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契鬼伝説殺人事件  作者: 東堂柳
第三章 第一の殺人
16/53

2

 最初は真っ直ぐな一本道だ。

 足を動かしていくと、徐々に背後から聞こえる声が小さくなり、人の気配も薄れていく。

 そのまま闇に飲み込まれて、俺という存在自体が消えてしまいそうだ。

 森の中は木の影に囲まれて、より一層暗かった。ここからでは見上げてみても、夜空さえ見えない。

 頼りになるのは、一歩進むたびにゆらゆらと揺れて、今にもちょっとした拍子に消え入りそうな、儚い蝋燭の火だけ。途端に心細くなった。じっとりと手に汗が滲み、何度も蝋燭を持ち替えていた。

 しかし、そんな不安とは裏腹に、何事もなく、最初の分岐点へと到達した。

 瀬堂が言っていた通り、別れ道には看板が建てられていた。地面から照明が当てられているので、これなら見過ごすことはなさそうだ。看板には、白地に鮮やかな赤で、大きな左向きの矢印が描かれている。肝試しには似つかわしくないような、ポップな配色に思えた。しかし、それで恐怖が和らぐかと言ったら、そういうわけではない。むしろ、場違いな色合いに不気味ささえも感じる。

 矢印に従い、別れ道を左に進んだ。

 その刹那――


 ――ガサッ。


 茂みの中を、何かが動くような気配がした。

 気が緩み始めていたところに唐突なこの音は、ビクリと身体が竦み上がる思いにさせられた。

 振り返り、林立する木の間隙を凝視してみる。

 が、この時にはもう、その気配は消えていた。

 何だったんだろうか、と気になりつつも、更に奥へと歩を進める。

 すると、ぬるっと湿った生温い手で、顔を触られた。

 心臓が大きく鼓動を奏でた。肺からは絶叫が漏れそうになる。しかし、寸前で思い留まった。

 それは亡霊が冥界へと誘おうとする手などではなく、ただの吊るされたこんにゃくだと認識したからだ。

 こんな典型的な、漫画でしか見たことのないような手法も、これほど雰囲気のある場所でやれば、かなり効くものである。

 誰にも見られていないとはわかっていても、気恥ずかしくなってしまう。俺はそれを払拭しようと、更に前進した。早くここから抜け出して、安穏な空間で落ち着きたかった。

 だが、瀬堂の仕掛けた意地悪な擬似亡霊や擬似妖怪、擬似怪奇現象は、それから幾度となく俺を襲い続けた。

 駆け足になりつつ、さらに幾つかの分岐点を通り過ぎ、例の石碑のところへようやっとの思いで辿り着いたときには、心臓はばくばくと早鐘を打っていた。思いの外その石碑が目立たないものだったので、危うくそのまま素通りしそうになった。

 石碑はかなり昔のもののようで、苔が生えて、全体が緑がかっている。掘られた文字も、長い年月により風化して、ほとんど読み取ることはできない。蝋燭と顔を近付けて、やっとのことで読めた字は、「――村跡地」と言うものだけだ。

 恐らく、凛がさっき言っていた、契鬼伝説の舞台となった寒村のことだろう。

 御札は、その石碑の袂に雑然と置かれていた。

 その中から、自分の名前が書かれたものを取って、俺はまた先に進んだ。

 そこからも、瀬堂の凝った仕掛けが、続々と闇の中からぬるりと姿を現し、俺の肝を冷やした。

 へとへとになって、ようやく最初の分岐点まで帰ってきた。あとは道なりに歩くだけで、ゴールに到着する。

 まるで一時間ぐらい森の中を彷徨ったような気分だった。それだけに、ようやく視界が開けて、見慣れた顔が認識できると、安堵感が胸の底から溢れ出てくる。


「やっと戻ってきたな。どうだった?」


 瀬堂がしたり顔で訊いてきたが、俺は素直に認めざるを得なかった。


「いや、かなりの出来だよ、これは。もう勘弁して欲しいくらいさ」


「じゃあ次は、夕月の番だぞ」


「ビビりすぎだろ。余裕余裕」


 強がりではなく、本当に余裕綽々そうだ。普段のままの夕月。しかし、この肝試しは相当なクオリティだ。戻ってくる頃にはどうなっているか。見ものではある。

 夕月の持つ蝋燭の炎は、夜の森の中にフェードアウトしていった。ここからでは、彼の様子を窺い知ることはできない。

 俺は英介に向き直った。


「結構時間かかったような気がしたけど、俺が戻ってくるまで、どれくらい経った?」


 時計を一瞥する英介。


「いや、それほどでもないよ。十分とか十五分とか」


「まったく、俺には一時間に感じたよ」


 全身から空気を吐き出して、身体がしぼんでしまうような勢いで、大きく溜息を吐いた。


「随分と怖がりなんだな。オカルトは信じてないんじゃなかったっけ?」


 などと、英介は他人事のように、軽口を叩いてにやにやと笑っていた。

 悔しいが、英介も実際体験すればわかるだろう。

 何も言い返さず、英介があの仕掛けの数々に驚いて、ビビっている姿を想像して、心の中で笑うだけに留めておいた。

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