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瀬堂のコテージからいくつかの服を引っ張ってきた俺は、物置からさらにラジカセを持ってきて、プラグをリビングのコンセントに差し込み、準備を整える。
突然現れてばたばたと始める俺に、ソファに座っていた凛は面食らって呆然と見ているだけだった。
それから全員をリビングに呼び出したのである。
呼び出された面々は、何事かと困惑していた。しかしそれは、傍で俺の行動を見ていた凛にしても同様だったが。
「ようやく眠くなったところを叩き起こして、一体どうしたっていうんだ?」
ついさっきまで眠りに堕ちていた英介は、大欠伸をしながら半開きの眼で不愉快そうに訊いてくる。八逆もまた然りのようで、まだ微睡んでいるようだった。目を擦って必死に覚醒しようとしている。
「まさか、犯人が分かったとか?」
乃亜は俺の図書室での奇行を目の当たりにしているから、ある程度の予測はついていたようだ。
俺はしっかりと力強く頷いた。
「その、まさかだよ。今回の一連の事件の犯人が、やっとわかったんだ」
場がざわつき始める。こうなると、英介と八逆もさっきまでの眠気もどこへやらという風だ。
皆お互いの顔を見合わせている。この中の誰が犯人だというのか、心の奥に忍ばせた殺意を推し量ろうとするように、探るような目で、あるいは怯えを含んだ目で、ちらちらと目線を運ばせていた。
それに耐えられなくなった八逆が、縋るように尋ねる。
「それで、誰なんですか。この中にいるんでしょう?」
彼は今すぐにでも犯人を知りたいようだった。この疑心暗鬼から早く脱し、平穏を取り戻したいと願っているのだ。
しかし、俺は順序立てて説明することに決めていた。
「まず、順を追って説明させてほしい。
最初は天司の殺害トリックだ。恐らく、彼は初日に遊戯室で別れた後に、殺されたものだと思う」
「で、でも、私たちは昨日の昼に、確かに天司の姿を見たのよ」
乃亜が狼狽を示した。ねえ、と八逆に同意を求める。八逆は何か言いたそうにしていたが、それを飲み込んで頷いた。
俺は説明を続ける。
「それは、おそらく犯人の変装だろうね。遠目に後姿しか見ていないし、返事もしていないんだろう? 金髪の鬘を被って、彼らしい派手な服装を着て、タバコでも吸えば、それっぽく見えるはずだよ。とにかく犯人は、まだ天司が生きている体を装ったのさ。
凛さんが彼の為に残しておいてくれた朝ごはんがなくなっていたのも、そのためだよ。あれは犯人が食べるなり捨てるなりしたんだろう。
カラスの死骸もそうだ。あの時、まだ俺たちは契鬼伝説を知らなかったし、姿を見せない天司の悪戯だと考えたから、まだ奴が生きていると思わせられた。
天司はいつもマイペースな行動で、俺たちを悩ませたりしていたから、姿が見えなくても、みんな真剣に取り合おうとしなかったし、わざわざ探し回ったりとかもしなかったしね」
「でも、なんでそんな事……」
腑に落ちない様子の英介。彼は腕を組んで唸っている。
「これはトリックの為の時間稼ぎだよ。犯人は天司の死体を、冷凍庫の中に入れて保存していたんだ」
「れ、冷凍庫!?」
異口同音に驚く面々。
俺はつとめて冷静に話し始めた。
「そう。あの冷凍庫はかなり強力なやつで、氷点下六十度程にもなる。死体を一日近くそこに保存していたのなら、氷漬けになっていただろう。そうなるまで、犯人は時間を稼ぐ必要があった。
それなら、死体が死後硬直を起こしていなかったのも納得がいく。多分、死体はバーベキューの準備をする直前に、クーラーボックスの中に切り分けて入れておいたんだろう。それなら、四、五分もあれば、あの凄惨な現場を作り上げることができるはずだ」
その絵面を想像したのか、八逆や乃亜は眉を顰めた。
それはそうだろう。このトリックが行われたということは、俺たちはあのバーベキューのとき、死体と一緒に入っていた肉や野菜を食していたことになるのだから。気分がいいわけがない。
「でも、あの時、クーラーボックスにそんなものは……」
