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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第六章 捜索
36/53

5

 外の森の捜索は八逆たちに任せて、まずは、このコテージの中だ。

 凛は二階の部屋しか確かめていないようだったから、俺と英介は一階の部屋をそれぞれ調べていった。

 その流れで、瀬堂と英介が襲われた裏口も調査することにした。

 裏口の土間は既に乾いた血で、黒々とべっとり汚れていた。指で壁を引っかいたような生々しい跡もある。瀬堂が抵抗した時に付いたものだろう。そして土間には、やはり瀬堂の靴はなかった。

 そこから扉を開けて、外を眺めてみるが、点々と続く血痕以外には目を引くものはない。


「そういえば、この裏口の鍵とか他のコテージの鍵とかも、ここの正面の鍵みたいに、まともに管理してなかったのか?」


「まともに管理してないとは失礼だな。……その通りだけど。正面の鍵は知っての通り、玄関脇の植木鉢の下に置いていて、裏口の鍵はそこの植木鉢の下で――」


 英介が指差した先に視線を移すと、確かにそこに小さな赤い花の咲いた植木鉢がある。


「他のコテージの鍵は、全部このコテージのリビングに掛けてたよ。ここに来た時も言ったけど、普段はこんなところに人なんか来ないからね。不用心で当たり前だよ」


「へえ、まあ、俺もそう思って昨日は鍵掛けてなかったからなあ。戻って殺人犯が潜んでないか、部屋中探し回る羽目になったよ」


「……それはまた別問題だろ。自分の部屋の鍵くらい普通に毎回掛けておけよな。俺だって一応そうしてるんだから」


「はいはい」


 まるで俺の母親の様な小言をうだうだと言う英介を尻目に、土間のすぐ隣の物置の中を見てみる。

 雑然とした物置の中は、昨日見たときと変わり映えがないようである。ちゃんと昨日あった場所に、替えの布団やマットレスが置かれていたし、ラジカセやらビデオデッキやらもそのままになっている。コードや銅線、修理道具やDIYの道具やらも微動だにせずだ。そして部屋の中は相変わらず埃っぽい。

 しかし、視点を下げてみると、床に何かが落ちていた。

 拾い上げてみてみると、それは何かの布きれのようだった。

 服の生地か。そういえば、これは昨日瀬堂が着ていた服の模様に似ているような気もする。

 他にも何かないかと眼を忙しく動かしてみたが、後は何もないようだった。

 物置を出ると、その反対側に位置する冷凍庫の中にも入った。

 相変わらず、ここだけは真冬の北海道だ。半袖では余りに寒すぎる。

 がたがた身体を震わせながら、隅々調べていったのだが、正直明かりが乏しいから暗くて仕方がない。殆ど手探り状態だったので、両手がすっかりかじかんでしまった。指先の感覚がどんどん喪失していく。

 ――ん?

 氷になってしまったような指先に、何かが触れた。それはすっかり凍り付いて、床に張り付いてしまっていたが、何かの紙のようだった。

 暗い中、目を凝らしてそれを見てみると、どうやらラベルの切れ端らしい。『クエン酸+』と印字されているようだが、文字が途切れているので、はっきりとはわからない。


「これ、何だと思う?」


 紙を引き剥がそうとしたのだが、下手をすると千切れて余計に何だかわからなくなってしまいそうだったので、ラベルを指さして英介に尋ねた。

 それを目にした英介は、寒さに凍えながら首を捻った。


「さあ……。ってか、今はそんな紙切れに構ってる場合じゃないだろ」


 彼はどうでもいいと思っているようだ。それよりも、不入斗を探すことに躍起になっているらしかった。

 しかし、冷凍庫内には他に目を引くようなものはなく、両手で自分を抱くように、身体を擦りながら急いで外へ出た。

 一階は他にも隅々まで調査したが、不入斗の姿は勿論の事、手掛かりになりそうな目ぼしい物もなかった。

 俺たちは外へ出て、発電機のある倉庫を調べた。こちらも、コテージ内の物置と同様、埃を被っている。この倉庫にはテニスの道具やゴルフ用品、野生動物を捌いたり、木を切ったりするための鉈や鋸が置かれていた。発電機がやかましく唸り声を上げているだけで、人の姿はない。


「あ、これ、肝試しのやつだ」


 英介が、伐採され積み上げられた木材の一角で屈み込んだ。近付いて見ると、加工されて人型にされた丸太や、見覚えのあるポップな看板が、そこに無造作にほっぽりだされていた。


「ああ、本当だ。でも、なんでこんなところに……?」


「大方、凛さんが片付けてくれたんだろうな」


 英介はそのうちの一つを手に取って、俺に見せた。ホッケーマスクを被って、ちゃちなチェーンソーの模型を手にくっつけている人形だった。

 名作『十三日の金曜日』のジェイソン気取りなのだろうが、彼はチェーンソーは使わない。レザーフェイスとごっちゃになって、そんなイメージがついてしまったというのは有名な話だが、どうやら作った瀬堂は知らなかったらしい。


