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まさか、天司を殺した犯人か?
俺と凛は身構えた。心臓が早鐘を打ち鳴らし、早く後退しろと脳が命令を下す。だが、硬直した筋肉は言うことを聞かない。
一方で、光源を見つけた人影は、ここぞとばかりに歩みを止めず、近付いてくる。
蝋燭の明かりに影が剥ぎ取られていくと、しかし、そこから現れたのは、怯えて青くなった八逆の顔だった。
「トイレ行ってたら急に電気が消えたんですけど、一体何が?」
そう言えばそうだったと、俺はほっと胸を撫で下ろした。
「それを今から確かめに行くところなんだ。一緒に来てくれ」
その時、今度は裏口のほうから、ばたばたと暴れるような音と、英介の声がはっきりと聞こえた。
「だ、誰か! 早くこっちに来てくれ!」
恐怖に戦きながら、必死に喉から捻り出したような叫びだった。
慌てて小走りで廊下を進んで裏口に着くと、手に明かりのついているスマートフォンを持った英介は、腕を押さえながら壁に寄りかかっていた。
「一体何があったんだ?」
「て、停電があった後、ドアの開く音がして、何かと思っていると、誰かに腕を斬りつけられて、それから……、それから、せ、瀬堂が刺されて、外に連れていかれて……」
詰まりながらも必死に説明する英介。その腕からは確かに血が流れ出している。そして、彼の言う通り、瀬堂の姿もなかった。その代わりに土間には――、
「ひっ」
小さく凛が悲鳴を上げた。
土間に広がった、大量の血液を見てしまったせいだろう。壁にも飛散していて、赤い筋が幾本か伸びている。
「凛さんは、英介の手当てをお願いします。ここじゃあれだから、キッチンの方で。乃亜を一人にするのもまずいと思うので。それと、その蝋燭を貸してもらえませんか」
凛が頷いて俺に蝋燭を手渡した。それを受け取って、今度は八逆に向き直る。
「八逆は俺と、瀬堂を探しに行くぞ」
「ええっ、そんな、殺人鬼がいるっていうのに、外に行くなんて」
八逆はこれでもかと嫌そうな顔をして拒絶してみせたが、子供のように駄々を捏ねている場合ではない。
「つべこべ言ってる暇はないんだ。瀬堂の命がかかってるんだぞ」
と無理矢理腕を引っ張って連れ出した。
裏口から外に出てみると、瀬堂のものと思しき血痕を見つけた。それも、一つや二つではない。点々と続いているそれらは、メインコテージの周りを迂回して、正面へと続いていた。さらにそこから、キャンプファイヤーのほうへと伸びている。
あっちへ行かないとならないのか……。
嫌でも天司の凄惨な死体を頭に思い描いてしまう。
しかし、瀬堂が自力で向こうへ逃げたのなら、行けばまだ助けられるかもしれない。行くしかあるまい。
俺たちは血に従って、キャンプファイヤーの跡へ歩を進めた。蝋燭の炎が闇をかき分けていく。押しやられた闇の中から、そのうち焚き火の跡が現れ、さらに散乱したごみに、倒れたグリル、天司の死体が姿を現した。俺たちはできるだけそれを見ない様に、血痕を追った。
そこから、今度は血が森のほうへと折れている。
ヘンゼルとグレーテルのパン屑よろしく、俺たちはその血痕に導かれるままに、森へと進んでいく。
森の中は月の光も、星の光も届かない。蝋燭だけが辺りを照らしてくれる。しかし、それも俺たちの周りを曖昧模糊に照らし出すだけで、一寸先は闇だ。
何が潜んでいてもおかしくない。
瀬堂を助けようとして、殆ど身体が勝手にここへ来てしまったのだが、よくよく考えたら完全に手ぶらだ。突然襲われたらどうしたものか。
「やっぱり、やばいですって。もし襲われたらどうするんですか」
まるで、俺の心中を見透かすように、八逆が不安を漏らした。
俺は瞬間口籠ったが、自信を持って答えた。
「その時は逃げればいいんだよ。全力で」
八逆は苦笑いしていた。もう少しマシな対抗策はないのかと言いたげな目で。
血痕が茂みの中に続いていた。
俺は八逆を先導して、その茂みに足を踏み入れた。がさがさと大きな音を立てて擦れる葉。胸のあたりにまである茂みを、さながら泳ぐようにかき分けて進むと、不意に視界が開けた。
「あ……」
そして、少し開けたその空間に散らばったものを見て、俺は立ち止まって絶句した。
後続の八逆が、気付かずに俺にぶつかり、
「どうかしたんですか?」
と、間の抜けた声で尋ねつつ、背後から俺の見ている光景を覗き込んだ。




