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まずは一階だ。
リビングからキッチンへ、キッチンから廊下へ出て、ダイニングと図書室、遊戯室を確認した。どこも中は荒らされたような形跡もなく、人の気配も感じない。一応人も入れそうにないような狭い物陰も、隅から隅まで虱潰しに覗き込んでみたものの、やはり誰もいなかった。
さらに冷凍庫と物置も探したが、どこにも異常は見られない。冷凍庫は凍えるほど寒いし、物置はくしゃみが出るほど埃っぽい。それだけである。
次に二階を調べるため、ぞろぞろと階段を上ろうとしたとき、踏面のところに、何かが落ちているのが目に入った。
ヒヨコのマスコットキャラクターのストラップだ。
凛が見せてくれた、ストラップと同形だが、これは色違いの黄色である。紐の部分が切れてしまっているから、恐らくは不入斗が落としたのだろう。
拾おうとして、身体を屈ませたが、一足先に英介がそれを拾い上げた。
「ああ、これ、不入斗くんのじゃない?」
凛にそれを見せて確かめる。
「あ、はい、そうです。あいつ、落としたのに気付かなかったのね」
受け取った凛は、微妙に悲しげにそのストラップを見つめていた。
気を取り直して、俺たちは階段を上り、二階の空室を一つ一つ見て回った。と言っても、空き部屋は二つしかないから、一階と比較してもそれほど時間はかからなかった。
次に、凛と不入斗の使っている部屋を確認する番が来て、英介が言い出した。
「流石に、女性の部屋に男がずけずけ入って調べられるのは不愉快だろうから、ここは凛さんと乃亜に頼むよ。俺たちは不入斗くんの部屋を調べるから、何かあったらすぐに来て」
英介の心遣いに礼を述べつつ、凛は乃亜と一緒に自室に入っていった。
男性陣で不入斗の部屋を調べようとしたが、流石に一気に四人も入るときつい。英介と瀬堂に任せて、俺と八逆は外で待機することにした。
しかし、特に何も起こることはなく、すぐに調査は終わったようだった。
「これで、取り敢えずこのコテージには、俺たち以外の人間はいないってわかったな」
ほっと安堵の息を漏らす英介。
乃亜も同様に肩の力を抜いて、溜めていた息を大きく吐き出した。
「もしいたらどうしようかと思いましたけど、本当にほっとしました」
「気を緩めるのは早いよ。いつどこで犯人が狙っているか、わからないんだからね」
俺は油断しないように、そう忠告しておいた。
リビングに戻った俺たちは、今度は例の裏口の見張りについて、相談することにした。
話し合いの結果、二人一組で、凛と八逆、瀬堂と英介、俺と乃亜というグループに分かれ、一グループ二時間ずつの見張りをすることで、みんな納得した。
最初は凛と八逆のグループだ。
何かあった時に、確認するため外へ出られるように、靴を持って二人は裏口に消えていった。その頃には、時刻は午後十一時半を回っていた。つまり、次の交代は日付の変わった明日の午前一時半という事になる。
瀬堂が窓の外を眺めていた。
何かいるのではないかと気になった英介がその隣に立つ。俺もちょっと気になって、ソファに腰かけながら、遠目に窓外を凝視してみるが、そこからはコテージがいくつか見えるだけだ。
ぽつんと明かりのついたコテージが一つだけある。夕月のものだろう。彼のものと思しき影が中で動いている。
「夕月、あのままでいいのかな」
ボソリと瀬堂が呟いた。
虚を突かれて僅かに驚いた様子の英介は、平静を装いつつ答える。
「まあ、一人がいいっていうんだし、いいんじゃないのかなあ。夕月の事だから、無理に言ってもどうせ聞かないだろうし」
「だよなあ」
瀬堂も、あれで意外と夕月のことを気に掛けているようだ。
「私、喉乾いちゃった。ちょっと飲み物貰ってもいい?」
すっかり疲れ切った様子の乃亜が、気怠そうに立ち上がった。
「いいよ。皆もどう?」
英介も賛同して、他の皆にも促す。
神経が高ぶってとても仮眠など取れそうないし、かといって起きていても、何かしていないと気も紛れない。
弱いからいつもは敬遠しているアルコールに頼りたい気分だった。
それで俺たちは、キッチンのテーブルを囲んで、ちびちび飲み交わすことにしたのであった。事件から目を背けようとして、全く関係のない世間話に花を咲かせた。強張っていた皆の顔にも、僅かに綻びが生まれる。それに伴って、緊張感や恐怖感も薄れていった。
そのお陰で少しの時間、今置かれている状況のことを忘れることができた。
そんな時――、
リビングから、柱時計の時を告げる低い音が、一際大きく聞こえてきた。
ようやく日付が変わったのだ。
日の出までは、あと五時間半程だろうか。不入斗が戻ってくるまでは、そこからさらに三時間かかることになる。
それまで、辛抱して待つしかない。




