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「とりあえず、一旦、コテージに戻ろう」
俺がそう言うと、絶望に打ちひしがれ、愕然と肩を落とした面々は、とぼとぼと重い足取りでメインコテージへ引き返し始めた。下界へ通じる唯一のルートを、未練がましく度々振り返りながら。
戻る途中、赤々と燃え上がる炎が目に止まった。弾けた火の粉が軽やかに宙を舞い、巻き上げられた煙が夜空に拡散している。
さっきまでの騒ぎで、キャンプファイヤーの後始末をすっかり失念していたのだ。
放っておいて火事にでもなったら、それこそ殺人犯よりも脅威になりかねない。
水を撒いて焚き火を消そうとしたとき、炎に明るく照らし出されたテーブルの上の首を、ちらりと見てしまった。刹那、まるで何らかの引力が働いたかの如く、目線がそこへ吸い込まれた。
どう見ても、作り物なんかではない。本物の天司の頭部だ。
はっとして我に返ると、途端に見ていたものの禍々しさから気分が悪くなった。
その死体から目を背けるように、キャンプファイヤーの火を消した。頼もしい光源がなくなり、闇がさらに深くなった。死体もその暗さに飲みこまれて、影としてしか認識できない。精神的には、その方が随分と楽だったが。
コテージに戻った俺たちは、リビングのソファにどっかと体重を預けた。
明るいコテージのリビングという空間は、そこにいるだけで俺たちに安心感を与えてくれる。
高い天井を見上げ、回転するファンを焦点を定めずにぼんやり眺めてみた。そうすると、目は冴えているのだが、不思議と夢見心地な気分に陥った。
きっと俺は悪夢を見ているだけだ。目が覚めれば、天司はまた腹立たしいほどに自己中心的な行動で、みんなを迷惑させるはずなのだ。
そんな風に感じてしまう。
忌々しい奴だったが、こうなると戻ってきてくれたほうが、よっぽど安心できるし有難い。
「それで、どうする? こうなった以上、ここで夜を明かすしかないけど……」
英介の声で、不意に現実に引き戻された。
「ここで皆で集まっていれば大丈夫じゃないか?」
「そうね。家具をどかせば、皆が寝るスペースくらいは確保できそうだし……」
瀬堂や乃亜は、このコテージで全員で固まる方針を考えていた。しかし、夕月がそれに水を差す。
「おいおい、ちょっと待てよ。殺人犯がこの中にいるかもしれないんだぞ? 一緒に寝たりなんかしたら、いつ寝首をかかれるかわかったもんじゃない。俺は御免だぜ」
自分だけは一人で寝たいとそう言えばそれで済むはずだが、彼はどうしても憎まれ口を叩きたいようだ。一言も二言も余計なものを付け加えている。それで場の雰囲気が悪くなるのだ。
「私たちの誰かがやったっていうわけ?」
むっと顔を不愉快に歪める乃亜。やはり、話は不穏な方向に流れ始めた。
「逃走中の殺人犯の仕業にしろ、俺たちの中の誰かの仕業にしろ、こうなった以上、信用できるのは自分しかいないだろ。自分の身は自分で守れってやつだ」
明言こそしていないが、彼が俺たちを疑っているのは間違いなさそうだ。
出ていこうとした夕月に、乃亜が挑発めいた口調で言う。
「怪しいもんよね。実はそういう貴方が犯人なんじゃないの? 肝試しの途中で抜けてからずっとコテージにいたみたいだけど、もしかしたらその間に――」
「おいおい、言いがかりはよせよ」
振り返った夕月は、苦笑しながら乃亜の言葉を遮った。
「俺は自分のコテージから一歩も出てないぜ」
乃亜に詰め寄る夕月。顔こそ落ち着いている風に見えるが、内心から怒りが込みあげているのがわかる。語気も少し荒々しい。
瀬堂や凛などは一触即発の空気に、ただただたじろいでいるばかり。
乃亜はしかし、全く怯まない。
「証明できるものでもあるっていうの?」
「んなもんねえよ。けどよ――」
彼には、その間コテージにいたという明確なアリバイはないようだ。しかし、眉一つ動かすことなく、夕月は攻勢に転じた。
「そういうお前はどうなんだよ? 凛さんから聞いたけど、お前第一発見者なんだろ? お前が天司を殺したあとに、その体を装ったんじゃないのか?」
「は? 私を疑うの?」
こうなるとは思っても見なかったのか、乃亜は目を丸くして驚いている。
「良く言うだろ? 第一発見者が一番怪しいってさ」
「たまたま私が最初に見つけたってだけで犯人だっていうわけ?」
その時、八逆がふと言葉を漏らした。
「そ、そう言えば、飲み物を取りに行っただけにしては、遅かったような気が……」
「ちょっと大地」
乃亜がきっと八逆を睨む。
しかし、吃りながらも彼はさらに続けた。
「で、でも、確か、二十分ぐらい戻ってこなかったような……」
「大地!」
口を止めない八逆を窘めようとする乃亜。その彼女に気圧された八逆は、たじたじになって言った。
「でも、こ、こういうのははっきり言っておいたほうがいいと思って……」
「それ、マジか?」
それを聞いた夕月が、不審そうな目つきで乃亜を見据えた。
彼女はしかし、屈することなく反論する。
「あれは、急にトイレに行きたくなったから、このコテージのトイレを借りたせいよ」
「それをどう証明するんだ? え?」
「それは……」
途端に口籠る乃亜。彼女は俯いたまま、何も言い返すことができなかった。
そこへ、見かねた英介が割って入る。
「おい、よせよ。これ以上言い合ってどうする? 彼女がやったって証拠もないんだ」
これから反撃というところを邪魔されて、面白くなさそうに夕月は舌打ちをした。
「ちっ、……まあいいさ。とにかく、俺は一人で寝るし」
「勝手にすれば」
乃亜が夕月を睨んだ。またさっきの押し問答が繰り返されるのだろうか、とうんざりしかけたものの、夕月の方は、彼女を見向きもせずに、玄関へと向かった。
「言われなくてもそうするつもりだっての」
彼は外へ出ていくと、荒々しく玄関の扉を閉めた。後に残されたのは、気まずい沈黙と募りつつある疑惑の念だった。