「これとか、ビビったなあ。いきなり目の前に現れるんだもの。どういう仕掛けになってたんだろ」


 英介は似非ジェイソン人形をひっくり返して、仕掛けを探そうとしている。

 しかし、俺はそんな人形を、あの森の中で見た覚えがなかった。彼は目の前に突然出現したというが、そんなにインパクトのある登場なら、俺だってビビってるはずだし、印象に残っているはずなのだが、全く記憶にないのだ。


「そんなのあったかなあ。俺全然覚えがないんだけど」


「ビビりすぎて記憶が飛んじゃったんじゃないの」


 英介は真に受けてはいないようで、俺を嘲けって、煽るように笑った。

 しかし、俺は確かにそんな人形知らなかった。それでよくよく見てみると、大半の人形は、俺が目にしたことのないものだった。

 俺は首を捻りつつ、英介に訊いた。


「なあ、お前、肝試しの時、やけに戻るのが遅かったけど、本当に何にもしてないんだな?」


 英介は人形から俺に視線を移し、うんざりした顔を向けた。


「またその話かよ。そうだって言ってるじゃないか」


「いや、もうそれは信じるよ。俺が訊きたいのは、何かその時、おかしな事とか起こってないかとかってことだよ。俺たちが十分十五分で戻ってくるところを、お前は三十分も戻ってこれなかったんだから、何かしら細工があるはずだし」


「おかしな事ねえ……。ううん、そう言われてもなあ……」


 英介は頭を掻いて困惑している。仕方のないことだろう。事件の起こる前のことだから、細かな部分まで記憶しているなんてこと、普通はしていない。


「例えば、俺たちとは別のルートを通ってたとか。ほら、あの遊歩道は、蟻の巣みたいに分岐してるからさ。気付かないうちに、違うところを歩いていたなんてこともあるかもしれない」


「いやあ、それはないんじゃないか? もし肝試しのルートを外れてたら、仕掛けがなくなってどこかで気付くはずだし、何よりも、俺はこの看板を頼りに歩いてたんだよ。間違えるはずないよ」


 英介は肝試しの順路を示すポップな看板を指さした。しっかりと白地に赤のペンキで描かれているから、見間違えようがない。

 今の段階ではまだ結論を出すこともできそうにないので、一旦ここから離れて、次の場所を見に行くことにした。

 次はキャンプファイヤーの跡地である。天司の死体発見現場だ。と言っても、犯人が食べたのか持ち去ったのか、死体は消えてしまっているのだが。


「おい、不入斗くんを探すんじゃなかったのかよ。こんな目立つところにいたらすぐわかるし、俺たちも森の中を探したほうがいいんじゃないのか?」


 ついに居ても立っても居られなくなった様子の英介がそう訊いてきた。


「調べたいこともあるって言っただろ。そっちもやっておきたいんだよ。今調べておかないと、死体を持ち去られたみたいに、また状況が変わってしまうかもしれないからな」


 しかし、英介はあまり納得がいってないようだったので、


「まあ、俺だって不入斗くんのことは心配だから、ここを調べたら森のほうを探してみるけどさ」


 と言っておいた。

 キャンプファイヤーの付近も死体がなくなった以外は、殆ど昨日のままだ。クーラーボックスは転がったままだし、グリルも倒れたまま。ゴミも散らかったままである。

 俺はテーブルの上を見た。血が固まって、赤黒く変色している。木目の隙間にまで、それは入り込んでいた。だが、どうにも裏口や森の中で見た血より、色が薄いような気がする。

 気になったので爪で剥ぎ取ってみて、鼻元にもっていく。しかし、微かに感じ取れる臭いは血のそれだ。

 結局手掛かりになりそうなものはなく、俺たちも森を調べに向かった。


 ほぼ一日を不入斗の捜索に費やし、呼びかけの声で酷使したおかげで、すっかり喉が枯れてしまった。メインコテージのリビングに集まったのだが、茂みの中や小川の方まで調べに行ったので、皆全身ボロボロで服は土塗れ。八逆などは、いつの間にか背中にひっついていた虫に大騒ぎしていた。

 しかし、それでも不入斗の姿を見つけることはできなかった。


「一体どこに消えたのやら……」


 英介もほとほと困り果てている様子だった。両手で頭を抱えてしまっている。


「もしかしたら、もう……」


 ぐったりとソファに座り込んだ凛は、顔を覆った。最悪の事態を考えているようだ。それも当然だ。ここまで探したのに見つからないとなれば、既に天司や瀬堂の二の舞になってしまっている可能性は高い。

 それ以外の可能性となると、もう彼が犯人という事くらいしかない。あの留守番電話もちょっとおかしな点があったし、もしもあれが俺の思った通りだとすれば、彼もまた容疑者の一人とも考えられる。そして未だに姿を見せないのは、彼こそが犯人で、隠れて機会を窺っているからだ。と、そういう可能性もある。

 いずれにしても、彼と仲の良い幼馴染という関係の凛にとっては、辛いものだろう。

 どう慰めたらいいものか思い悩んで、誰も彼女に声をかけられない。慰めの言葉をかけるのは簡単だが、何の根拠もなしに変に期待させてしまうと、後で余計に辛く悲しくさせてしまうかもしれないのだ。皆、それを恐れていたようだった。

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