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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 第三の殺人、そして……
39/53

3

「大丈夫ですか。コテージで待ってなくて」


 俺は凛の調子を心配したのだが、彼女は首を振った。


「わ、私は大丈夫です。お昼に見つからなかった時点で、ある程度の覚悟はしてました。それに、もし夕月さんが犯人だというのなら、彼の口から本当のことを聞きたいんです。どうして会ったばかりのはずの兼人をあんな風にしたのか」


 彼女は芯が強い。いくら覚悟はできていたといっても、好意を寄せている人物の、あんな最期を目の当たりにして、こんな風にしっかりと理性を保っている。目は赤くなっているが、涙は流れていない。足取りも思いの外、確かなものだった。

 俺はその殊勝さに感嘆せざるを得なかった。

 今宵の月はこれまで以上に煌々と輝いていて、辺りの様子が手に取るようによくわかる。夕月のコテージも遠目にもはっきり見えていた。

 先頭を行く乃亜は、正面から真一文字に直進して、怒りに身を任せるように、ずんずんとコテージに向かっていた。

 コテージの窓にはカーテンが閉まっているようで、明かりが僅かばかり漏れている。どうやら中にいるようだ。

 夕月のコテージの前まで来ると、乃亜はドアを力任せに叩いて、


「ちょっと出てきなさいよ!」


 と怒鳴りたてた。さらに彼女はドアノブを捻ろうとしたが、鍵がかかっているらしく、ノブは回らない。

 途端に、


「来たら殺すからな」


 という夕月の捨て台詞が脳裏によぎる。般若の様に恐ろしい顔した夕月が、凶器を手にして現れ出て脅してくる姿を想像したが、一向に扉は開かれず。静寂そのものだった。

 それで乃亜も拍子抜けして、込み上げていた怒りも飛んでしまったようだ。もう一度中に向かって大声を出したものの、先程の勢いはすっかり失われていた。

 俺は乃亜を退けて、目を眇めてドアノブの鍵穴から、向こう側を覗き込もうとした。

 俺たちの泊まっているコテージの鍵は、同じ鍵で外からも中からも錠をかけられるタイプのもので、それ故鍵穴が扉を貫通している。つまり、外から鍵穴を通して、中の様子が僅かばかり窺えるはずなのだ。

 しかし、何かが詰まっているらしく、何も見えなかった。


「いないんですかね?」


 八逆が誰にともなく尋ねたが、俺はそれを否定した。


「いや、明かりがついているし、内側から鍵が刺さってるみたいだ。きっと中にいるはずだよ」


「でも、おかしくないか? 中から何の物音もしないし、あいつの性格なら、『来んじゃねえよ』とか怒鳴るなり、武器で脅しかけてくるなり、しそうなものだけどな」


 英介が腕を組んだ。


「まさか……」


 さっきの今だ。よからぬ考えが頭の中を過ぎったが、それは他の皆もそのようだった。夜になって多少の涼しさもあるが、じわりと額に汗が滲んだ。


「他の窓とかから中の様子が確かめられないか、ちょっとやってみよう」


 英介は言いながら、側面に回り込んで窓を一つ一つ確認していった。その後に、乃亜もついていって、一緒に確かめている。

 俺と八逆は反対側の方から、鍵が開いてないか、室内を窺うことができないか、調べていった。

 コテージの正面から見て左側には、寝室の窓がある。しかしそれらにはぴっちりとカーテンが閉められていて、僅かな隙間しかなく、中の様子はわからない。ただ、やはり部屋から明かりが零れている。誰かいるはずだ。

 コテージの裏に回ると、風呂場の窓とトイレの窓があるのだが、トイレの小窓は換気用で、背伸びをしても目線が届かないくらい高い位置にあるから中は窺えないし、開いていてもそこから出入りすることもできない。格子の嵌った風呂場の窓もまた、覗き防止の為に曇っていて、確かめようがなかった。

