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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第七章 第三の殺人、そして……
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1

 メインコテージのリビングで少し休んでいると、何とか立ち直った凛がキッチンに入って、夕食の支度をし始めるのが見えた。彼女も色々と心労もあって疲れているはずだが、動きは変わらずてきぱきとしていた。仕事となると、頭が切り替わるのだろうか。

 丁度喉が渇いていたので、俺もキッチンへ行き、水を貰って飲んだのだが――。


「ん?」


 その時、気付いた。どこからか、鼻にくる不快な臭いが流れ込んできている。


「ちょっと臭いませんか?」


 僅かに顔を顰めてそう訊いてみると、凛は申し訳なさそうに頭を下げた。


「すみません。多分生ごみだと思います。後で纏めて処分するつもりで、ここに溜めたままなので」


 彼女は床に置かれたビニール袋を指差した。覗き込んでみると、確かに食材の皮や切れ端が大量に捨てられていて、きつい臭いもする。

 なるほど納得して水を飲み干すと、一人で彼女に全部準備させてしまうのは大変だろうと、手伝いを申し出たのだが、まだ少し一人にさせてほしいとやんわり断られた。手持ち無沙汰で気まずくなった俺は、その足で一旦図書室に向かった。

 丁度いい。夕食までまだ時間はあるだろうから、昼間に発見したものについて、少し調べておこう。冷凍庫で見つけた、例の『クエン酸+』のラベルの事だ。

 図書室は本が日焼けしない様に、窓がない設計になっている。そのせいか、これだけの広さの部屋でも、圧迫されているように感じた。蔵書の多さも相まって、それが余計に強調されているようだ。

 しかし、その圧迫感や狭窄感は、俺にとってはむしろ心地の良い感覚だった。物に囲まれていることに安心するのだろう。だから、俺の部屋はいつも散らかっているのだ。決してものぐさで掃除をしないわけではない。

 目当ての事が書かれているであろう書物を探そうとしたのだが、これだけの量の本だ。一つ一つ探していくのではいくら時間があっても足りない。そこで俺は、ドアの近くに設置してあった端末を利用して、ある程度の見当をつけておいた。

 そうして見つけた医学分野の分厚い本を、何冊か引っ張り出してみる。恐らくこんな事件が起こらなければ、一生俺とは無縁のはずだったその本は、これまでも随分手つかずのままだったようで、大量の埃を被っていた。ふうと息を吐くと、それが舞い散って思わずくしゃみが出た。目にも入り込んでしみる。

 適当な椅子に座って読み始めたのだが、どうにもこうした本は、推理小説とは違って好きになれない。小難しくて発音もしにくい専門用語のオンパレード。分かりやすさの為に描かれているはずなのに、何の事やら全然分からない図やイラスト。小さい字でびっちりと、ページの隅から隅まで印字されていて、目がちかちかするばかりか、頭まで痛くなってくる。

 おまけに肝心の知りたいことが全然見つからない。こんな時、インターネットが使えれば、すぐに検索もできるんだろうが。

 『クエン酸+』ね……。

 本から視線を外して、ぼうっと例のラベルを頭に思い描いた。

 それでふと、考えを変えてみた。

 すると、ようやく答えを見つけた。

 そうだったのか。この+は、プラスではなかったんだ。

 成程。このトリックを使えば、天司の死体を出現させることはできる。

 その時、背後でドアが開いて、凛がひょっこりと顔を出した。


「ここにいらしたんですね。夕食の準備が出来ました」


 ダイニングに集まってみると、初日と変わらない豪勢な夕食が食卓の上に並べられていた。夕月と不入斗以外の他の皆も集まっていて、既にちびちびと食べ始めていた。

 昼間の捜索で身体を動かしたので、流石に腹が減っていた。適当に席に着いて、俺も食事にありつく。

 しかし、不入斗は依然失踪したまま。凛の心中を察してか、会話は全く弾まず、どんな話題も一言二言喋っただけですぐに途切れてしまう。静かな空間に、食器の擦れる音ばかりが充満している。


「橋が落ちてしまったけど、一体どうやってここから脱出すればいいんだろう」


 ぼそりと八逆が口にした。


「私は親に三泊四日で帰ると言っているので、明日になっても連絡も取れず戻ってもこないとなったら、警察を呼ぶなりなんなりしてくれると思います。大体の場所も伝えてあるので、恐らく少なくとも明後日には助けが来ると思います」


 凛がそう言ったのだが、どこを見ているのやら、呆けたようにぼうっとしていて、心ここにあらずといった様子だった。やはり不入斗のことが堪らなく心配なのだろう。

 彼女がそんな状態なものだから、八逆も助けが来ることを素直に喜べず、そうですかと相槌を打つことしかできないようだった。

 食事を終えて、片付け始めた凛に、


「私手伝いますよ」


 と乃亜が名乗り出た。凛は今度は断らなかった。男衆も皿をキッチンに移動させることくらいはしないとまずかろうということで、自然に彼女たちを手伝う流れになった。

 皿を手で、一枚一枚ちまちまと洗っている凛を見て英介が、


「あれ、食洗機、使ってないんですか? せっかくあるのに」


「あまり使ったことがないので……。手洗いのほうが信用できるっていうか」


「一人でやるのは大変だし、せっかくだから、食洗器を使ったらいいよ」


 と、何気なく食洗器の扉を引こうとした。が、扉は指一本も入るか入らないかくらいしか開かない。


「あれ、何かつっかえてるのかな」


 首を傾げながら、さらに力を込めて英介が扉を引っ張ると、


 ――バキイッ。


 と鈍い音を立てて、扉は一気に全開になった。そして――、


「うわあああああっ」


 絶叫がキッチンに響いた。一体どうしたのかと近寄ろうとしたとき、先程キッチンで感じた悪臭が、より一層の威力で襲い掛かってきた。むわっとした腐臭とでも言うような臭い。

 しかしこれは、生ごみの比ではない。鼻が捻じ曲がりそうな、酷い臭いだ。胃液が逆流して、口内に酸味が広がる。

 俺は、恐る恐る食洗器の中を覗き込んだ。

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