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百物語形式の前座が終わり、さていよいよ本題の肝試しということになったのだが、英介がふと思い出したように訊いた。
「不入斗くん、結局間に合わなかったけど、どうする?」
「蝋燭ならあるんだよね? だったら、肝試しは別にそっちでもできるけど……」
瀬堂は凛を気にしてか、ちらちらと彼女のほうを窺っているが、彼女は逆に俺たちに気を遣ってくれた。
「お手伝いがお客様を待たせるわけにもいきませんし、先にやっていただいても構いませんよ」
「なら、そうさせてもらおうぜ」
夕月は短気なほうなので、待つのが苦手である。さっさとやって、とっとと終わらせる。それが彼の信条だ。待たせて気分を害してしまうと、折角いい雰囲気になってきたところだというのに、また腰を折られてしまうことになりかねない。
結局夕月のその鶴の一声で、不入斗を待つことなく、そのまま肝試しをスタートすることにした。
すっかり座るのに慣れてしまった重い腰を上げて、肝試しの現場へ向かおうとしたその時、ポケットをまさぐっていた瀬堂が言った。
「あ、そうだ。一応携帯持ってきていいかな。コテージに置いてきちゃって。森の中歩くから、結構暗いと思うし、万が一蝋燭が消えたりなんかしたら大変そうだからね」
「え〜、それ困る。私も持ってきます」
瀬堂の言葉に乃亜が同調する。
「先に行っててくれないか? 遊歩道の入り口のところ」
瀬堂が英介に指示すると、英介は二人を急かした。
「わかってるよ。早く戻ってこいよ。順番決めとかもしないといけないんだから」
彼らはそれを二つ返事で返しながら、それぞれ自分のコテージに戻っていった。
「じゃあ私は蝋燭を取ってきますね」
凛はそう言って一人、メインのコテージの方へと向かう。
一方残された俺たちは、英介に先導されて、瀬堂の言っていた例の遊歩道の入口へとやってきた。
キャンプファイヤーの明かりも、ここまでは到底届きはしない。森の中はまさしく漆黒の闇だ。木の影はぼんやりと窺い知ることができるが、その木立の隙間は完全な暗闇。そして、遊歩道はその闇の中に伸びて消えている。後戻りできない、深淵へ通ずる道のようだ。
十分もしないうちに、瀬堂と凛が戻ってきて、その後に乃亜が少し遅れてやってきた。
「すみません。探すのに手間取っちゃって」
「いいよいいよ、気にしないで」
英介は顔の前で手を振った。
その時、瀬堂がポンと手を叩き、皆が彼に注目した。
「さて、じゃあまずはルールの説明だね。ここから一人ずつ入っていって、奥の石碑に置いてある、自分の名前の入った御札を取って、戻ってくるんだ。道順は看板に矢印があるから、それの通りに行けば迷ったりはしないよ」
「ええ~、一人ずつ行くんですか」
恐る恐る乃亜が尋ねると、瀬堂はにやりと唇の端を歪めて、企みを含んだ意地悪げな顔をした。
「そうだよ。そのほうが怖いでしょ」
「そんなあ」
乃亜は身震いしながら嫌そうに首を振る。
同様に、身を震わせている凛が、おずおずと小さく手を挙げた。
「あの、私は遠慮させていただいてもいいでしょうか? あくまで私はお手伝いですし、それに……正直言うと、こういうのは苦手で……」
「氷水さんには、無理にとは言いませんよ。これは僕たちがやろうと勝手に決めたことですから」
「何か凛さんだけズルい」
乃亜は頬を膨らまし、口を尖らせた。
「すみません」
凛は頭を下げたが、その顔は幾分かホッとして、微笑が零れていた。
彼女と天司を除く俺たちは、行く順番をじゃんけんで決めた。
その結果、なんと一番最初は俺になったのである。
全くツイてない。最初はチョキを出そうとしたのに、寸前で思い直してグーを出した自分を呪った。
オカルト的な超自然現象を信じていないとはいえ、俺だって人の子なのだ。突然背後から声を掛けられたり、肩を叩かれたりすれば他の人と同じようにビビり、反応する。
トップバッターともなれば、何があるのか全く予想もつかないから、引け腰になるのも無理はないのだ。
「さっき言ってた契鬼が、森の中に潜んでたりしてな」
英介が意地悪そうに脅かして笑う。
「冗談よせよ。んなもんいるわけないだろ」
と、ビビっていないことをアピールするため、無下に一蹴してみせたのだが、
「でもまあ、契鬼はともかく、天司くらいは隠れて脅かそうとしてるかもしれないけどな」
立て続けに今度は夕月からの脅迫である。
成程、カラスの死体なぞを悪戯に使うような奴なのだから、それくらいはやりかねない。
これは英介の契鬼よりもよっぽど信憑性も現実味も帯びていて、かなり真に受けている自分がいた。
「そんでもって、後ろからす~っと近づいて……」
と調子づいた夕月は、さらに幽霊の様に両手をだらりと前に差し出して怖がらせようとする。
「はいはい。まあ、奴にばったり出くわしたら、カラスのことで文句の一つでも言わせてもらうけどな」
俺は自分自身を鼓舞するため、精一杯の強がりを言った。
しかし、俺は凛から火のついた蝋燭を手渡された時、手が震えて危うく落っことしてしまいそうだった。それに気付いた凛が、自分だけ逃げるような形になったことを謝るように、申し訳なさそうな顔で小さく頭を下げた。
だが、行かなければお話にならない。
俺は仕方なく一人暗闇へと続く遊歩道へと、足を踏み入れることとなった。