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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 第三の殺人、そして……
41/53

5

 それから何度も留守電を聞き直したのだが、いかんせんよくわからないまま。ただ無駄に時間だけが過ぎていく。

 一体彼は何を伝えたかったのか。

 その真意が読み取れず、目の前にあるのに掴むことのできない飛び出す3D映像のようなもどかしさを覚えた。自らの無能さに苛々して、俺は頭をくしゃくしゃに掻き乱した。


「どうかされたんですか? こんなところで」


 はっとして振り返ると、今しがた片付けを終えてきたらしい凛が、ハンカチで手を拭きながら近付いてきた。

 しかし、彼女は俺の頭を見て、突然ふふっと小さく笑った。


「? どうかしましたか?」


「いえ、すみません。髪が凄いことになってますよ」


 彼女に指摘され、俺は窓を見やった。そこに反射した俺の頭部は、うねうねと妙な捻じれ方をして、逆立っていた。キャバ嬢やらギャルやらがやっている、盛り髪のような状態で、自分でも思わず吹き出しそうになった。

 恥ずかしさに赤面して、俺は慌てて手櫛で髪を元に整えて、誤魔化すようにしかつめらしい表情を作った。話も元に戻す。


「いや、ちょっとこの留守電、変な感じがするので、気になって」


 すると彼女も真剣な顔つきになった。


「変な感じ……ですか。そういえば、私も最初に聞いたとき、あれ? って思ったことがあるんですよね」


「何ですか? それは」


「彼の言ってる笠見先生の事なんだけど、十六の時から会ってないって言い方だったけど、つい最近会ったばかりなんです」


「それ、本当ですか?」


「ええ、そもそも、笠見先生は三年間ずっと私と兼人のクラスの化学の先生をしてたので、十六以来会ってないっていうのは、やっぱりおかしいですし……」


「化学……ですか」


「ええ。それに、笠見先生はまだ若い先生なので、自分の歳をどうこういうような人じゃありませんでしたから、それもちょっと気になってたんですよね」


「成程、そうですか……」


「これくらいですけど、これで何かわかりそうですか?」


「ああ、うん。多分ね」


 多分とは言ったが、俺は彼女の話を聞いて確信した。やはりこの留守電は、不入斗からのダイイングメッセージだったのだ。

 あとは、また少し本を読んで調べることがある。このダイイングメッセージが誰の事を指しているのか。学問にはとんと疎い俺には、これはまた調べないとわからない事だ。

 俺は図書室に向かった。ドアを開くと、中に英介がいると思ったのだが、彼の姿はなく、代わりに乃亜が退屈そうに本を読んでいた。


「あれ、英介は?」


「センパイなら、二階に行きましたよ。私が眠れそうになかったからここに来たら、かなり疲れてたみたいで、空き部屋使わないなら、少しの間使わせてくれって」


 彼女は別段見向きもしないで、相変わらず頬杖を突きながら、読んでいるのかいないのか、ページをぺらぺらと繰っていた。

 どちらかと言えば体育会系な彼女にとっては、読書と言うのはつまらないものなのだろう。沢山の本を机に溜めているが、どの本も関連性など全くなく、ただ適当にそこら辺から持ってきただけと見える。


「末田センパイは、犯人を見つけようとしてるんですか?」


「うん、まあそんなところ」


 俺は目当ての本を探しながら、彼女の質問に答えた。


「いつも推理小説ばっかり読んでますもんね。そういうの得意そう」


「いや、そういうわけじゃないけどさ」


「英介センパイから聞きましたよ。前にも事件を解いたことがあるんですよね?」


 彼女が興味深そうにそう訊いてきた。

 あいつ……。余計なことを。

 正直面白がって話すような事でもないから、俺はあまり喋りたくなかった。それで、適当な相槌を打つだけに留めておいた。


「まあね。だからって、そんな期待されても困るよ」


「でも、目星はついてるんですよね?」


「まだはっきりとは言えないよ。ちょっと気になることもあるし……」


 それでこうして調べに来たりしているのだ。だが、こう本が多いとやはりなかなか見つからない。あれが載ってる本ぐらい、すぐに見つかりそうだと思ったのに。


「気になることって?」


「うん。ちょっとしたことなんだけど、瀬堂の靴が見つからないとか――」


「瀬堂センパイの? 確か、黒いブーツでしたよね。旅行の前に服はわざわざ新しいのを買ってくるのに、靴だけはいっつもあのままなんですよね。相当お気に入りなんでしょうけど、でも、それがどうかしたんですか?」


 彼女のその言葉は初耳だった。本を探すのを止め、一旦目を彼女のほうに向ける。


「ちょっと待って。瀬堂って、いつも服は旅行前に新しいのを買ってくるのか?」


「そうですよ。あれ、知らなかったんですか? サークルの人なら皆知ってると思ってたんですけど」


 そういう風に言われると、まるで俺がサークルで孤立しているみたいに感じる。あながち間違ってはいないが。


「……まあ、俺はあんまり瀬堂と仲が良いってわけでもなかったからね」


「痛っ」


 唐突に彼女の腕が弾かれたように曲がった。


「夏なのに静電気? もう、びっくりした。そういえばここ、何だか乾燥してるし……」


 電流の走った指先を気にしながら、彼女は軽く咳払いした。


「それはそうだよ。本は湿気に弱いからね。多分、空調で乾燥させてるんだ……よ……」


 その時、俺の頭の中で、何かが閃いた。


「もしかして――」


 気が付いたら、彼女がどうかしたんですかと呼び止める声も無視して、外へ飛び出していた。玄関から屋外へ出て、そのまま一直線に夕月のコテージに向かう。

 壊れた扉から中に入ると、無造作に転がった手首に目を留めた。その右手首は、人差指と中指を鉤の様に曲げた状態で硬直していた。その二本の指先には、焦げた跡もある。

 成程、これで密室の謎は解けた。後は、最後に少し調べるだけだ。

 しかし――、

 これではまだ足りない。証拠だ。確たる証拠がなければ、犯人を追い詰めることはできない。

 俺はポケットに手を突っ込んで、リビングの中をぐるぐると忙しなく歩き回った。

 その時、


「ん?」


 右手に何かが触れた。

 取り出してみると、それは昼にメインコテージの物置で拾った、服の生地だった。


「そうか……。もしかしたら、これなら……」


 思いつくが早いか、俺は今度は瀬堂のコテージに向かって駆け出していた。

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