 右側を確かめた英介たちと合流したのだが、そちらも同じようで、彼は頭を振った。


「仕方ない。扉をこじ開けようか」


 その英介の提案に否定する者もいなかった。普通の状況だったら、部屋に鍵をかけて出てこないというだけで、そんな行動は行き過ぎていると思うだろう。しかし、今俺たちが置かれている状況下では、何の不自然さも唐突さもなかった。

 俺と英介で、一緒に扉に身体を叩きつけ、強引に開けようと試みる。騒々しい音が静けさの集う夜の空気を震わせた。

 こんな騒ぎを起こしても、中からはうんともすんとも音がしない。やはり夕月の身にも何かがあったと考えるほかないだろう。

 俺たちは急いで扉をぶち開けた。


 ――バキンッ。


 と鈍い音を立てて、勢い良くドアが向こう側に開いた。不意に開いたものだから、ぶつかった勢いそのままに、俺と英介もコテージの中に倒れ込む形になった。


「大丈夫ですか?」


 凛が心配そうに駆け寄ってきた。しかし、彼女の視線は、俺でも英介でもないどこかに吸い寄せられ、そこで止まってしまっていた。


「痛ててててて」


 倒れた衝撃で頭をもろに打ってしまい、ふらつきながらも立ち上がり、彼女の視線を追いかけると、すぐそばのフローリングの床に何かが落ちていた。

 一瞬、手袋が転がっているのかと錯覚したが、それは手袋などではなかった。

 本物の、手だ。

 妙なピースをしているような形の、人間の右手首だった。

 この時点で、俺たちがしていた、悪い予感が的中していることが明らかになったようなものだ。

 フローリングに点々と付いた血は、奥の寝室に繋がっている。扉は開いていた。

 靴を脱いでフローリングに上がり、恐る恐る近づいてみると、その全容が徐々に明らかになっていった。


「ああ……」


 嘆息が口から零れた。

 寝室は――まさに、血の海だった。誇張して形容しているわけではなく、紛れもなく血の海そのものだ。

 床全体に夥しい量の血が溢れ、薄い膜を張っている。そればかりか、ベッドやサイドテーブル、書き物机にも血は飛び散り、木の壁も赤く染めていた。その飛沫は天井にまで到達している。

 まさに赤い部屋だ。強烈な鉄臭さに顔を顰め、鼻を押さえた。

 その赤い海の中に、夕月は沈んでいた。

 頭部と右腕はベッドの上に転がり、両脚は書き物机の上に、左腕はまるでコートの様に、椅子に掛けられていた。これまでの死体と違って、両手首でも切断されていて、足りない左手首は床に転がっていた。

 酸鼻を極めた室内の様相に、頭がくらくらとした。貧血を起こしかけていたのかもしれない。

 今やっと立ち上がった英介や、何も知らずにぞろぞろとコテージに入り込んできた他の面々も、顔を覆うか視線を逸らすか、はたまた外に飛び出て、外気に吐き気を抑えてもらうほかなかったのであった。

 俺は、一応自分で確かめていないコテージ正面右側の窓――リビングの右側にある二つの窓――を調べたのだが、中からしっかりとサムターン錠が下ろされていた。

 つまりコテージの全ての窓には、内から鍵がかけられていた。それは正面にある、この壊した扉も然り。見てみると、確かに鍵はかかっているし、内側のほうの鍵穴には、コテージの鍵が刺さったままになっている。

 そしてここへ来たとき、容疑者候補である俺たちは間違いなく全員一緒にいた。


「なあ、ここのコテージの鍵って、これ一つだけなのか?」


 俺は英介にその扉に刺さったままの鍵を指さして尋ねた。彼は、どうしてそんなことを訊くのかと言う風だったが、はっきりと頷いた。


「ああ、この鍵は古いタイプのやつで、複製もできないようになってるんだ。だから、これ一つきりしかない。他のも全部そうなってるよ」


 という事で、おまけに鍵の複製は不可。

 すると現場は、推理小説ではお馴染みの、完全なる密室だったという事になるのだ。

 ここへ来て、また大きな謎が一つ増えてしまった。

 俺は頭を抱えた。

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