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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 夏合宿
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2

 更に車は国道から脇道に逸れた。徐々に狭くなっていく道の両側には木々が並び始め、田畑や山々の尾根をその青々とした木の葉の向こうに隠してしまった。やがて完全に車は山の中に入ってしまったようだった。すっかり周りを木に囲まれ、道もどんどん険しくなっている。道幅はこのバス一台がぎりぎり通れる程で、もはや対向車の姿や道を行く歩行者の姿は全くない。街灯も建っていない。夜になれば、かなりの暗さになるだろう。

 前の席に座る天司が、貧乏揺すりを始めた。

 しかしながら、それに覆い被さるように、タイミングよく車が一層激しい振動を始めた。遂に山道はアスファルトを失ったのである。荷物が座席から滑り落ちそうになった。後ろに積んでいるというクーラーボックスも跳ねて、ガタゴトと音を立てる。トランポリンにでも乗っているかのように、意識せずとも勝手に身体が跳ねた。

 こんな状態では、俺の気分も時間の経過に比例して悪化するばかりだ。

 

「ってか、道合ってるのかよ? なんだかさっきよりだいぶ山道になってる気するんだけどよ」


 痺れを切らした天司が瀬堂に絡んだ。

 運転中だというのに、天司は瀬堂の集中を削がせるように、彼の頭を掴む。ビクリとそれに反応した瀬堂が、振り払おうと頭を動かすと、それにつられてハンドルが左右に回転した。危うく道路脇の木にぶつかりそうになったが、瀬堂の瞬発力で、その最悪の結末は回避できたようだった。しかし、一瞬車は揺さぶられ、身体が壁に叩きつけられた。遠心力で内臓が押し付けられ、更に酷い吐き気と目眩に襲われる羽目になった。


「うわっ」


「何やってんのよ!」


「おい、危ねえだろ。このバカが」


 天司の手を瀬堂の頭から引き剥がしたのは、夕月奏馬だった。

 平均的な身長の天司より少しばかり背の高い夕月は、長い睫毛に細い鼻筋に薄い唇と、美麗で中性的な顔立ちをしている。その為女子学生からの評判もよく、天司や瀬堂と一緒にいない時は、大抵女を侍らせている。それも、毎回顔ぶれの違う女性ばかりを。お陰で男の方からの評価は宜しくないようで、俺も彼についての噂と言えば、悪いものばかりしか耳にしていない。


「そうは言ってもよお……」


 瀬堂に強く出ていた天司も、夕月には頭が上がらないようだ。消化不良のもやもやした顔で、もごもごと口を動かしている。


「道、間違ってるわけじゃないだろ?」


 夕月が改めて瀬堂に訊いた。

 生きた心地がしなかったのだろう。瀬堂はすっかり青くなった顔を、小刻みに頷かせた。


「ああ、カーナビだとこの道なんだけど」


「合ってるよ。別荘は山の中なんだ。人は来ないから静かでいいよ」


 英介も彼に賛同する。

 すると、天司は悪びれた素振りもなく、椅子にふんぞり返るようにどっかと腰掛けた。


「ならいいけどな。このまま何時間も道に迷って、なんていうんじゃ、溜まったもんじゃねえからよ」


「なあに、もうあと一時間もしないで着くさ」


 英介はフラストレーションの溜まった天司を宥めるように、助手席から振り返って微笑を浮かべた。

 八逆はというと、大きくバスが揺れた時は、流石に座席にしがみつくようにして驚いていたが、その後はもう手元の携帯ゲーム機に目線を落としていた。相変わらずごたごたには巻き込まれたくないようだ。

 先程の揺れのせいか、夕月の荷物が通路に落ちていた。濃藍色のボストンバッグだ。

 それに気付いた乃亜が、立ち上がり拾おうと手を伸ばしたその時、荷の持ち主が過敏な反応を示した。


「おい、余計な事すんなよ」


 冷たく彼女の手を払い除けて、夕月は引ったくるようにその荷物を自分で持ち上げ、元の座席に戻した。


「拾ってあげようとしただけじゃない。そんな言い方ないでしょう」


 彼女は、その夕月の態度に我慢がならなかったようだ。

 しかし夕月は乃亜を完全に無視。その上、耳にイヤホンを突っ込み、自分の世界に入り込んでしまった。車窓の景色に目を移して、乃亜を視界から外している。落とした荷物は小脇に抱えるようにして、とても大事そうだ。

 乃亜のほうは、そんな彼を見て拳を握りしめている。

 車内に張り詰めるぴりぴりとした緊張感。


「まあまあ、夕月はこういう奴だし、気にしない気にしない」


 英介が振り返って、小声で乃亜を落ち着かせようとした。夕月のほうを気にしているのか、ちらちらと横目で見ている。

 しかし、それでは収まりがつかないのか、ふん、と彼女はそっぽを向いて、自分の座席に落ち着いた。

 俺と目があった英介は、肩を竦めて苦笑を零した。

 二人は普段からあまり仲が良くない。それでも彼女がここへやってきたということは、夕月が来ることを知らなかったのか。はたまた、それでも来たい強い理由があったのか。

 いずれにしても、とんだ前途多難な旅の始まりとなってしまった、とその騒ぎを横目で見ながら、そう思うのであった。

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