信じられないとばかりの英介。信じたくないという思いもあるだろう。
「そうそう、死体なんて入ってたら、気付くはずだし」
と乃亜も同調する。
「じゃあ、その時クーラーボックスに何が入っていたか覚えてる?」
俺が尋ねると、彼女は記憶の糸を手繰り寄せるように、顎に人差し指を当て、宙に視線を彷徨わせた。
「ええ……と、敷かれた保冷剤の上に氷が少し乗ってたかな」
「そうですね。私もそうだったと思います」
凛も頷いてそれを肯定する。
そうなると、恐らくこの方法で隠していたのだろう。
「多分、皆が運び出そうとしたときには、既に死体はボックスの中に入っていて、隙間に氷を詰め、その上から二重底の要領で、保冷剤を敷き詰めていたんだよ。保冷剤なら不透明だから、奥の死体は見えないし」
そう説明しても、彼女は食い下がってくる。
「で、でも、瀬堂センパイがひっくり返したクーラーボックスには、そんなものは……」
「あれには犯人も冷や冷やしただろうね。まあ、あれは偶々入ってないやつだったんだろう。
仮に、あの時に死体が見つかったとしても、誰がやったかまでは特定できない。犯人にとっては死体の発見が早まるだけだ。それほどリスクの高いトリックではないんだね。
兎に角、後は肝試しで俺たちがキャンプファイヤーから離れたところで、一人になり、死体を設置するだけだ。クーラーボックスをひっくり返して、中から死体を取り出し、焚き火の近くに当たるようにして、並べる。クーラーボックスだけぐちゃぐちゃだと目立つから、他のごみやグリルも倒して散乱させておく。後は放っておいても、輻射熱で次第に死体は溶けていく」
「でも、血は? 血って死んでから時間が経つと固まっちゃうんでしょ? 溶けたからってあんなに大量に流れるなんて……」
乃亜はさらに疑問を突き付けてくる。しかし、それももう俺はわかっている。
「そう。そこが引っかかってた。でも、これのお陰で、やっとわかったんだ」
俺はポケットから、冷凍庫で見つけたラベルを取り出し、見せつけた。これを極寒の中、丁寧に引き剥がしてくるのは至難の業だったが、我ながらうまいこと綺麗に取れたものだ。
「それは?」
乃亜は怪訝そうにそのラベルを睨んだ。
「ああ、冷凍庫にあったやつか」
英介は見覚えがあるはずだが、表情は乃亜のそれと大差がない。それがどうしたと言わんばかりだ。
それは凛にしても同様で、かろうじて読める文字をどうにか言い表してみただけだった。
「『クエン酸+』って書いてあるみたいですけど」
それ以上はなく、やはりこれだけでは意味が分からずに首を捻っている。
「そう見えるけど、実は違うんだ。変なところでラベルが切れてるからそういう風に読めるけど、本当は+じゃなくて、片仮名のナの一部だよ。つまりこれは、クエン酸ナトリウム。抗凝固剤に使われる薬品のラベルってわけ」
「抗凝固……?」
馴染みのない言葉に、英介はさらに困惑したような顔になる。
俺は頷いて、説明を続けた。
「そう。血を固まらせないようにする薬のこと。おそらく犯人は、天司を殺した直後、血を抜き取って、この薬品を混ぜ、保存しておいたんだろう。その時に、このラベルが取れて、冷凍庫内に落ちたままになってしまったんじゃないかな。剥がそうとしたけどうまく剥がせず、これだけ残ってしまったんだろう」
俺は一旦話を切って、乾いた唇を舐めた。
「犯人は、死体をキャンプファイヤーの傍に並べた後で、その保存しておいた血液を現場に流したんだ。後は、解けた氷や体液と混ざり合って多少薄まってしまうけれど、それなりに大量に血が流れた様に見えるってわけ。現場が炎で照らされていたのも、その一因だったんだ。赤い炎に照らされると、赤っぽく見えるからね。全ての死体をバラバラにしたのは、このトリックのカモフラージュだったんだ。伝説になぞらえて殺されたように見せれば、真の意図を誤魔化すことができるからね」
「じゃあ、二人目の……瀬堂のときはどうなんだ?」
英介は話題を先に進める。しかし、彼のその言い方は間違っている。




