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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第一章 夏合宿
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1

 長野県は松本市。英介の力でマイクロバスを借りた俺たちは、東京からおよそ三時間かけて、ようやくここまでやってきたのである。

 バスは、街を貫く国道を走っていた。

 もともと城下町なだけあって、この辺りはかなり栄えていた。近代的なビルや家々が雑多に立ち並んでいる。市街地を走る車の数も多い。さながら東京近郊の小都市のような様相だ。しかし、建物の隙間から度々垣間見える、絶壁のように聳える北アルプスの山々の巨大な存在に、ここは間違いなく長野なのだと思い知らされるのであった。

 俺はというと、そうした窓外の景色に見入っていられる余裕もなく、ただただ英介から貰ったポリ塩化ビニルの袋に青白い顔を突っ込んで、喘ぐばかりであった。

 集合する前にぶらりと立ち寄った書店で一目惚れした、新刊の推理小説。目にしたことのない作家の名前だったが、タイトルから装丁から粗筋から、これはと思わせられた一冊だった。

 車中、それを一気に読了してしまおうと意気込んでいたのだが、思いがけず三半規管が音を上げてしまったのである。


「大丈夫かよ。別荘まではまだあるぞ」


 英介が苦笑しながら振り向いた。

 面倒見のいい彼は、カーナビに目的地を設定しているにもかかわらず、助手席に座って、運転手を務める瀬堂京太せどうきょうたのガイドをしている。

 何やら瀬堂と談笑しているようだ。

 その瀬堂は、長髪を後ろで纏めたお下げのような髪型をしている、中肉中背の男だ。元々美大志望だったこともあり、独特のセンスを持っているようで、奇抜な服装で人目を引くことも多々ある。今日もよくわからない派手な柄のシャツに、ボロボロのダメージ加工のジーンズを履いている。ビンテージ物でそれなりに値が張るものだと言うが、見る目がない俺にはただの古着にしか見えない。


「いやあ、でも、なんだかんだ言いつつ八人も集まったんだから、助かったよ。この旅行を提案した時には、参加者は俺たち三人と英介しかいなかったんだからね」


 ハンドルを握る瀬堂が、ミラー越しにちらと参加者を見回した。俺たち三人、と言うのは、彼と天司徹あまつかとおる、そして夕月奏馬ゆづきそうまのことである。この三人はかなり仲が良いらしく、普段から三人連れ立って行動していることが多い。英介曰く、今回の旅行の発案者はこの三人で、英介がこの辺りに別荘を持っていることをどこかから知り得た彼らが、英介に頼みこんで実現することになったのだ。


「せっかくの旅行だってのに、野郎ばかり、それもたったの四人じゃつまらないからね」


「でも凄いですね。別荘持ってるなんて。英介センパイって本当にお金持ちの家の人だったんだ」


 助手席の後ろからひょこりと顔を出して、明るい声で英介に近付いたのは、一年の初刈乃亜そめかりのあだ。スポーティーなショートカットで爽やかな雰囲気を醸し出しているが、男勝りな竹を割ったような性格で、異性の友達も多く、かつ同性からも人気がある。女子校時代には女子からラブレターを貰ったことさえある、と言っていた。しかしお洒落には無頓着なようで、今日も半袖に短パンと、まるで少年のような出で立ちである。


