何も残されていないのだ。


「いや、その逆だよ」


「逆?」


 さらに困惑して、英介はお手上げのようだった。


「この音声の後ろに、何も聞こえないのがおかしいんだ」


「どういうことだ?」


 そうはっきり言っても、彼はまだわからないようだった。他の皆もそれは同じようで、一様に早く答えを教えてほしいと、半ばうんざりしたような顔である。


「わからないか? 午後八時の松本駅前だぞ? 会社帰りの人もそれなりにいるはずだし、それ以外にも、電車の音とか車の音とか、何かしら聞こえてくるはずなんだ」


「ああっ」


 ようやく理解したようで、英介ははっとした。


「にも関わらず、不入斗くんが沈黙した時でさえも、何も聞こえてこない。これはつまり、この音声が、松本駅前なんかからじゃなく、別の場所で録られたものだったってことさ。こんなに静かってことは、多分ここの近くで録音したんだろうな」


「なるほどなあ。そうやって言われてみれば、確かに変だ」


 と感心するように彼は何度も頷く。


「彼がわざわざそんな嘘を吐いてまで留守電を入れるってことは、何かしら裏があるんだろうとは思った。正直、凛さんには悪いけど、最初は彼が犯人なんじゃないかとも考えたよ。でも、彼が死体で見つかって、考えを改めるほかなくなった。つまり――」


「不入斗くんは犯人に脅されて、留守電を入れたってことか」


「そういう事になるね」


 俺が英介の考えを肯定すると、凛は小さく呟いた。


「じゃあ……あの留守電が流れてた時には、もう兼人は殺されていたってことになるんですね……。それなのに、私、なんにも知らないで悪態なんか吐いて……」


 彼女は苦しそうに胸を押さえた。心配もしないで、呑気にそんな事をしていた自分が許せない、そんな言い方だった。口惜しそうに下唇を噛んでいる。

 八逆は顔を手で覆うようにして、俯いていた。

 中学の時に出来てしまった不入斗との些細な溝。自らがそれをすっかり埋めてしまおうとようやく決心した時には、既に溝には水が流れ、この先一生埋められることのない巨大な三途の川と成り果てて、彼らを阻害していたのだから。八逆にとっては、悔やんでも悔やみきれないことだろう。


「仕方ありませんよ。あの時は、殺人が起こっているなんて、これっぽっちも思っていなかったんですから。自分を責めたりする必要なんてありませんよ。悪いのは、こんなことをしでかした犯人です」


 そう二人を慰める。

 よくある口上だ。どこかで読んだ小説の文句を、無意識に引用していたのかもしれない。

 しかし、そんな慰めでも、少しは役に立ったのだろう。八逆はともかく、彼女がいつもの自分を取り戻して、毅然とした態度になるまで、そう時間はかからなかった。呼吸を整えて平静になると、彼女は疑問を俺に投げかけてきた。


「それはわかりました……けれど、じゃあどうして犯人は、わざわざそんな真似をしたんでしょうか?」


「肝試しを予定通りやるためでしょうね。ここで彼の死体を見つけさせてしまったり、下山したはずの彼の車が残ったままだったりしたら、彼を探す事になりかねない。肝試しどころじゃなくなる。そうなると、それを利用した第一の殺人のアリバイトリックが使えなくなってしまうんだよ」


「でも、これまでの話を聞いた限りだと、犯人は肝試し中に一人になれた、凛さんと大地と末田センパイ以外の全員ってことになるわけですよね? これだけだと、犯人を特定することはできないですよ」


 乃亜の言い分は尤もだ。これだけでは、まだ誰が犯人までかはわかりっこない。

 彼女は、なかなか結論が見えてこないことに、煩わしさを感じているようだ。だが、求める答えはもう、すぐそこだ。


「そうだね。まあ、順に一つ一つ解いていけば、自ずと誰が犯人なのか、わかるはずだよ。

 じゃあ、次は瀬堂殺しの件について話そう」


 いよいよこの推理の披露も佳境に入る。手にじっとりと汗が滲んだ。

 まだどこかで躊躇っている自分がいる。だが、これ以外に、犯人を暴く方法はない。全員の眼前で、言い逃れの出来ない状況を作り、そこに犯人を捕らえる方法は、これしかないのだ。

 俺は意を決した。一人ひとりの顔を見回しながら、息を整え、ゆっくりと肺から言葉を流し始めた。

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