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そこにあったのは、およそ食洗器の中にあるものとしては、不似合いなものだった。
最初に目に留まったのは、芋臭さの残る、おかっぱ頭の童顔だった。
不入斗の顔だ。
前の二人とは違い、落ち着いた死に顔である。目や口は閉じられているし、苦悶に歪んだ皺はない。そのせいで、俺は瞬間、良くできた仮面だと思った。しかし、土気色になったその顔の下には、胴体は繋がっておらず、血管や気管や骨がぐちゃぐちゃになって混沌を極めている切断面があるだけだった。
食洗器にはさらに、奥に無理矢理突っ込むようにして、一糸纏わぬ胴や両手足が生えていた。すっかり血が抜けて生白く、まるでマネキンのようだ。しかし、グロテスクな断面にリアルな質感、そして体毛や爪、黒子の存在は、これがマネキンではなく、明らかに人間のものであることを思い知らされる。英介が無理矢理開けたときに折れたのだろう、指が一本あり得ない方向にひん曲がっている。骨が内側から皮膚を破りそうになっていた。
シュールレアリスムの極致だ。
唐突に現れたあまりの非現実的な光景に、俺の脳味噌は麻痺していた。それを見ても、ああ不入斗くんがいる、としか思えなくなっていた。どこか客観的な夢心地で、酷く無感動だった。
「どうかしたの?」
未だに何があったのか知らない乃亜が、暢気に尋ねながら覗き込もうとしたので、英介が慌てて制した。
「見ちゃだめだ!」
英介はすかさず食洗機の扉を閉め、その前に立ちはだかって乃亜を防ぐ。英介は俺とは違って、すぐさまこれを現実と受け止め、対処しようとしていた。彼の叫ぶような声に、俺もようやく我に返ることができた。
「え?」
「何かあったんですか?」
彼の鬼気迫った表情や語気に、皿を洗っていた凛や、たった今ダイニングから残りの皿を運んできた八逆が反応する。
もうこうなってしまったら、こんなところにある死体を誤魔化すことなんてできない。隠していても、いずれは分かってしまう事だ。凛には辛いだろうが、状況を正しく説明するしかなかった。英介は俺に目配せすると、苦虫を噛み潰したような表情で、途切れ途切れに言った。
「い、不入斗くんが……この、食洗器の中に……。バラバラにされて……」
動揺した凛の手から皿が滑り落ちて、ステンレスのシンクが悲鳴を上げる。
「じょ、冗談はやめてください。そんなの、ちっとも笑えません」
彼女の顔は引きつっていた。しかし、これが質の悪いジョークなどではないことは、俺や英介の顔を見れば、十分わかることだ。
彼女は俺たちを真剣な眼差しで見つめる。嘘だと言ってほしい。そんな思いが汲み取れた。
俺はそんな彼女の視線が辛くなり、思わず目を逸らした。
「嘘……ですよね?」
ようやく彼女はそう尋ねた。目が潤んでいる。
彼女はふらふらとした足取りで、食洗器に近寄り、英介を退けた。
「見ないほうが……」
「でも、確かめないと」
自分の眼で、はっきりと確認したいようだ。
了承した英介が扉を開き、彼女は中を覗いた。
悲鳴こそ上げなかったが、彼女は扉に手をかけたまま、膝から頽れて項垂れてしまった。わなわなと身体を震わせ、蚊の鳴くような声で呟いていた。
「ああ、そんな……こんなのって酷過ぎる……」
その彼女の反応で、乃亜と八逆の二人も、それが本当だということが分かったらしい。
英介は痛々しい彼女の姿を見ていられず、目を背けて呟いた。
「昼に調べたときには、何もなかったはずなのに……何で……」
そう。彼の言う通り、ここは今日調べたのだ。しかし、その時には死体なんぞなかった。という事は、答えは一つしかない。
「その後に犯人がここに隠したんだろう」
「これじゃ完全にサイコ野郎だ。やっぱり頭のイカレた例の殺人犯の仕業なんじゃないのか?」
英介はそう言うが、外部犯の可能性が有り得ないことは、もう皆も周知の事実のはずだ。
俺は首を振った。
「違う。犯人は、俺たちの中にいる。それはもう間違いない」
「じゃあ、一体どうしてこんなところに死体を詰めたりするんだよ。狂ってる!」
「それは、犯人に訊いてみなきゃわからないけど……」
「それなら、その犯人に直接訊いてみようじゃないの」
突然、乃亜がそう言い出した。彼女には当てがあるのだろうか。
「訊くって言っても、犯人がわからないとどうしようも――」
八逆の言葉を遮って、彼女は凛に同情し、犯人への憤りに声を荒らげた。
「そんなの、一人しかいないじゃない。夕月よ! あいつなら、ずっと一人だったんだから、いつだってここに入れることはできたはずよ。あいつ、私たちのことを疑ってたけど、あいつのほうがよっぽど怪しいってもんよ。丁度いいわ。今から問いただして、吐かせてやるんだから!」
彼女はそのまま外へと飛び出した。暗い中一人で行かせるわけにもいかないので、俺もついていくと、その後から八逆が出てきた。そのさらに後から、英介と凛もついてくる。
夕月が犯人。そうだろうか。あの怯えようが、演技だったというのだろうか。
満月が煌々と夜空に輝き、地上を照らしていた。夕月のコテージがここからでもはっきりと見えるほどに、今宵は明るかった。