「それも、今から行くとこだけじゃなく、他にもいろんな場所に別荘持ってるんだと」


 瀬堂がそう付け加えると、乃亜の両眼はさらに丸くなった。


「マジですか!? パないですね」


「いやあ、まあ、凄いのは俺じゃなくて、祖父なんだけどね」


 恥ずかしそうに頭を掻く英介。

 しかしそれは謙遜でも何でもなく、全くその通り、寸分の狂いもない事実だ。彼の祖父が一代で莫大な富を築いたお陰で、今の彼があるのだから。


「でも……暫く放置したままの状態になってるって言ってましたよね? ホコリとか、その……虫とか、大丈夫なんですか?」


 おずおずと不安そうにそう訊いたのは、これまた一年生の八逆大地やさかだいちである。運転席の後ろに座った、神経質そうな釣り目の彼は、若干潔癖症の生来があるようだ。小柄な八逆は気弱な性格で、いつも物音に怯えている風だった。彼は他人の顔色を窺い、逆鱗に触れないよう言葉を選んだり、周りの空気を読んだ行動をしたりして、平穏な毎日を送ろうと努めているのだ。身なりが人を表すとはよく言ったものだが、それはいつも地味な黒っぽい服ばかりを着ている彼についても、また然りなのだろう。

 英介はそんな八逆の不安を笑い飛ばした。


「ははは、大丈夫大丈夫。地元の人にお手伝いをしてもらって、掃除とかは既に済んでいることになってるはずだから」


「地元の人……ですか?」


 八逆の顔は晴れるどころか、更に曇った。

 それなりに気心の知れたサークルの合宿だから参加したのだろうが、それで見知らぬ人間と一緒となると、彼も余計に気が休まらないのだろう。


「うん。って言っても、同い年ぐらいの二人だから、そんなに心配しなくてもいいよ。それに、買い出しにも行ってくれてるはずだから、食材も持っていかなくていいし、食事の心配もしなくてオッケー」


 それを聞いて、瀬堂が前を向きながら頓狂な声を上げた。


「え? 食材揃ってるのか? クーラーボックスに詰めて色々持ってきちゃったけど」


 指で後ろを指し示す。


「あらかじめ言っておいたのに、聞いてなかったのか?」


 英介が呆れた顔を彼に向けると、瀬堂は小さく頭を下げていた。


「わり」


「いいじゃんかよ、ちょっとくらい。俺たちだって自分の好きなもん喰いたいし、好きな酒飲みたいしさ」


 瀬堂の肩を持ったのは、俺の前の席に座る天司徹だった。

 天司は金髪の派手な髪をワックスで固め、耳にはピアス、口にはタバコと、さながら任侠映画の端役で出てくるチンピラのような風貌をしている。トラブルメーカーとして有名で、大抵の人は彼に近寄りたがろうとしない。この間もどこかの学生に因縁つけて喧嘩に発展したと言う話を聞いたことがある。

 そんな彼がこの旅行に来る――と言うより、この旅行の発案者の一人であることを知ったのは、つい数日前のことだった。もっと早くに知っていたら、いくら英介の頼みと言われようと、ここへは来てなかっただろう。俺はあまりこういう人種が好きではないのだ。

 それは八逆にしても同じようで、天司が運転席に近付いてくるのを見るや、その意図を悟られて目を付けられない様に、すうと自然に瀬堂たちから距離を置き、自席で何やら荷物をごそごそと探っていた。服と同じように、これまた黒のボストンバッグだ。何が入っているのか知らないが、かなりの大きさのバッグである。


「まあ、別荘には大きな冷凍庫もあるし、それはそっちに入れておけばいいか。それなりの人数いるから、もしかしたら用意してた食材が足りなくなるかもしれないしね」


 溜息を吐いて、英介は前に向き直った。

 そうこうしているうちに、車は市街地から離れていくようだった。たちまち林立していた建物の数は減っていき、開けた景色が窓から望めた。時が止まってしまったかのような、ノスタルジックな田園風景が広がっていた。突き抜けるような淡青色の広い空。深緑の稲の葉が、辺りをみっしりと埋め尽くしている。その稲の海に埋もれるように、ぽつぽつと建っている木造の平屋建て。まさしく古き良き日本の風景と言ったところだ。

 しかしどうやら、別荘まではまだ大分時間がかかりそうだ。それらしき建物は依然として見えてこない。

 俺は肩を落として、ビニール袋に顔を突っ込み、暴れまわる胃袋を必死で抑えていた。

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