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八逆の目にも見えたことだろう。自然の中に突如として現れた、異質な物体が。奇っ怪なオブジェのように並べられた、その物体が。
まだ助けられるかもしれないと思っていた。しかし、それは随分と楽観的な考えだったようだ。既に彼が息絶えているのは、火を見るよりも明らかだった。
バラバラにされた肢体。広がった大量の血液。そしてそれらが、炎の中に浮かび上がり、揺らぎ蠢いている姿。これだけで、そう判断するには十分だった。
どう見ても自殺ではなく、確実に殺人である。それに、天司を殺したのと同じ犯人の仕業だろう。切り口や切る箇所がほぼ同じだ。
死体の着ている特徴的なデザインの服。これは今日瀬堂が着ていたものだ。さっきトイレに立った時も見ていたから覚えている。
切り離された頭部の髪型。乱れてこそいるが、あの長髪のおさげは、やはり瀬堂のものである。そして、そこから覗いた顔も、当然生気を失っているが、瀬堂の顔だった。焦点の合わない輝きを失くした目。血と土で汚れた頬。炎で照らし出されているせいか、顔の陰影ははっきりと際立っている。
天司の時とは違って、切られた腹からはぬめぬめてらてらとした内臓がべろりと飛び出ていて、より惨事を極めている。
死体の周りの土壌は鮮血に塗れている。当然それだけでは済まず、周辺の木々にまで、黒々とした血がこびりついている程だった。
「おーい、いるのかー?」
英介の呼ぶ声が聞こえた。
それで我に返ることができた俺は、やっとの思いで喉を振り絞って声を出した。
「あ、ああ、ここだ。ここにいるよ」
俺を見つけた英介が、蝋燭を持って近付いてきたらしい。背後から輻射した熱が徐々に迫ってくる。
英介の腕に包帯が巻かれている。応急手当が済んで、居てもたってもいられず、こっちにやってきたのだろう。
「ああ、いたいた。それで、瀬堂は――」
八逆の視線の先を捉えた英介は、電池の切れた玩具のように、そこで口の動きを停止させてしまった。
「マジかよ……」
英介は口元を押さえて呆然とした。
無理もない。立て続けに天司と瀬堂が、それも身体を切断された無残な姿で殺されたのだから。誰だって、知り合いのこんな有様を目撃してしまったら、こういう反応を示すしかない。いくら二度目と言ったって、慣れるようなものではないのだ。
「戻って、みんなに知らせよう」
俺たちはコテージに踵を返そうとした。その時、足元に落ちている鍵に目が留まった。
これは――。
コテージの鍵だ。恐らくは瀬堂のものだろう。
俺はそれを拾って、メインコテージに引き返した。
その頃には、コテージの明かりが復旧していて、裏口の様相が鮮明になっていた。
白い壁紙に、鮮血が生えている。土間もフローリングも血みどろであった。殆どは瀬堂の血だろうが、恐らく英介の血も混じっていることだろう。
――?
あれ、おかしいな。瀬堂の靴がない。彼はいつも、黒革のタイトなブーツを履いている。それがセンスがいいかはともかくとして、夏でもそんな暑苦しいのを履いていたから、はっきりと覚えていた。
確か、さっき見た死体は靴を履いていなかった。それにもかかわらず、白い靴下には一切の汚れがなく、綺麗なものだった。
玄関に靴があれば、おかしなことは何もないのだが、今ここにはない。それなのに、何故死体にも靴がないのだろう。
犯人が彼を担いでいった、もしくは瀬堂が靴を履いて逃げたのなら、わざわざ犯人が盗んだことになるし、瀬堂が素足で逃げた、もしくは途中で靴が脱げたのなら、靴下が汚れていないのも変だ。
正直、些細でどうでもいいことの様に思えることだが、俺にはなぜか妙に引っかかった。
ぶつぶつ呟きながら考えていると、英介にキッチンに来るように促された。
停電の原因を訊いてみたのだが、凛によると、
「調べに行ったんですけど、発電機の燃料切れでした」
という事らしい。しかし、彼女はどうにも腑に落ちないようで、小首を傾げていた。
俺たちは瀬堂が殺されたことを凛と、彼女に起こされたのか寝ぼけ眼を擦っている乃亜に伝えた。勿論、天司と同様に、バラバラにされていた事も。
最初は何の冗談だと一笑に付そうとした乃亜だったが、俺たちの深刻な表情がピクリとも釣られて崩れることがないのを見るや、逆に俺たちに釣られて深刻な面持ちになっていった。その上、火照っていた顔から血の気もみるみる引いていく。アルコールもすっかり抜け落ちてしまったようだ。
森で拾った鍵についても訊いてみたが、凛によればやはり瀬堂のものらしい。
「ところで、夕月さんには、この事はもう伝えたんですか?」
逆に凛が尋ねてきたが、それはまだだった。俺が首を振ると、じゃあと彼女は立ち上がり、コテージの電話で彼を呼び出しに向かった。
「瀬堂センパイまで殺されるなんて……」
乃亜が顔を覆って、腰が抜けてしまったように、へたへたと椅子に座り込んでしまった。
「どうしてこんな事になっちゃうわけ?」
二人目の犠牲者が出たとあって、いつも強気な彼女も、かなり弱腰になっているようだ。額に手を当てて、今の状況に対して嘆いていた。
「や、やっぱり、森のなかに殺人鬼が潜んでるんですよ! あるいは契鬼か……。それで、僕たち全員、一人ずつああやって、バラバラに千切っていくんだ。きっとそうだ」
怯えた八逆は取り乱して、皆の不安を煽っていく。
「落ち着けって」
と諫めようとしたのだが、彼はさらに続けた。
「でも、そうとしか考えられないじゃないですか! きっと停電に乗じてドアを開けて、槻さんを斬りつけたあと、今度は瀬堂さんを襲って、森に連れこんで、そして……」
そこから先は、言葉に詰まっていた。森の中の悲惨な光景を思い出したようだ。頭を振って、そのイメージを払拭して、彼は先を続ける。
「とにかく、僕たちは停電のあと、数分で合流したって言うのに、瀬堂さんを殺して森に置いてくるなんて無理だ! やっぱり、他の誰かがいるとしか――」
「違うわ」
八逆の言葉を遮って、はっと思いついた乃亜が、唐突に顔を上げた。
「一人できる人間がいるじゃない」




