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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 第三の殺人、そして……
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4

 ようやく一つの謎を解明したと思ったら、こうしてまたしても増えてしまった。これでは鼬ごっこだ。

 俺はふらふらとした足取りで、リビングのソファに倒れ込みそうになるところを、寸でのところで踏み留まった。

 ソファーの前に置かれたテーブルの上に、英語のラベルが貼られた、掌大の袋がいくつか転がっていたのが目についたからだ。

 これは――。

 俺はそのうちの一つを手に取り、軽く振ってみた。カサカサと乾いた何かが擦れる音がする。不審に思って中を検めてみると、茶葉のような乾燥した葉っぱのカスがぽろぽろと零れてきた。しかしこれは、決して茶葉ではない。


「おいおい、それってもしかして――」


 英介が歩み寄ってきて、その零れたカスに触れる。


「ああ、所謂、脱法ハーブってやつだろうな」


 俺はそう言い切った。恐らく、夕月のものだろう。リビングに置かれた濃藍色のボストンバッグが開いていて、中に似たようなラベルの袋が他にもいくつか顔を覗かせていた。

 俺はそれに近付いて、ごそごそと中を調べてみた。すると他にも、乾燥大麻と思しきものまで見つかった。


「あいつ、クスリに手出してたのか」


「だから、私がバスでそのバッグを拾おうとしたとき、あんなに拒絶してたわけね」


 乃亜はさして驚いてはいないようだった。


「正直、薄々やってるだろうなとは思ってたのよ。私たちがグルだとか言ってたのも、クスリで幻覚でも見たせいだったりして。でもまさか、夕月が殺されるなんて……。私てっきり、あいつが犯人だと思ってたのに」


 自分の推理が外れ、自信がすっかりなくなってしまったようで、魂を吸い取られたように、彼女の口調は無気力で弱々しくなっていた。


「兎に角、一旦ここはこのままにして、メインのコテージに戻ろう」


 俺たちは犯人の正体がまた振り出しに戻った上に、もう一つ増えた謎に頭を悩ませながら、とぼとぼとメインコテージに引き返した。


「夕月が犯人じゃないっていうなら、じゃあ、一体誰なのよ……。もうこの際ハッキリ言ってよ」


 メインコテージのリビングに戻ると、乃亜はソファに座り込んで、ぐったりとしている。


「それで名乗り出てくれるような犯人なんていないよ」


 八逆は大きな溜息を吐いた。皆疲労困憊していて、気怠そうである。ここに来てから、もう四人も犠牲になったのだから、無理もないことだ。

 こうなると、次は自分ではないか。犯人は自分以外全員を皆殺しにするつもりなのではないのか。

 そういう考えで脳内が充満していく。歯止めが利かなくなり、延々と膨張し続けていく不安と恐怖。

 そして乃亜はそれを、自分の頭の中に留めておくことができなくなったようだ。


「これから一体どうしたらいいの? ずっと一人だった夕月も殺されたわけだし、一人でいようと、全員で一緒にいようと、ここにいたら結局皆殺しにされるだけなんじゃないの? 私も犯人に殺されるのかな……。あんな風に……バラバラにされて……」


 彼女は不安に押し潰されそうになりながら自問自答するようにそう言う。


「でも、だからって森の中を当てもなく彷徨っても仕方ありませんよ」


 凛は彼女を宥めようとした。自暴自棄になって、後先考えない無謀な行動をする羽目になるのは避けたいのだ。しかしこうなると、普段は気の強い乃亜よりも、凛のほうが余程強いように思える。


「こうなったら、一刻も早く犯人を挙げる必要があるな」


 英介がそう言ったのだが、乃亜はすっかり自信喪失して、消極的になってしまっていた。


「でも、それにしたって、少しくらい手掛かりがないと……」


 だが、全く手掛かりがないわけではない。今の段階で、犯人が誰かはある程度分かった――と思う。


「それならあるよ。犯人の当てもないわけじゃない」


「本当ですか!? 一体誰なんです?」


 目の色を変えて質問攻めにしてくる八逆。彼が迫ってくるので、俺は両手でその動きを制した。


「正直、まだ確証がないんだよ。それに、夕月のコテージの密室もどうにか説明付けないといけないし……」


「密室?」


 乃亜が鸚鵡返しする。


「ああ、俺たちが夕月のコテージに来たときには全員が集まっていた上に、出入り口には全部鍵がかかっていた。それに、玄関の鍵は複製不可能なものが一つだけしかない。そしてそれは、内側から鍵穴に刺さっていた。完全な密室だよ」


