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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第六章 捜索
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1

 寝苦しさに目を覚ました。

 ここは――?

 コテージで寝ていたはずなのに、今、俺の視界には木の幹が見えている。右側に土があって、根付いた木はそこから左側へと伸びている。世界が九十度倒れてしまっているのは、俺が横を向いて寝ているからだ。しかし、体勢を立て直そうとしても、金縛りにあったように、身体がうまく動かせない。やっとの思いで仰向けに直ると、木々に生い茂った葉が空を覆っている。殆ど視界は黒に占領されていた。

 ここは森の中だ。

 俺は立ち上がろうとしたが、やはり身体が動かない。腕は胴にぴったり密着していて、伸びをしようと思ってもできないし、脚は脚でやはり密着していて、開こうと思っても開けない。見れば、腕も脚もロープでがちがちに縛られているではないか。

 どうなっているのだ。俺は確かにコテージに鍵を掛けて寝たはず。それなのに、一体どうやってここへ連れ出されたのだ。

 さあっと、今になってようやく全身から血の気が引いた。同時に、じわりと汗が滲み出てくる。

 天司や瀬堂を殺した犯人が、今度は俺を、殺そうとしているのではないか。

 そんな考えが頭に過ぎった。と言うより、そうとしか考えられない状況だ。

 唐突な寒気に襲われた。空気は湿っぽくて暑苦しいのに、身体の芯だけが嘘のように冷たい。

 何とかして縄を解こうと、もがいたりねじったりしてみたが、無理だった。きつく結ばれた縄は到底自力で解けそうにない。

 このままではまずい。助けを呼ばなければ。


「だ、誰か――」


 ――がさり、ずしゃ。ざあっ。


 葉が擦れる音。草を踏み鳴らす音。土が蹴り上げられる音。

 それらに、俺の喉は完全に締め上がった。情けないもので、語尾は完全に排出される息に呑まれていた。

 誰かがいる。

 その音は断続的に何度も聞こえた。段々大きくなりながら。

 俺は耳をそばだてて、音源の方向を確かめた。すると、また――。


 ――がさり、ずしゃ。ざあっ。


 これではっきりとした。足元のほうから近付いてきている。迫ってきているのだ。

 早く何とかしなければ――!

 俺はまたロープを解こうと四苦八苦した。ちらちらと眼球だけを動かしてみる。

 大丈夫だ。まだ来ていない。

 手首に縛られた縄の結び目に、何とか爪を引っかけようと試みる。しかし、じっとりと手汗に塗れた指は氷を掴むように滑り、上手く捉えることができない。

 ――ああ、くそっ。

 焦れば焦るほど、苛立ちが募る。大きくなる足音は、その焦燥感に拍車をかけてくる。しかし、ロープは指からするりと逃げていく。

 これでは間に合わない。

 そう判断して、まるで芋虫の如く、鈍って弛んだ腹筋で身体全体を伸ばしたり縮めたりしながら、前に進もうとした。

 しかし――。


 ――がさり、ずしゃ。


 一際大きく、その音が眼前で鳴った。

 それだけで、俺の動きを止めるには充分だった。耳から入り込んだその音は、内から脳細胞を破壊しそうな勢いで広がり、ぐわんぐわんと頭を揺らす。心臓が自らを突き破りそうになりながら鼓動する。もう意味もないのに、息を潜めている自分がいた。

 先読みされたのだ。逃げようとするはずが、逆に奴に近付く羽目になっていたのだ。

 せめて顔だけでもと見上げようとしたが、俯せになった身体のせいで、首がこれ以上上がらない。見えるのは、僅かにその人物の両脚と、手に提げられた鉈だけだ。

 この脚は――。

 誰の脚だ。見覚えがない。

 鉈には、錆びとも血ともわからない、どす黒い汚れがこびりついている。あたかもこの森の闇を、ベールの様に纏っているように見えた。あれが天司や瀬堂の血を吸った凶器なのではないか。

 そんな風に思っていると、不意に鉈が視界から外れた。

 振り上げられたのだ。


 ――ひゅう。


 刃が淀んだ生ぬるい空気を切り裂く音。

 ここまでかと諦めた俺は、両目を瞑った。

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