「もう……ホントわけがわからない」


 彼女はうんざりして頭を抱えた。思考することを放棄してしまったような言い方だった。

 八逆は耐えられずに俺に懇願した。


「勿体ぶらないで犯人の名前を教えてくださいよ。僕はもう不安で仕方がないんですよ」


 しかし、確たる証拠もなしに、そんな無責任なことは言えない。


「不安なのはみんなそうだ。それに、もしも違っていたらどうするんだ? そいつに迷惑がかかるだけだし、下手をすれば、逆に真犯人に行動させやすくなるだけだぞ」


「それは……」


 口籠る八逆。

 沈黙が場を支配した。皆どうしたらいいのかわからずに、ただ俯いていることしかできない。

 少なくともあと一日、ここに滞在していなければならないのだ。疑心暗鬼に駆られながら、凶悪な殺人鬼に怯えながら。

 ついに静けさと疲労に耐えられなくなったようで、乃亜が小さく手を挙げた。


「すみません。ちょっと休みたいんですけど……」


「でしたら、二階の空き部屋を使ったらいいですよ。あそこなら、中から鍵を掛けてしまえば、外から入りようがないので」


「ありがとうございます、凛さん」


「あ、じゃあ、僕もいいですか」


「ええ、丁度空室は二つありますから」


 八逆と乃亜は、怠そうに重い足取りで二階へ上がっていった。

 彼女たちの姿が消えると、凛は思い出したように立ち上がって、


「私は、夕食の片付けの続きをしないといけないので、これで。キッチンにいますから」


「大丈夫ですか? キッチンには……その……何と言うか……」


 何と言ったらいいのかわからず、英介は語尾を曖昧に濁らせた。一旦咳払いして調子を元に戻して、


「皿洗いくらいなら、俺がやってもいいんですよ」


 と申し出る。しかし、彼女は気丈にそれを断った。


「いえ、ご心配ありがとうございます。でも、これは私の仕事ですから。それに、何かしていた方が、気が紛れるので」


「そう……。なら、いいんだけど」


 心配そうに英介は、キッチンに向かう彼女の背中を見送った。


「俺はもう少し調べたいことがあるから、まだ起きてるけど、そっちはどうする?」


 そう尋ねると、英介は俺のほうに向き直って、顎を擦った。


「そうだなあ……。まあ、図書室で本でも読んでるよ」


 俺は英介がリビングから出ていった後、固定電話に向かった。

 調べたいことと言うのは、これのことだ。と言っても、電話自体を調べるわけではなく、そこに録音された、不入斗の留守番電話の内容を調べるのだが。

 俺は今一度、彼の留守電を再生させてみた。


『メッセージは一件です。九月――日。午後、八時四分』


 ピーという乾いた電子音。


『あ、俺、兼人だけど、悪い。そっちに戻るの、明日の朝になりそうだ。今、松本の駅前にいるんだけど、ばったり笠見先生と会っちゃってさ。十六の時以来会うの初めてだから、話が盛り上がっちゃって。「俺ももう十九ですよ」なんて言ったらさ、「マジかよ、俺も歳を感じるなあ」とかなんだとか言ってたから、「大事なのは歳じゃなくて、中身ですよ」なんて言って慰めてあげたりなんかしてね、はは』


 彼の、早口だがはっきり聞きとれる声が流れた後、小さく吐息。さらに、暫しの沈黙。

 本当に静かだ。静かすぎる。やはり、これはおかしい。


『まあ、そういうわけで、今晩はこっちで先生と飲んでいく事になっちゃったから、後はよろしく頼むわ。明日の八時半までにはそっちに着くから、そのつもりで』


 今聞き直すと、不自然なことだらけだ。しかし――、

 いまいちその不自然さから、どんな結論を出したらいいのかがわからない。

 よく考えろ。これは彼の最期の言葉なんだ。何か、隠されたメッセージがあるかもしれないのだ。

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